第36話価値観はガラスの如くなり

「ああああああ!アフロディーテ様、力をお貸しください。目の前にいる神の敵を滅する力を、今ください」


 手を組み空に祈りだした、性病持ちの宿主ホストは、傍目から見ると狂信者。アフロディーテとかいうボンバーヘアに祈るのはご勝手だが、軽んじ過ぎじゃないか?アフロディーテって神だろ?今すぐ力を貸してくれって、そんなぞんざいな扱いでいいんかい。

 神をしっかり崇め奉る委員会会長兼半神の俺的には、NGだ。神を舐め過ぎ。


 半神の俺が言うんだから、間違いない。


 悪意あるノータリン宿主ホストにくれてやるのは、死のみ。懺悔するなら治療薬ぐらいはくれてやるが、それだけだ。


 つーかいちいち叫ぶなよ、憎悪が深すぎて引くわ。

 絶叫する狂信者の宿主ホスト……つまるところ、ホスト狂い。


 男の敵を冷たい目で眺めていると、ギロギロしたぶっ飛び眼が、ギュルンとこちらに向いた。


熔岩噴霧メルトスチーム


 日曜日の幼女向けアニメ宜しく、可愛いフォームで放ったのは、ピンクの霧だった。

 エロい雰囲気作りならばハナマルつけてやる。

 だがしかし、空気が熱く乾く。

 霧が部屋中に広がり、壁や机、入口の暖簾までが水分の多い絵の具のように溶けていく。

 まるでローションのようにとろ~りと糸を引きながら床に落ちて、落ちた先は酸が垂れたように穴が開く。


「死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇ!」


 こんなときは110番!

 真っ先に電話しましょう!

 小学生に教えるなら、今の状況を上映した方がいいぐらい、例題として最適だろ。


 俺を殺しにかかる、性病の差し金ちゃん。


 舐め過ぎだって、あの夜のようにペロペロし過ぎだって。

 こちとら半神ぞ?標様ぞ?


 1ミリも効かんわ!


「なんで……なんで効かないのよ!」


 とろけるチーズにならない俺とジョンを見て、動揺しだした。


熔岩噴霧メルトスチーム熔岩噴霧メルトスチーム熔岩噴霧メルトスチーム!』


 ピンクの霧を乱発しているが、顔がしっとりする以外は感想なし。

 これだけで保湿ケア終了!信じられないですよね!?(個人の感想です)


 にしても、いい加減分かれよ。

 実力差ってもんをよ!


「はっ!」


 こんな奴に魔法を使うまでもない。

 魔力の塊をぶつけるだけで十分だ。


 手のひらから打ち出した魔力弾は、女の腹にぶつかった。便秘がちな婦女子には有効な一発だろう。くの字に曲がりながら吹っ飛び、壁に激突。それと同時に扇情的なスモークも消えていった。


「げふっ……」


 ったく、店をドロドロ溶かしやがって。ポーク共に荒らされて、少ないながらも生き残った店だぞ!


 本当にコイツは、とことん男の敵だな。


「おい!人のチンコに真っ赤な花咲せて、自分は幸せになるつもりだったってどういう了見だコラ!お前の頭を耕し直して彼岸花を植え直してやろうか!?」


 ふっ、キマったな。


 ヒィィィとか言って、命乞いしろい!


「ア、アフロディーテ様、アフロディーテ様。何故、何故何故……あのときは力をお貸しくださったのに」


「――おっと?神が絡んでるのか」


 あのときだと!?


 そう来たか。そう来るのか。

 俺のシモを破壊しようと試みたのが、まさか神だなんてよ。


 光栄じゃねえか、ええ?


