「魔女」と約束
第115話
「2,3日ほどしたら、主らをここに再び呼ぶ。それまでは好きに過ごすが良い」
メフィーのその言葉を閉会の挨拶として、魔女の茶会は終わりを告げた。その後、イズに案内されて、皆はレムリアのアルバの地へと向かった。もっとも白塔に近い街であり、大役所の中枢である中央役所を始め、宿や店が置かれている。
魔女たちは話があるのか、先に解散したのは一部のメンバーだけで、一足さきにアルバの地に着いたセタは、街並みを観察していた。
セタの目から見ると、どこか懐かしさのある風景だった。ジパングの集合住宅に似た、真っ白な壁の建築が様式をそろえたように並んでいた。
そこに一人、写真機を構えて風景を撮影している少女がいたが、彼女はセタの足音に気付くと振り向いた。
「あっ、また会えたね!」
「こんにちは、リンさん。ヲルタオ様は?」
「“一瞬アヴァロンに戻るから、好きに写真とってきたら”って。あはは、心読まれてるかも」
そういって、リンは手製の写真機を掲げる。要するに自由行動中のようだった。
「セタさんも街を見て回ってるんだ」
「はい。なんだかこの辺、どこかで見た覚えがある風景なんですよね」
「前に来たことあるの?」
「いえ……。ないはずですが」
セタが自信無さげの調子なので、リン「ふーん…?」と首を傾げる。
「セタさんは見たら何でも覚えられるんだから、やっぱり気のせいなんじゃ」
「だと思います。このプロジェクトが始まるまで、ジパングの外に出たことないので」
「ふふん、そうなんだ?」どこか得意げにリンが微笑む。「私はジパングに行ったことあるんだー…ってあれ、コレ前言ったっけ?」
「前聞きました」
そう頷いたあと、セタはハッと“約束”を思い出す。
「あっ」とリンが手を叩いて、セタを見た。「そうだ、あの約束忘れないでね! ジパングに行ったら幽霊画家のこと教えるって件!」
「は、ははは……、そう言われても、あまり幽霊画家のことには詳しくなくて」
それは完全に嘘だったが、リンにそれを見破る根拠はなかった。
「そうなの? セタさんに聞けば、絵のこと分かるかなって思った」
「俺は元々、一介の役人――いや、役人手伝いくらいのもんです。別に画家だったわけじゃないですからね?」
「あはは、そうだったね」リンは笑いながら、写真機を構えて周囲の風景を覗く。
リンが写真機を向けた方向に、セタも目を向けたとき、
「お二方」
と、誰かが二人の背中から声を掛ける。
振り向くと、そこに老紳士と真っ赤な髪の少女が立っていた。
「貴方は――アーニア様! それと……」
「その御付きのレゴリィです。一応、絵描きを担当しております。そちらはセタ様、そしてリン様ですね」
「はい、そうです!」と、リンが応ずる。
「此度はようやく顔合わせということで、ぜひご挨拶を申し上げたく」
「そ、そうでしたか。それは、わざわざアーニア様も一緒に恐れ入ります。本当は、俺の方から窺うべきでしたが――」
「……ふん」当のアーニアは不機嫌に鼻を鳴らした。「僕のこと、そんないちいち様付けで呼んだりしなくて良いから。セタのお兄さん、僕より年上なんでしょ?」
(お兄さん!?)と、セタは少し驚いた。魔女からそのような呼ばれ方をされるなどよもや思わず。
「僕のことはニアって呼んで」
「い、いえ。それはさすがに……。アーニア様は魔女、重要人物ですし」
「良いって、ニアで。別に僕が言ってるんだから。リンのお姉さんも、気遣わなくて良いからな」
「リン――‟お姉さん”!!」と感極まった様子のリン。「分かったよ! ニアちゃん!」
と嬉しそうに頷いた。
(ひえ、ちゃん付けはさすがに――)
セタが顔を青くしてひきつらせたが、アーニアは顔を赤くして嬉しそうにしていた。
「んん、いやそれより、お兄さん。さっきの話もう一度教えてくれない? もう一人の魔女がいるって話。実は、半分くらい忘れちゃって」
「え、ええ」
セタは頷き、ことの経緯を再度説明した。
話が進むにつれて、アーニアの目は、演劇を見つめる観客者のように小さな輝きが灯っていった。
