「魔女」と旅路

第24話

 フォルヴェントの観察を終えて、ルカヱルは魔女の家へと向かった。もはや恒例となった、挿絵と解説を作る時間である。

「ほう……、これがフォルヴェントの姿ですか」

 セタの書いた絵を見るルカヱル。彼女の目には、莫大なマナを持つ竜の姿が曖昧にしか見えておらず、セタの絵を見てようやく真の形態が分かる。書き写れたフォルヴェントの6枚の羽を、魔女は指でなぞって見つめた。セタの観察眼と記憶力によって、トンボの翅脈しみゃくに似た模様まで、正確に記されていた。

「この辺にマナが溜まってたんだよね。魔法で掴んだとき凄く痺れて。この羽を使って雷をマナに変えてたんだ」

 彼女の右手を焦がしたのは羽の雷だったらしい。ルカヱルは挿絵を見て、自分の解説を少し修正して、うん、と出来に満足して頷く。

「そうだセタ、この羽の色は貴方から見て何色だった? デッサンを見る感じ、体は真っ黒だったみたいだけど」

「羽ですか? 紫色でした」

 答えつつ思い返すと、不思議な配色である。珍しい。魔女も同じ感想らしく、目を丸くしていた。

「実は魔法でフォルヴェントを掴んだとき、これが取れたの。見て」

 そう言ってルカヱルは、例によって袖の下から何かを取り出す。手のひらサイズの紫色のガラスの欠片のようだ。その破片の中に血管の模様がある。セタは椅子から腰を上げて、向かいの席にいるルカヱルの元へと歩み寄った。

「まさか、フォルヴェントの羽?」

「そう。セタの絵を見たら、羽が一部欠けてたみたいだから。ああこれ、あの竜の羽だったんだーって改めて思ったのです」

 ルカヱルはもう一度、セタの書いた絵の一部をなぞる。フォルヴェントの羽には歪な凹凸があり、それこそ、ルカヱルの魔法で欠けた部分であったが、セタは見たままを記憶の通りに書き写したのだ。

「珍しいので、持って帰ってきました」

 じっくり見ると、ガラス細工のように綺麗だ。しかし魔女の手を焼き焦がすほどの雷を蓄えていた器官の破片である。セタは手を伸ばさず、じっと見つめていた。

 かたや、ルカヱルはガラスの試験管を取り出すと、破片を魔法で収納した。

「これもまた、コレクションですか?」とセタは尋ねる。

 フォルヴェントの羽片だけでなく、以前もフルミーネの金鱗を仕舞っていたことを思い出す。ルカヱルは「んー」と唸った。

「ただ集めてるんじゃないです。こういうのを調べるのが好きな魔女がいて、あとで渡そうと思って。この旅路で、どこかの大陸で会えるかもね」

「気の長い話ですね。その魔女様はどちらに?」

「南の方。多分、“メガラニカ”のどこかにいると思う」

「いや……メガラニカって、めちゃくちゃでかいんですが、そのどこかにいるって言われても」

 地図編纂課に属していた者として、セタはメガラニカを知っていた。ジパングから見て南に位置する大陸である。

 その特徴は世界最大の大陸であるということだ。内陸は乾燥し、砂漠地帯となっている。そのうえ、南下を続けると、やがて一面が氷河に覆われた極寒の地もあるという。反面、温暖な沿岸部には「大堡礁だいほしょう」と呼ばれる、色とりどりのサンゴ礁が織りなす美しい環境が広がっているとか。

 とはいえ、全て聞いた噂である。地図編纂課のベテランであっても、メガラニカに渡航したことのあるジパング在住者はごくわずかしかない。

「それなら、次はメガラニカに行きますか?」

「うん。それにほら、確か、この図鑑の旅はプロジェクトに参加できる魔女が東、南、西、北――の順に世界を回って、最後に中央で情報を持ち寄る、って話だったし」

「確かにそうなると、次に行くべきは南ですが……ジパングの竜の記録は、もう良いですか?」

「一応、他にもいくつか竜の伝承はあるよ。でも“固有種”じゃない。遠方でも聞いたことがある竜の伝承は、旅の途中でいずれ見ることになると思う。ジパングで時間をかけずとも、見つかったら順次記録すれば良いかなーって」

「……なるほど」

 もともと図鑑を作る最大の目的は、伝承の乏しい地方に竜が移動したときの災害対策である。世界で良く知られる伝承の竜は、元々情報も多い。それより、世界的に知られていない地域固有の竜の記録が優先、と考えるべきだった。

 さらにプロジェクトが順調にいけば、他の魔女も動き出す予定なのだ。いずれジパングに他の地方の魔女が周遊することもあるだろう。情報網は複数人の考えで補強されることになる。

「――分かりました。ルカヱル様が良ければ、次はメガラニカに向かいましょう。俺はいったん、大役所に話をしてきます。明日には出発できるように」

「そうですか。では私は、この長い旅路に向けて準備をしておこうかな」

「善は急げですね。俺、とりあえず報告に行ってきます」

 セタが席を立ち、魔女の家を出ていく。扉が閉まったあと、ルカヱルは試験管の中の竜の遺物を見つめた。

「ミィココ、元気してるかな……しばらく会ってないですね」



「――ミィココ様、おられますかぁー?」


「南の魔女」ミィココの家に、またも訪問者が来たのは、朝のことだ。

 8回目の訪問なのに、一向に反応のない魔女の家の扉を見つめて、伝令の役人は息を吐き、諦めて、今度は窓を叩く。しかし反応は無い。4回前の訪問から家の前のポストに出した置手紙は、出した順に4枚ぶん重なったままだ。どうも、ここ1か月近く、家主は帰っていないらしい。


「……もしやミィココ様、すでに他所よそに家を移られたりしてぇ……?」

「マジ? そもそも、もう此処ここにいないかもってことぉ? 大事な話なのに」

「ジパングのルカヱル様は、もう動いたと聞いとるのに、我々と来たら、お話を持ちかける段階にすら……うう」

「まあ、ある意味、竜の図鑑編纂に関わらずとも既にお暇では無いんかもしれんが」

「いやぁ、でもあのお方、後から話をしたら――“なんでそんな面白い話、早く教えてくれなかったのじゃ”って言いますよ、きっと」

「言いそうだなぁ」

「絶対言うだろうな」


 こうしてミィココは出てこず、役人たちは今日も話を持ち帰ることになった。この際、捜索から始める方が手っ取り早いのでは、と大役所の中でも議論になっている。

「でも……、捜索って言ってもな。メガラニカってめちゃくちゃ広いし、どこから探せば良いのやら」

「あの魔女様のことだから、また長い散歩にでも出てるんだろう。目撃情報が集まれば良いけどなぁ」


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