 アフロディーテっていうと、おっぱいを強調しすぎたどスケベな神様だったはず。


 お前がそういうことをするなら、こっちだって考えがある。

 俺は半神だからな。


 絶対に後悔させてやる。

 飯とシモの恨みだけは、人間から買っちゃあイケないってのを、分からせてやる。


「なんて言われたのかな?アフロディーテからどんな指示があったのかな?言ってくれるよね?」

「……うるさい!うるさいっ!来るな!神の敵め!」

「それ何?神の敵って……ただの人間よ?神に敵うはずもないでしょうに」

「……なんでこんな事に。私だって普通に生きたかったのに。なんで、なんで……」


 ポロポロと涙を流し、言葉にならない恨み言をボソボソと溢した。

 普通に生きたいとか、そりゃあ無理だろ。普通ってなんだ普通って。風俗嬢のお姉様が普通とか仰ってる時点で、デブのお股ぐらい普通からはズレズレだっつーの。


「ジロー」

「ん?」


 振り向くと、キレの悪いションベンに苛立っているような表情で、女を見つめていた。


「アイツは連れて帰ろう」

「止めとけ。チンコをぐじゅぐじゅにしてまで兄弟に拘る必要はない。いや俺たちは既に兄弟だ、だからこそ止めておけ」

「――手を出すわけないだろ。族長たちに相談した方がいいと思うから言ってるんだ」

「どーゆーいーみー?」


 この女の魔力量は魔族よりも多いが、転生者である俺ほどの魔力はない。

 だからドロドロ魔法を保湿ケアに留めることが出来たわけだ。

 それか、コイツは神から使命を受けたと思われる発言をした。

 天啓とか預言とか神託が、妄言か虚言だという認識ぐらいこの世界にもある。

 ただし、とある人間だけは真に神と話せる存在だと信じられている。


 それが転生者だ。

 つまり主人公だ。

 補正掛かりまくりの、プロテクターガチガチの、温室でぬくぬくの転生者こそが、神との接点。


「転生者の子孫じゃないかと思うんだ。神からの使命を帯びた説明もつくし……」

「ふーん。連れて帰ってどうすんのよ」

「神も殺るんだろ?情報は取れる者から取っておくべきだよ、徹底的に」


 確かにその通りだが、徹底的にってのが気になるな。まさか拷問でもする気かな?