「箒の魔女、ノアルウ様か……。ルカヱル様に魔法を教えた人なんだね」
「そう聞きました。その事実が、ノアルウ様の行方を追う一つの手がかりでもあります。同時に、インクレスが魔女にも寄生することも分かりましたが」
「いやあ、竜の図鑑を作るだけだったはずが、なんだか込み入ったことになって来たよね?」
「確かに。竜図鑑プロジェクトの元の意味を考えれば、意味は一貫しているんですけどね……」
すなわち竜による災害の対策こそが図鑑の意義である。
インクレスが巻き起こす災害に対し個別に緊急の対処を講ずるのも、プロジェクトの意義自体は全うしている――絵描きの領分からは、大きく逸脱しているが。
「封印は僕たち魔女がやるよ。絵描きが出る幕じゃないし」
アーニアが力強く言う。自分に言い聞かせているようでもあった。
「僕は魔法の勉強中なんだ。この仕事の中で魔法のことが分かることがあれば良いなって思ってた。竜を封印すれば少しでも災害が抑えられるなら――なおさら」
「でも多分、すっごく危ないよ」
リンが言うと、アーニアは首を振った。
「分かってるさ。でも僕はまだ大した魔法が使えないだけで、体のつくりは魔女。皆よりはずっと頑丈だし、傷も治るから」
「そういえばアーニア様はどのような魔法を?」
セタが尋ねると、
「ニアね」
と、ごく短い訂正。
「に……ニアは、どのような魔法を使うんですか?」
「火だよ。‟火の魔法”」そう答えて、掌に揺らめく炎を生み出した。
火の光を見つめながら、セタとリンは同時に、
(見た目通りだ)
と感動する。なにせ、アーニアの外観はそれこそ燃える火を思わせる赤色だったから。
「なに? 思った通りだ、みたいな表情は」訝し気にアーニアは尋ねる。
「へ、えへへ。でもね、ヲルタオとかと比べると理解しやすいなーって。昔は光の魔女って呼ばれてたらしいけど、実際は魔法の扉開けたり閉めたりしてるし」
「確かに……。ルカヱル様の魔法も金属の魔法とか空気の魔法とは言っていますが、聞こえのわりに効果が難解で」
リンとセタが口々に言う。
「魔女は長く生きると、複雑なことを魔法で出来るようになるそうなのです」
脇から穏やかにレゴリィが告げた。「かの白魔女様の魔法も、最初は植物の成長を促したり、枯れた葉を潤すだけの効果だったと聞いております。しかしながら
「ええ……」
セタは少し驚いた。白塔や封印、通心円陣に代表されるメフィーの魔法はどれも常軌を逸した効果と規模を持つが、反面、最初の魔法の効果は実に些細なものだったようだ。
「だったらニアちゃんの魔法はもっと凄い効果になるかも!」
「え、なんでさ? 火起こしなんて極論、人間でもできるのに」
アーニアは自分の魔法が気に食わないのか、小さな声でリンの意見に抗議した。
リンは首を振った。
「学院で先生が言ってたよ。光は植物が、風は鳥が、水は全ての生物が利用してきた――でも火を利用できたのは人間だけ。もし最初の火起こしが失敗してたら、人間はこれほど芸達者な生物には成らなかっただろうって」
「じゃあ僕の火も、いつか人間の技術みたいになる?」
「超えるよ、きっと! それにね、ヲルタオにもさっきの話をした時なんか……」
リンは、ふふっと微笑んだ。
「――“狩りにも参加せずに最初の火起こしに苦心していた人は、よほど暇だったんだろうね”――だって」
それを聞いたアーニアとレゴリィは吹き出すように笑い、セタは色々と納得した。
メフィーやルカヱル、ミィココ、ヲルタオなど、偉大なる魔女たちの魔法が今の強力な魔法足りえた所以は、きっと最初に覚えた魔法が何か云々よりも、暇な時間が長かったおかげだろうと。
(なら、ノアルウ様は――?)
古い時代でアトランティスに生き、沈んだ後も生きながらえ、寄生されながらも、インクレスの調査を人知れず続けて。
それは魔女の暇つぶしというには、あまりに過酷な過ごし方だった。
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