光野彼方

第1話

◎猫


 これは、雀荘『積み木』で卓が立たなかった日に尾崎洋平さんから聞いた尾崎さんの友人である山口幹雄さんとその猫の話。



 尾崎さんは人生を謳歌してる成功者って感じのおじさんなんだけど尾崎さんの人生ももちろん色々あったし、その友人である山口さんも色々あったんだと思う。そりゃそうだ、人生なんてみんな初めてやることの連続なんだし、初心者なのに上手くいくほうが珍しいんだ。

 でまあ、山口さんはホームレスしてて。上野で段ボールにごろっとして暮らしてたんだ。そんな暮らしになってるけど、たまに尾崎さんは山口さんに会いに行く。ちょっと酒とツマミを買ってって「近頃どうだ?」みたいな話をするわけ。


 山口さんは少し太った可愛い猫と暮らしてて、でも尾崎さんにはその猫は懐かなくて。いいな。猫に好かれてて羨ましいな。と、いつもそこに行くと尾崎さんは羨ましがった。



 ある日、尾崎さんが上野に行くとホームレスが減っていた。山口さんもいない。


 尾崎さんは1番近い位置のホームレス仲間を訪問した。


「すいません、あの、山口君は…その、隣の猫飼ってる人知りませんか?ずいぶん人数が減ったように見えるけど」


「ああ、あいつは前回のホームレスを狙った警官の見回りの時捕まっちまったよ。違法薬物使用でな。シャブやってんのがバレちまった。 で、可哀想なのがあの猫よ。おれも面倒見てくれって頼まれたんだけどな」


 山口さんの段ボールの位置にはずいぶん痩せた猫がいた。

 

「まさかだけど、あの猫は……」

「山口の猫だよ、ずいぶん痩せちまっただろ」


 たしかに模様はあの猫だった。でも、こんなに細くなってしまうなんて。


「餌は?みんなが面倒見てるんじゃないんですか?」

「誰からも受け付けないんだよあの猫」


 猫の餌は置いてあった。

 でも口にしないで猫はただやつれていくのだという。


 それからというもの、尾崎さんはなるべく上野に立ち寄った。今日こそは猫に餌をと。食べてくれるまで色々な餌で試した。

 お隣のホームレス仲間もそれは同じだったしお向かいさんや斜向かいの人らも猫を心配していた。でも、誰にもなつかない猫の断食は続き、日に日に衰弱していく猫がいた。




 数週間後


 猫は骨と皮だけになった。

 死んじまうぞお前。とみんなが心配していたし餌を無理にでも口に入れようとするが拒み続ける猫。

 そこに、やっと山口さんが帰ってきた。



 にゃ!!!にゃ!!



 猫は山口さんを見つけると走って飛びついた。

 山口さんは猫の衰弱ぶりに驚き、餌を与えた。もう既に餌は買ってから帰ってきていた。山口さんもまた猫に会いたくて仕方なかったのだ。


 餌を食べる猫に周囲は感動した。その時、尾崎さんもそこにいた。みんな周りで立ち上がって拍手していた。


 忠誠心があり、主人からしか施しを受けない。そんな猫もいるということ。

 その猫の主人には山口さんしかなれなかったんだ。


 その数日後。


 猫は次第に元通りのふっくらした丸い猫に戻っていった。

 もう、その猫は若くなくて猫年齢からしたらいつお迎えが来るかわからない年齢だった。

 そんな猫をまた断食なんてさせたら次は死んでしまうかもしれないので山口さんはクスリを一切絶った。猫のために、もう警察の世話に絶対ならないようにした。すると山口さんは日に日に健康的になっていった。




 1匹の猫の忠誠心は山口さんを落ちぶれた生活から救い。今では山口さんは立派に社会復帰してアパートに住んでいる。


 猫はもうおばあちゃんになっててほとんど動かないが、まだ仲良く1人と1匹で暮らしているそうである。

 


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光野彼方 @morikozue

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