 拷問は情報収集に有用とはいい難いと、どっかの誰かが言ってたと思うんだが……。


 探るような視線に気づいたのか、ジョンは失笑ぎみに口を開いた。


「魔法があるんだよ。ディキ様や母様に任せればいい」

「ははさまって誰だよ」

「族長の奥方様に決まってるだろ」


 母様ねぇ……。

 耄碌したゲスいババアが、母様ねぇ。


 アイツはどう見たって、天涯孤独の魔女だろうに。

 ヘンゼルとグレーテルあたりに出てただろ。


 そしてコイツは、推しが結婚してヒステリーになったヤバイ奴。通称、ヤバ女ヤバメ。ヤバめなヤバ女だ。

 ニシローランドゴリラの学名はゴリラゴリラゴリラだから、奇抜さ・韻の数・連続性の、どれをとってもゴリラ以下。

 つまり原始人前まで退化した人間ってことだ。


 もはや俺たちとは別種。

 俺たちってか、俺とは別種だな。


「アフロディーテ様アフロディーテ様。私は死にたくない、監禁されて犯される!助けて助けて!」


 目は完全にイッてるし、言ってることは無茶苦茶だ。


「性病持ちが犯されるわけねえだろっ!」


 とか言ってみたものの、性欲が有り余ってるポークにあげるんだけどね。


 そんじゃあ、連れて帰りますか。


 そうだ!深雪ちゃんの目の前で犯させるのも有りだな。目を閉じれないようにして、始まりから終わりまで、しっぽり鑑賞会ってのも乙じゃねえか。


 ――いいね。


「来いっ!クソアマ!」


 影で移動するなんて優しい真似はしないぜ。

 てめぇは市中引き回しならぬ、道中引き回しで太ももがズタボロになるまで引きずってやる。

 この辺に小石が敷き詰められた場所ってあったかなー。


「触らないでっ!離してっ!」


 人間てのは意外と重い。

 気の抜けた人間は、そりゃあ重い。

 女だって抵抗すりゃあ、簡単には引きずれない……はず。


 残念だが、主人公補正皆無の人間である俺に、怪力の能力はない。

 ステータスもなけりゃあ、スカウター越しの戦闘力もない。


 ただただ、主人公殺し特化の人間なんだ。


 いや、人間だった。


 今は半神だし、どっかの誰かのゲーム要素を取り込んだおかげで、パワーアップしたから、肉体もなかなか強いんだわ。


 襟首を握りしめて分かった。


 俺は確実に強くなってる。

 マジで人間離れしてんのよ。

 半神ぱねえ。


 抵抗する女を軽く持ち上げた。

 キュッとしまった襟元に指を差し込みジタバタするのが鬱陶しい。

 学校帰り、ベッドへとカバンを放り投げる学生君のように、入口へと女を放り投げるのも余裕だった。


 軽いわー。本当に軽い女だわー。

 やだやだ、イマドキの子ってみんなこうなのかしら。


「ぎゃっ」


 尻もちをついて、道端まで転がる女は、しっぽを踏まれた犬っころみたいに鳴いた。

 ビッチと呼ぶにはふさわしい芸だ。


 穴の空いた暖簾をくぐると、野次馬がわらわらと集まっていた。


 ちょっと騒がしくしすぎたみたいだ。


「どうしたんだい!」

「おいおい、こりゃあてえへんだ」

「騎士を呼べ騎士を!」


 髪を乱して泣きじゃくる、いたいけな女を見てか、聴衆がいきり立つ。


 クソめんどくさいったりゃ、ありゃしない。

 騎士なんて呼ばれちゃあ、こっちの立つ瀬がねえでしょう。


 ビーーー。


 聴衆のざわめきを食い破るように、甲高い音が響いた。

 すると、狼のように方々から呼応しだす。


 ビービー喧しくなってきた風俗街の通りで、俺は女を見下ろした。


 コイツ、マジで面倒くさい子だな。

 病気を感染すしか能がないと思えば、狂人のように暴れだすし、しまいには無関係の奴らまで集めやがる。


 これも神の仕業かね。


 ちょーダルいんですけどー。

 ウチは抜いてほしかっただけなんですけどー。


 半狂乱で泣きそぼるクソ女が、どうも演技臭くてムカついてくる。

 マジだとしても、やはりムカつく。

 俺のチンコが上げた悲鳴より、めちゃめちゃ大袈裟すぎてムカつく。


 うずくまる女の背にガツンと、踵落としを決めると、結構な深さで肉に食い込んだ。


 やはりというか、なんというか。

 ビッチみたいな鳴き声を上げやがる。


 ずっとその調子で鳴いとけよゴミが。


 小学生の頃に1年ほど通った少林寺拳法を思い出しながら、もう一発踵を落とそうかとしたとき、甲高い音に紛れて微かな振動を感じた。


 時代劇で聞いたような、あの音だ。


 ドガラドガラ――。


 地面の揺れが高まり、音も鮮明になる。

 ちらりと通りの先を見ると、銀色の鎧が輝いている。


 やってきました、西洋騎士。

 2人の騎士が馬に跨りこちらに全力で駆けている。


「おお!騎士様が来たぞ!」

「道を開けろ!」


 鑑賞を決め込んでたおっさん共が、権力の登場で沸き立った。

 暇なコイツらには、いい見世物なんだろう。


 さてどうしようか。

 殺すのは簡単だが、殺していいんだろうか。


 まあいいか。

 この国は魔族が奪ったんだし。


「何事だ!」


 馬上から失礼な奴め。降りんかい!

 お前さん、お凛かい?

 いや降りんかい!


 騎士の態度が超絶失礼なので、掲げた踵を振り下ろした。

 完全なる八つ当たりである。


「ぎゃっ」


 ほれほれ、捕まえてみろよ。現行犯だぞ?

 挑発とばかりに、もう一度踵を振り上げた。


 すると、何故か、まったくの理解不能だが、ジョンが舌打ちした。


 女を甚振っちゃダメ!的な思想じゃないのは知ってる。

 この女は俺の息子を甚振った奴だから、この程度の仕返しぐらい見逃すに決まってる。


 なら何故、舌打ちをなさる?


 俺の軽挙妄動に怒ってるのか?

 騎士に対立するなどでも?

 いや分からん。


 分からんけど、兄弟を怒らせたくはない。


 恐る恐る隣を見やると、ジョンの視線は騎士に向けられていた。


 なるほど、騎士の無礼に怒ってるのね。

 良かった良かった。

 ほっと胸をなでおろしたのも束の間、ジョンが口を開いた。


「標様の御前だぞ。いつまで馬上に居続ける気だ」


 えーとジョン君?ただの人間に標様なんて言っても伝わらんよ?

