第32話 活造りは愉しみ方が大切

煙幕ホワイトノイズ


働く人形リトルガーディアン


 謎の魔法をぶち撒けたガキンチョども。

 俺に牙を剥かれても困るなあ。互いに殺り合って欲しかったのに。

 敵の敵は味方、か。外敵に立ち向かおうと結託するのは、歴史の必定ってか?俺の記憶が正しければ、そういうのってすぐに瓦解するんだぜ。第二次大戦のイタリア見てみろよ。帝国を裏切ってピッツァをパクパク、女をナンパだぞ?日本男児は鬼畜米英で突撃してたってのによお。

 ご先祖様、誠にありがとうございます。俺、楽しくやってます。


 要するにだな、戦争ってのは、如何に仲間割れしないかが大事。共同戦線を敷けば勝てると言っても過言じゃない……はず。つまり俺はちょっとだけ不利なので、軌道修正をしようと思う。2人纏めてオークにやるのが良くなかったんだな。


「――――逃が――――なっ!――――魔法――――」


 団長が頑張ってるみたいだ。この一瞬で耳くそが溜まったか思うぐらい聞き取りづらいが、何とかやってるようだ。つーか真っ白い霧でなんにも見えん。時々影がひっくり返ったり、俺の前を横切ったりしてるが、どういう状況?

 あ~、ちゃんと魔法を勉強しとけばよかったなー。こんな霧の晴らし方なんて習ってないッスよ。


「ババア!何とかしてくれ!」


 ――――シ~ン。

 えっ?シカト?そりゃないぜ。俺、半神の標様よ?


「――――カ!」

「ユ――――ッ!」


「友――――!」

「――――た、助――――」


 なーんかヤバそうだ。

 んー俺は傍観者で居たかったんだけどな。傍観者?いや、指揮者よりの観客……違うな。コーチかな?監督、とまではいかないが、教え子たちの頑張る背中を見て、心震わせるコーチ的なポジションで居たかったんだけど、これは無理だろーな。


 しゃーない、またもや手心を加えませう。せう油とみりんと酒と生姜で、味付けしてやろう。


 どーせ見えないんだから、目を閉じたっていいよね?手に魔法で作った火の玉を浮かべてたって、誰も見えてないよね?俺も見えんけど、こちとら能力があるんだよ。クソチートな能力がさ。


『暗視的中』


 お察しの通り、ミカちゃんが持っていた、自動追尾してくれる能力だ。

 ターゲットを思い浮かべて出発進――。


「ごべっ」


 真っ白な霧の中、俺はコケた。いやコカされた。両足を引っ張り上げられて、顔面から地面にダイブしてしまった。

 痛った。鼻がジンジンする。

 誰だ?見えん。こうた君か青頭だろ。うぜえ。


「今だ!掛かれ!」


 やあああ!


 小さな雄叫びが、うつ伏せになった俺の鼓膜に響く。


「いだっ!痛った!」


 可愛い声の後に、りんごの皮を剥くみたいにシャリシャリと何かが削られている。何を削いでるのか知らんけど、これは、こうた君の魔法だな。『働く人形リトルガーディアン』とかほざいてたから間違いない。


 あれ?なんか頬がヒリヒリするる。触れてみると、ヌルリとした液体で指先で滑った。


 ゴスゴス――――。


 今度は小さな打撃がみっちりと俺の顔面を殴りつけてくる。しかも大量の打撃だ。


 ようやく見えた。こんだけ至近距離に来れば、霧の中でも視認できる。

 つば広の茶色いフェルト帽に、真っ赤な軍隊服、肘まで隠れそうな黒い手袋、腰に提げた銀のサーベル、黒のズボンにロングブーツ。カナダの騎馬警察みたいなお人形さんたちが、目を充血させて俺の顔をバカスカ殴りつけている。

 それだけじゃない、後頭部にも小さな打撃が無数にヒットして、逃げ場がない。


 ふざけんなよ!鼻ばっかり狙いやがって!息が吸えんわ。鼻筋の通った綺麗な鼻だったのに!恨みか、お前らは鼻が嫌いなんだな?

 とろりとした液体が喉のあたりにで流れ、鉄の味が口に広がった。


「――――様!――――しろっ!」


 ダイキリか。呼んだー?地面とイチャイチャしてるから後にしてー。お人形さんとDV家庭を忠実に再現したままごとしてるから、ご飯は後でー。


 てゆーかさー、お前ら奴隷なんだから助けに来てくれるー?めっちゃやられてるんだけどー。DVが苛烈すぎて、逃げられないんだけどー。


 いつまで殴るんだボケッ!俺はサンドバックじゃねえよ!

 コイツら1人の力は大したことがない。でも集団となると、なかなか痛い。現に鼻が折れた気がするし、前歯がぐらついている。俺をコカしたのもコイツらだと思う。人形だから怒られないとでも思ってるようだ。お前らを可愛がるのは、ガキだけなんだよ!


