フルミーネ

第4話

 ジパングのとある地には「黄金のフルミーネ」と謳われる竜の伝承がある。伝承の示すように、金色の躰が特徴の竜であり、よその遠方の地域では同様の伝承は存在しないことから、ジパングの一部地域にのみ棲息し、今後予測される移動も比較的小規模な竜である。

 見た目の荘厳さをシンプルに伝える黄金フルミーネという伝承名は、人間への警戒を促すための合言葉でもあった。

 もし坑道でも金庫でもない場所で、特に夜中、光る金色の何かを見たらすぐに逃げろ、と。



 魔女の家にて。

「フルミーネがどこにいるのか、ルカヱル様は知ってるんですか?」

と、セタは聞いて当たり前のことを聞いた。“いよいよ出発です!”と高らかに宣言した魔女に促されて、用意した荷物を一通り確認した後のことだ。

 ルカヱルは「ふふん」と得意げになる。

「当たり前じゃないですかー。私はガイド役として、この暇潰……いや、暇潰しプロジェクトに参画してるんだから」

「なんか、本音が全然隠れてないような」

「フルミーネの伝承の地はヒシカリという地域です。ここからだと少し遠いけど手始めにそこから当たって、このの流れを確認してみようと思ってね」

「本音隠してくださいよ。まあもう良いか、そこは」


 というのも、ルカヱルがこんな面倒極まりないプロジェクトに乗り気なのは、全ての魔女が、まるで必須栄養素を求めるように暇潰しをからだ。それゆえ、魔女に「暇潰しだ」と認識される方が、協力を仰ぐ上では好都合なのである。

 もっとも、普通の人間であるセタと認識の相違があることは事実である。魔女のモチベーションがどれくらいあるのか、セタにはいまいち分かっていなかった。


「人間だって、食べたものを適度な運動で消費しないと不健康になるらしいじゃないですか。魔女にとっては、時間を消費しないと健康に生きていけないのです」

「そうですか。分かりました。でもですね」

 セタはバックパックを背負うと、目を細めて、ルカヱルの手荷物を見遣る。

 ルカヱルは、荷物を何かに詰め込むでもなく、庭に並べているだけだった。ラインアップには、水筒や衣服、ナイフ、ランタンなど旅路に必要そうなものもあったが、他にカップが4つとポッド1つのティーセット、古びた箒、大きな机と椅子、小麦粉1袋にボウルが2つ、さらにはボードゲームが2種と絵札が1組、その他雑貨が諸々という有様であった。

「持っていけないでしょ絶対、置いていってください」

「いやだ、持ってく!」

「子供ですか。だいたい、どこに仕舞うんですか? こんなにたくさん」

 夜逃げの引っ越し荷物か、あるいは子供の秘密基地に隠されていそうな品々を眺めて、セタは息をつく。

「ふふん、まあそこは任せておいてよ」

 ルカヱルは得意げに笑うと、キャンディドロップの空き缶を取り出した。古びている。少し表面が錆びていて、振っても音はしない。空らしい。

 ――ルカヱルがもう一度、その古い缶を振ると、庭に粗大ごみのように陳列されていた荷物が次々とその缶の中へ吸い込まれていき、やがて、箒だけを残して「収納」された。

 おまけにもう一度振ると、“じゃらじゃら”と、ドロップがたくさん詰め込まれた状態の、素晴らしい音が響く。


「ええ、すご……!」セタは目を皿にして、ドロップ缶を見つめた。

「どうですか、これが魔女の魔法ですよ。どうですかどうですか」

「うわあ、すごいドヤ顔だ。でも魔法は、本当に、マジで凄いですね……」

 芝生の上には、もはや荷物が置かれて居た痕跡が、わだちのように残るだけだ。魔女が魔女と呼ばれる所以を垣間見て、セタはしばらく呆けていたが、よく見れば、箒だけ放置されていた。

「ルカヱル様、こちらの箒は? 仕舞わないんですか?」

「それは今から使うから」

 ルカヱルはドロップ缶を袖の下に仕舞いながら答える。そして箒を拾い上げて、構える。

「これに乗って、フルミーネの伝承の地まで行こうと思って」

「あっ……! 聞いたことあります。空を飛ぶ箒、ってやつですか?」

 セタは子供の頃から、しょっちゅう伝え聞いていた有名な話を思い出した。魔女は箒に乗って空を飛び、馬よりも、鳥よりもはるかに速く移動できるのだと。

 それこそまさに伝説か伝承かのように聞いていた噂だったが、いまは実物を目の前にして童心のようなものが湧いて、内心興奮していた。

「まさか、この目で見れるなんて……」

「見るだけじゃなくて乗ってもらうよ。一緒に行くんだからね。さ、ヒシカリ地方へいきましょう」

「でもヒシカリって、ずいぶん遠いですよね。ここからだと」

 ここはエダという地域である。ヒシカリは国内といえど、とても遠い所だった。

「歩いたらね。箒で飛んで行けばわりとすぐだよ」

とルカヱルは言いながら、袖から取り出した地図を開く。そして、首を横にしたり地図を縦にしたりして、にらめっこしていた。

「えっと、ヒシカリってどっち行けば良いんっけ……まあ適当でも良いか、暇潰しだし。ね」

「いやいや待て」

 セタはもはや敬語を忘れて、慌てて魔女の横に並び、一緒に地図を見始めた。「目的地は“ヒシカリ地方”ですよね。南西の方にある」

「そうそう」

「地図のここですよ。ここから見たら……」セタは一瞬顔を上げて、空の彼方かなたを指さした。「あっちが南西です。空を飛ぶのなら、地上の地形に関係なく直進で行けますよね」

「いやあ、ありがとう。セタ、君はくわしいね。こんな山奥から、どっちに行けば良いのかすぐわかるなんて」

「一応、地図編纂が仕事だったので。……まあ、俺はどっちかって言うと荷物持ちとか頭を使わない役回りでしたけど」

とセタは頬を掻く。

「地図を読む能力は私より遥かに上みたいです。なにせ魔女は、物の見方が歪んでるもので」

 苦笑いしながら、ルカヱルは地図を折りたたんで、セタに手渡す。セタは地図を見て、それからルカヱルを見る。

「あの、これは?」

「ガイドよろしく」

「あれ、おかしいな。話の冒頭で、ルカヱル様がガイドをするって言ってたような気が……」

 セタが顎に手を当てていると、ルカヱルは先に箒に跨るように構え、セタを手招く。

「ほら、行くよ。後ろに乗ってください」

「はあ、分かりました」

 頷くと、魔女の背後まで近寄るセタ。同じように箒に跨ったが、手の置き場がない。

「どこを掴めば……」

「私を掴んでおけば?」

「えええ?」

 セタは躊躇した。魔女は人間とは別の生き物なのだが、見た目は普通の女性である。「私を掴んでおけば?」と言われても、戸惑って当然だった。

「早くー。あと高度を上げてく間は不安定だから、できるだけ密着しておいてください」

「わ、分かりましたよ」

 セタは意を決して、ルカヱルの胴に手を回した――“魔女”の匂いがした。

 人間らしい匂いが全くせず、人工的に作られた香水の匂いでもない。薬草や花の香りに、銅貨や鉄の匂いが混ざったような、凝縮された自然を体感した気分だった。


「よし。それじゃあ、飛ぶよ」

 ――その宣言の後、まるで流星の動きを逆再生したかのような勢いで、一人と魔女を乗せた箒は飛び立った。


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