 きっと鉄仮面の下では、ハテナマークが踊り狂ってるよ?


 やれやれ。内輪のルールは内輪で楽しんでなんぼ。それを外輪に押し付けちゃあ、ただの痛いやつになっちゃうぜ?



「まあまあ、落ち着きなされジョンよ。こやつらには俺への忠誠なんて――」



「――標様!?大変失礼致しました!」


 二人の騎士は、馬上からビョーンと飛んで肘と膝で着地すると同時に土下座した。


 あれは痛いやつだ。ぷるぷる震えてるところを見るに、絶対痛いやつだ。


 ……ていうか、何が起きてんの?


「お、おお。標様だよー。君たちは、魔族の子かな?」


「いえ、人間でございます!」

「右に同じく!」


 ……ほお。

 これは、なんというか、気持ちの悪い展開じゃないか?


「ジローが許可をくれたから、王都、そしてこの州は魔族が管轄してるんだ。きちんと頭を垂れる相手も教育したから、今後は騎士だろうが気にする必要はないよ」


「――ああ、うーん」


 これって……

 補正掛かりまくりの主人公街道まっしぐらじゃないのよ。


 ちょっといいことしたら、すぐにみんなが平伏してくれるし、何故か王家に気に入られるし、何故か地方領主をワンパンで倒せるし、何故か権力と金が手に入るという、前世で世界を500回ぐらい救わないと得られないような奇跡を享受する主人公と、大差ないんじゃないの?



 キモい、キモすぎる。肝吸いでも食いたい気分だ。

 時もいい頃合いに味方してくれた的な?そりゃあ気も良いさ。でもでもでも、主人公は絶対悪なのだよ。それと同じ待遇だって?

 いちいち気持ちが悪いんだよ。


 こんなん望んじゃあいないんだよ。


「ジロー?君が言いたいことは分かるよ。主人公っぽいだろ?」


 さすが兄弟。表情から、俺の言わんとすることをしっかりと汲み取ってくれたようだ。


「でも、必要なことなんだ。世界から転生者を駆逐するには」


「世界?いつから悪の親玉みたいな看板掲げだしたんだ?」


「君の望みは、主人公を駆逐することだろう?つまり転生者を駆逐すること。転生者は世界に散らばってるんだから、当然じゃないか」


「ああ、確かにそうなるな」


 なんとなく、近場にいる転生者だけ処していればいいと思っていた。というか、近場に来てくれるもんだと勝手に思ってた。

 うーむ、これはよろしくない思考だ。あんぐり口を開けていれば、餌が落ちてくるなんて甘甘な人生設計をしていたなんて。

 我ながら主人公っぽすぎて吐き気がするぜ。


 ジョンの言う通り、世界に打って出る必要がある。

 何故かって?

 そこに主人公がいるからだ。

 主人公を追えば、世界へと進出せざるを得ない。すなわち、俺は世界を巡り転生者共を駆逐する。


 だから……必要なこと、なのか?


 国を統治するのが?


「なにゆえ統治する?そんなもん、誰かに任せりゃいいじゃん。魔族はただでさえ数が少ないんだから、人間にやらせとけよ」


 でないと、世界進出するたびに俺の味方が減っていくだろう。

 単騎出撃せよってか?配下はいらんけど、さすがの俺でも、味方は欲しいっつーの。


 と、考えて言ったわけだが、ジョンは大きなため息で返した。何かまずかったのだろうか。まずかったんだろう。じゃなきゃ、無礼討ちだぞ?族長からのな。


「後顧の憂いを断つと言うじゃないか。ジローが殺した転生者たちは、誰かが祈り現出させた勇者や英雄だったんだ。それだけ困窮していた彼らが、諦めるはずないだろう?だから、統治して反旗を翻せないよう締め付けるんだ」


「ふむふむ。考えなしでした。スンマソン」


「ジローが進み、僕らが憂いを断ち切る。そうして僕らの悲願は叶えられていくし、ジローの目標も叶えられるだろう?そのために必要なことなんだ」


 目標、ねえ。

 外堀を埋めて圧力を掛けてる割には、恩着せがましい言い草だこと。

 まあ、そういう事にしといてやろう。


 コイツらは、俺個人を敬ってるわけでも、従属しているわけでもない。

 標様という謎の役割に対して、期待と手解きをしてくれてるだけだ。

 標様が我々を助けるように。

 標様が我々の望みを叶えてくれるように。

 標様が我々の意に反して道を違えてしまわないように。

 てな具合にな。


 これが主人公っぽいかって?

