6. 1999年の野球

「へえ。モテモテじゃない? 叔父さん、やるねえ」

 僕が嬉しそうに声を上げるのを横目で見ていたら、叔父さんは水を飲んで少しは回復したようだったが、相変わらず気だるそうに見えた。


「でも、里美さんも、秋子さんも、父さんや母さんから全く聞いたことないし、叔父さんが付き合っていたという形跡もないよね?」

「ああ」

 首肯するということは、一体この三人の間に「何が」あったのだろうか。


 いよいよ気になってくるところで。

 叔父さんは、ネタバレするかのように、節操なく口走った。

「ちなみに、里美は今、アメリカにいる。秋子は、北海道で教師やってるが、とっくの昔に結婚して、今は2児の母だ」

「ちょっ。いきなりネタバレ禁止!」

 とは思いつつも、その発言には気になることがあった。


「ってアメリカ? 何で?」

「ああ。それには深い訳があってな」

 言ったと思ったら、彼はベランダに続く窓を開けて、そのままベランダに出た。


 相変わらず8月の猛暑は凄まじく、気温35度近く、湿度も高い日で、外に出て熱風を浴びるだけで具合悪くなりそうだった。


 僕はそんな叔父さんの後ろ姿に、疑問をぶつけていた。

「ところでさ。ウォークマンって何?」

「ああ」


 叔父さんは、「辞めた」と言っていたはずなのに、ポケットからタバコの箱を取り出していた。

 それを口にくわえ、火をつける。

 どうでもいいけど、賃貸マンションのベランダでタバコ吸っていいのか、という問題が気になるが。


「まあ、iPodの『すごくない版』みたいなもんだな」

「へえ」


「当時は、今みたいに、気軽にネットからダウンロードなんて出来なかったからな。みんな持ってた。あいつが持ってのは、MDウォークマンだったな」


「MD?」

「ミニディスクだ。まあ、MD自体はすぐすたれたがな」


 叔父さんの不思議な青春回想話が続く。

 かと思いきや。


「ところで、海斗」

「何?」


「この年、パリーグで優勝したのは、福岡ダイエーホークスだ。福岡に移籍後初の優勝だった」

 いきなり叔父さんは、野球の話を始めた。

 相変わらず、この人、話に脈絡がないし、いきなり話題を変えてくる。


「いや、今、それ関係なくない? しかもダイエーって何?」

「何って、スーパーだろうが」


「イオンの仲間?」

「マジか。今の若い子は、ダイエーも知らんのか」

 地域によって違うが、イオンやイトーヨーカドーが近くにあっても、ダイエー自体がなくなった地域が多いから、実は知らない人も多い。僕もそうだった。


「今は福岡ソフトバンクホークス。当時のダイエーは強かったぞ。打っては小久保、松中、井口、秋山。投げては工藤、若田部、篠原などが大活躍。だが、この年の話題は何と言っても松坂大輔だな」

「松坂って西武の? 今年、全然活躍してないじゃん」

 松坂大輔は、元々西武ライオンズからボストン・レッドソックスに移籍して活躍したが、その後はニューヨーク・メッツに移籍し、帰国後にソフトバンク、中日に在席。


 だが、相次ぐ故障により、ソフトバンクではほとんど登板せずに3年12億円の大型契約で批判を浴び、中日では推定年棒1500万円ながらも2018年には6勝を上げていた。


 そして、中日から古巣の西武に戻ったこの2020年からは、ケガで1試合も1軍の試合に出ていなかった。そのまま翌年には引退する。


 だが、1999年は、松坂大輔が西武ライオンズでデビューしたプロ1年目。前年の横浜高校での夏の甲子園大会での大活躍から、一躍脚光を浴びた「平成の怪物」は、この年、25試合に登板し、16勝5敗、防御率は2.60。奪三振は151、WHIPは1.17。最多勝のタイトルを獲得し、この後、2000年、2001年と3年連続で最多勝を達成することになる。


「松坂はマジですごかったなあ。俺らにとっちゃ、ヒーローだな」

「いや、松坂は今はいいから、早く続きを……」


「なんだよ。お前だって、野球好きだろ? 今年は誰だ? 山川あたりに注目か。それとも大谷か?」

「相変わらず叔父さんは、パリーグとか、メジャーばかりだね。セリーグはいいの?」

 叔父さんの偏った野球知識というか、興味に閉口するも、この叔父さんは嬉々として語るのだった。


「馬鹿言え。プロでは、セリーグよりパリーグの方がレベルが高いんだ。同様に野球の最高峰は、今も昔もメジャーリーグさ」

 僕のような、Z世代からすれば「懐古厨」とも言えるくらいに、昔馴染みの叔父さんの「野球観」はやはり昭和世代の考えに映るが、パリーグの方がレベルが高いというのは同意するが、今やWBCでも上位の日本野球が、メジャーリーグに劣るとは僕は思っていなかった。


 だが、後から考えると、叔父さんのこの「メジャーリーグ最高」発言は、重要な伏線となっていた。


 何しろ、「アメリカ」は今でこそ凋落の兆しがありつつ、何とか世界をリードしているが、20年前の当時は、今以上に「強い」、そして「憧れの」国だったのだから。


 話は、深夜の公園へと続いていく。

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