ガイオス

第118話


 レムリアを解散後、魔女たちは各々、目的の竜を目指して移動を始めた。

 ヲルタオとアーニア、そして絵描きたちは“扉の魔法”によって一度ジパングへと渡り、それからヲルタオだけがアヴァロンへと再び移動した。アーニアは移動に際してはレゴリィと共に行動し、ヒシカリ地方へ向けて発った。

 ミィココはアルマと共にルカヱルの箒に乗り、メガラニカへと移動。その後、ルカヱルはパシファトラスへと発った。

 バッジと通心円陣を介して皆の移動を見届けたメフィーも、ムー大陸への移動を開始した――。


 セタはと言えば、アーニアと解散したあと、エダの大役所に出向いていた。彼を出迎えたのは、竜図鑑プロジェクトの窓口担当のトーエだった。

「……その件、通心円陣で届いていたぜ。昨日の今日な」

「そうでしたか」

「魔女様たちは皆、竜の封印のために移動中か。まあアーニア様の移動は、ウチで急ぎ手配したけどな。明日にはヒシカリに着くだろう。メフィー様も後追いでジパングに来るって話だが、けっこう大仰だな」

「ですね。メフィー様も、これは暇潰しじゃない――そう言ってましたから」

「そりゃ、ホント大仰だな。ともあれ、お疲れ」

 トーエはセタの肩を叩く。「竜図鑑プロジェクトが終わったわけじゃないが、ここまで無事にやって来れたんだ。一時の休憩って思って、ひとまず魔女様に任せときな」

「そうします。俺も出る幕じゃないですし……」

「そうだ。だったら家に戻れるんじゃないか?」

「家?」

「ああ。アヴァロンのリンちゃんの宿はウチで手配しておいた。でもお前さんは家があるんだし、せっかくだから休んで顔を出しとけよ。竜の封印が終わったら、また図鑑の旅だしな」

「良いんですか? アーニア様の件もあるし、これからメフィー様も来るのに」

「良いさ。まあ確かにてんやわんやだが、なんとか人手なら足りてる」トーエはセタの肩を叩き、微笑んだ。「数日くらい気にせずゆっくり休め」

 そつして大役所を出たセタは、どこか手持ち無沙汰な様子で街を歩き回っていた。かれこれ数か月、エダの地を離れていたせいか、景色を見るたびに安心感を覚える。

(そういえば、リンさんにジパングを案内する――って約束してた気が)

 そんなことを思い出しつつも、リンと離れてしまったせいで約束を果たせそうにない、と考えていた。

(というか、なんでリンさん此処ジパングにいるんだ? アヴァロンじゃなくて。……あ、どさくさに紛れて観光にきてる?)

「あっ、セタさーん」

「うわっ!」

 背後から声を掛けられて、セタは驚いて振り返った。件のリンが、そこで写真機を構えて手を振っていた。

「役所から出てくるのが見えたんだ。話終わったの?」

「ええ、終わりました」

「じゃあ! 聞きたいことあるんだけど、幽霊画家――」

 ぎくりとして、セタは背筋が冷えた。

「――の作品って、もう残ってないのかな? この辺を見て回ったんだけど、皆消されちゃったみたい……」

「そ、そうかもしれませんね。行政としても、基本的にグラフィティは消して回るルールですし」

 そんな風にうそぶいた調子でセタは言う。リンは残念そうに眉を下げた。

「そっか……。残念……。楽しみだったのに……」

 珍しくしょげた様子のリンに、セタの中で罪悪感が膨れ上がる。

(……といっても消してるのは俺じゃないし……。そもそも俺が描いたのも3年前だし、残ってないよな……?)

「……あ、あー。ええと、俺も少しは幽霊画家の作品の噂を聞いたことあるので、ほんと少しですけど、一応、見て回りますか?」

「えっ! いいの?!」

 リンが顔を上げる。「お願いお願い!」

(全く遠慮ないな)セタは少し呆れ気味だったが、彼女の情熱を無下に出来るような性格でもなかったため、頷いて承諾するしかなかった。

「どっかに一つくらい残ってれば良いですが……あの、あまり期待しないでくださいね」

 そうして街を回り始めて1時間。リンは特に音を上げるでもなく、長い散歩が続いていた。機嫌よさそうに、街の風景を写真に収めながら。

「……楽しそうですね」

「えっ? あははっ、うん! 3年前に来たときは写真機をまだ持ってなかったから、あらためて景色の写真を撮ってるだけで楽しいよ」

「ああ、そうでしたね。たしか写真機のアイデアは……」

「そう、幽霊画家の絵を見た時に思いついたの」リンは手に持った筐体を構える。「いま改めて幽霊画家のグラフィティが見つかったら、写真機を改良するアイデアが浮かばないかなーって。インスピレーション探し中なの」

「まだ改良を?」

「もちろん! その、正直さ……、竜図鑑を作る過程で、いろいろ足りないなーって思って」

 リンはトーンを落として呟く。「もっと短時間で正確に写せるようにできたら、ヲルタオの負担も減らないかなって。セタさんみたいに、一目見ただけで絵を描くだけって感じにできたら良いんだけど」

 いまのリンが開発した写真機は、光の強度の調整や写しを得るまでの所要時間という点で難点があった。それこそ風景を写すならともかく、竜の姿を捉えるには苦労があるのは想像に容易かった。

「リンさんなら、きっとできると思いますよ。写真機の発明者ですし、改良だって」

「ありがとう! でもね、最初の開発者だからこそ頭が固くなってるかも。もっとガツンと、破壊的なアイデアが欲しいなー」

「そういうものですか?」

(しかし絵を見るだけで、そんな啓示めいたことがあるんだろうか……)