 ノンノンノンオイルツナだろーが。

 これこそ、非主人公であり反主人公の俺に相応しい。


 いいだろう。

 お前らの敷いたレールの上をフリチンで全力疾走してやる。


「わーったyo。マリコちゃんぐらい、締め付けてくれよな」


「……ああ、確かマリコちゃんて、未工事の彼だよね」


「そうそう、ミコウジの……彼?」


「えっ!?知らなかったのかい?」


「いやいやいやいや、そんなはずはない。あれは女だった。勘違いじゃないのか?」


「……いや、男だよ。見たから間違いない」


「なん、だって……」


 まさかの事実に、膝が震えた。

 走馬灯のように巡るあの夜の思ひ出たち。

 スラリとした肢体。透き通った肌。控えめなことば選びと、お胸。


 お胸――。


 無かったんだ――。


 事を終えて、いつものようにジョンと選手交代した。

 数時間後、軒先で待っていた俺に、ジョンは言った。

「最高だったよ。ハマちゃいそうだな」と。


 ジョンは知っていたのか。

 ブツを見た上で、致したというのか!


 確かに変わった子だなとは思ったさ。

 やたら照明の位置を気にするし、やけにもじもじしてたし……。ああ、うぶな子だなと思った俺が、バカだった。


 震える膝は、遂に力を無くした。

 ガクリと崩れ落ちた俺をジョンが心配そうに覗き込んでいる。

 お前は、お前ってやつは……俺よりも、数段先を歩いていたんだな。


 弟だと思っていたジョン。

 後輩だと思っていたジョン。


 とっくの昔に、俺の先を歩いていたんだな。



 なんだか気持ちが軽くなり、自然と顔の筋肉が緩んだ。

 あれだけ重たかった呪縛が消え去った気分だ。

 地面に膝をつき項垂れる俺だが、ノンケというガチガチの鎖から解放されて、心はとても晴れやかだ。


 ジョンをこれ以上心配させまい。

 アルカイックスマイルで面を上げると、不安げなジョンともう一つの顔が視界に入った。


 ニヤリと嘲笑う毒女の、不愉快な面。


 いつもならブチギレ案件だが、もう俺は今までの俺じゃあない。


「自分の限界を、世間一般に合わせてしまったのが間違いだったんだ。そう、自分の限界は自分で決める!」


「……な、何言ってんのよ」


「俺は男もイケるんだああああ!」


 遣唐使はこんな感覚だったのだろう。

 西洋へ赴いた使節団の方々もきっと、こんな感覚だったのだろう。


 進んだ思想が自分の限界を破壊した瞬間。

 かつて歴史の授業で習ったエリートたちの熱い想い


 重なるね。

 今ならアンタらの大和魂が分かるよ。


 これこそ、アレだ。

 文明開化の音だ。


「君たち、この女を連れていきなさい。ウチの村が引き取るからね!」


「はっ!」


「くっ……クソがああ!アフロディーテ樣!今こそ救いを!この両刀使いに鉄槌を!」


 悲しきかな。

 狭小な視野で、このお粗末な世界を恨みながら死んでいきなさい。


 騎士の魔法により、蓑虫のようにぐるぐる巻きにされ、女は引き回されながら遠くへと消えていった。


「ジロー……」


「ジョン」


 未だ険しい顔で、俺を見つめるジョン。どうやら、随分と心配を掛けたらしい。


「知らなかったんだな、男だって……」


「何も言うなジョン。俺は、一皮剥けたぜ」


「先に言っとくけど、掘らせないからな」


「俺もゴメンだジョン。二度と言うな」


 ビュウと吹く木枯らしと、散っていく野次馬共。

 祭りの後の静けさに一抹の寂しさ覚えながら、俺は大人の階段を登った。


 今後は男もイキます。

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