 それから街の散策はさらに2時間を要したが、ジパングの行政の勤勉で見事な仕事により、セタが覚えている幽霊画家のグラフィティ――つまり、すべての作品――の現場を探して確認したが、絵は見つからなかった。

「うう、さ、さすがに疲れた……足パンパン」

 街の高台のてすりに体重を預け、夕日に目を細めながら、リンは疲労を零す。

 セタは日の沈む方を見つめて、それからリンへと視線を向けた。

「そろそろ陽も暮れます。今日はもう休んでは?」

「うん、そうする。……セタさん今日はありがと! 明日元気があったら、もう一回探してみる」

 リンは手を振って、セタと別れていった。彼女の背中が、離れる前から小さく見えて、セタはため息をつく。おそらく、足が棒になってそれどころではなさそうだとセタは思った。

(俺も家に帰るか)

 高台を後に、セタは父親が住まう集合住宅へと向かう。

 階段を上がり、自分の家の前に立つ。ポケットをまさぐると、旅立ちの日に受け取ったスペアキーが指に触れる。

「……」

 セタは一瞬緊張したが、鍵穴に差し込み、ゆっくりと回すと、扉を開けた。懐かしい匂いが彼を迎え、セタは敷居をまたぐ。

(親父、まだ帰ってないか)

 静まり返った廊下を歩き、自室へと向かう。何もない部屋だった。旅に出た時から変わってない。

 そのとき背後から扉が開く音が聞こえ、セタは振り返る。廊下を歩く音が近づいてくるので、セタは声を掛けた。

「親父」

「……セタ!? お前か、良かった。戸締りを忘れて、空き巣かと思ったぞ」

 アカギは、嬉しそうに笑った。「いつ戻って来たんだ?」

「ついさっきだよ」

「例の図鑑の旅はどうした? 終わったのか?」

「いや――多分まだ続くけど、諸事情で休暇中」

「そりゃよかった。久々に飯を作ってやる」

「い、いや。良いよ。どうせ、一人分の食材しかないんだろ?」

「良いから。いつも家に居ても暇だったからな、暇つぶしだ」

 アカギの言い分に、セタは肩を竦めた。

「それより話を聞かせてくれよ。どこに行ってたんだ? 魔女様とは上手くやってるか?」

「……うん、そうだな――」

 セタは思いついたことを話しながら、自室を出て、居間へと向かった。アカギが夕飯の準備を始めてからも話の種は尽きることなく続き、食事が終わる夜まで続いていた。

「レムリアまで行ってたのか? 白魔女様がいる?」

「うん。会って来た」

「白魔女様に? 結局全部の魔女様と話したってことじゃないか、凄いな。そんな人間、世界を探しても数えるほどしかいないんじゃないか?」

「……いや。全員とは話してない」

「なに? 父さん聞いたことあるぞ。今世界にいる魔女は5人だってな。お前の話に全員出て来たじゃないか」

「いるんだよ。もう一人」

「ほお……? なんていう魔女様だ?」

「ノア――」

 そのとき、家が細かく震え、食器が高くなった。「地震か」とアカギが呟き、天井や棚へと素早く視線を向ける。

「……収まったな。やれやれ、このところ多いんだよ」

「そ、そうなのか?」

「ああ。ま、この家は元々物も少ないしな。地震で壊れるのは食器くらいか?」

「家自体が壊れなければな」

「……ああ。そうだな」アカギは息をついた。「心配するな。この建物はいっとう頑丈だから」

「そっか」

「よし、食器は水に付けといてくれ。もう夜だし、お前はもう休め」

 そうして食事が終わった後、明かりを消した自室のベッドで仰向けになり、セタは天井を見て、考え事をしていた。

(いまごろ、ルカヱル様はどうしてるかな……)

 極東のジパングは、世界で最初に日が昇り、最初に沈む場所である。だから、世界はまだ動いている。

(この時間だったら、アヴァロンとかパシファトラスは明るいころだ。ムーとかメガラニカも、まだ夜更けってほどじゃない――みんな、竜を探してるころかな)

 皆の状況を想像するほど、目がさえて、天井の模様が目につくようだった。

(最初に竜を見つけるのは……多分、メフィー様だろうな)

 


「ふむ、万事問題なし」

 メフィーは魔法によって、自分の意識体だけをムー大陸の山林へと送り込んでいた。

 意識だけとはいえ、植物の一部を自分の体のように操り、実質的な分身を生み出すことで、離れたところに疑似的なワープが可能である。かつて、アヴァロンの北洋群島でセタと話した時も、同じように魔法を応用していた。

「さて久々の再会だが、別に会いたくもない相手だからな――」

 分身の体を操り、山の上を目指して風のように移動する。森林限界を超え、見晴らしが抜群の山頂で足を止めると、竜の姿を見つけ出した。

 黒と青の刃状の鱗が、背中から尾にかけて覆い、夕日によって鈍い光沢を放っている。

「変わり果てたな、ミラジヴィー。だが相も変わらず、瘴気は健在らしい」

 メフィーは地面に手を潜り込ませ、そこから巨大な樹の槍を引き抜く。

「他の竜はともかく――主は封印も治療もいらんな。屠ってやろう、害竜」

 そして白魔女がマナを纏うと、ミラジヴィーが呼応するように、大きく咆哮を轟かせた。


 QRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAWW!!!!!!!!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る