 俺の顔を見上げて喚き散らしている小こい人形共を腕で掃いた。机の上のケシカスを払うように。


「衝撃に備えろー!」


 腕に当たった感触は、ブニブニした食玩だった。大巨人にでもなった気分で、小さき者たちを吹き飛ばすのは気持ちがいい。なるほど、怪獣が地球にまで来て暴れたがる理由がなんとなく分かるぜ。


 後頭部を未だに殴っている者たちは、寝返りのついでに、凶悪な我が二の腕の鉄槌で潰す。グニャンと潰れる感触は、ティッシュ越しに触れる虫みたいで気持ちが悪かった。


 中身が飛び出てやしないか――――。


 そろーりと腕を持ち上げると、現代アートみたく、珍奇な様相の人形たちがいた。名々が趣向を凝らして、自分らしさを表現している。

 首が背中にくっついていたり、地面にめり込めなくて体が薄ーく伸びていたり、体育座りでボールみたくなってたり。

 みんな違ってみんないい、ね。

 にしても、すげー人間っぽい。

 口元から丸いピンクの胃を吐き出してる奴。

 骨が飛び出てエイリアンになりかけてる奴。

 穴という穴からクソやら味噌やらを惜しげもなくひり出してる奴。


 魔法ねえ。

 魔法……。


 人も作れたりすんのかな。


 いや、そんなことより奴らを止めんとな。玩具を大事にするって心に刻んだばかりじゃないか。やすやすと渡したりしねーよ。無傷で帰す?ノンノンノンファンジャブルトークンだろ。


反駁リフュート


 まずはこの霧を無効化しようと思ったが、無理か。俺への攻撃ではないと判定されたんだろうな。

 じゃあ魔法にしますか。練習してないから、あんまり得意じゃないけど。


音響探知ソナー


 同心円上に広がる魔力の波。奴らの位置を掴めば、後は魔法をぶち込むだけでいい。


 ん?


 返ってこない――――。


 跳ね返る魔力を元に、敵の居所を掴む。はずなんだけど……。ナシゴレンだ。いや、梨の礫だ。


 やっべーどうしよう。ここでニンニンしても、居場所はわかんねえんだよなー。でっかい地図の中の点が転生者たちで、それを俺がニマニマしながら眺める能力、それが主人公殺しの目。隠れんぼには向かないんだよ。


 もっかい影に落としてみるか。


『影渡……』


 最後の「り」を言い終える前に、あの魔力が全身に纏わりついてきた。シメジが生えそうな質感で、長年掃除してない排水溝ぐらいヘビーな魔力。


 魔族だ。


 どうやら、真の姿を解放した奴がいるらしい。

 いいぞやれやれー。俺の玩具を守れー。


 心の中で三三七拍子の大絶叫をしていると、どんどん魔力が濃くなっていた。ちょうどネズ公を殺した時みたいに、純粋な負を煮立たせて焦げ付かせたような魔力だ。


 すると、風に攫われるように霧が流れていく。視界を塞いでいた白が徐々に薄くなる。流れる先は族長の奥さん、ババアだった。


 年季の入った翼と腕を広げて、立ち昇る白いミニ竜巻にブツブツと呟いている。渦中にあるのはこの場を支配していた白い霧。一面がクリアになると、ババアは真っ赤な瞳をカッと見開いた。


 回転が止み僅かに拡散しかけた竜巻は、逆回転を始め白から黒へと色を変えた。お世辞にも曇天とは言えない。もっと黒い。魔族の手のような漆黒だ。


「ダイキリッ!」


 額から汗を垂らすババアが、イケメンの名を叫んだ。


 やっと視界が開けたので場を整理しよう。


 イケメンの横で、団長は青頭の相手をしている。チートがないからなのか、対等にやり合っている様子で、魔法を打ち合っている。

 イケメンはこうた君の攻撃を部下っぽい奴らに擦り付けて、俺の元へ走っている。魔族は控えめに言っても化け物だが、それでも面の良さは健在だ。


 こうた君と青頭は、ハアハアしてる。もうそろそろ逝っちゃいそうな感じじゃん。青頭に至っては、傷を庇いながらなので、ちょんと付けばすぐに倒れてしまいそう。フレデリカとゆりかちゃん、そして細々した転生者たちは大人しく趨勢を見守っている。怖い魔族が見張ってるから当然だな。


 オークは……はあ。ノータリンはこれだから困る。


「おい関取!土俵下の横綱か!立て!働け!」

「何をする?悪い王様」

「あれ見ろ」


 走ってくるイケメン。ちょうどその後ろにゆりかちゃんとフレデリカがいる。


「魔族?」

「ちゃうわ!その後ろ!ちょっと、イケメンこっち来い」

「はっ。遅れました。お怪我は……」


 ペタペタ顔を触られて嫌な気はしない。エロい女ならな。ダイキリの手を払って指先をリア充共に向けた。


「いや、いいから。なんともない。豚!あれ見ろ!お前らの好みだろ?」

「好み、ない。なんでもいい」

「あっそ、どうでもいいからアイツらで遊べ!それが仕事だ」


 のっそり立ち上がったリーダー格のオークは、無気力な部下たちを連れてぞろぞろと行進を始めた。俺が教官なら腕立て5万回させるところだ。生憎と悪い王様なんで、何も言わずに鈍重な行進を見守った。


「標様、このまま殺してしまって宜しいですか?」

「…………んー」


 普通に殺せそうなんだよなー。だってチート能力が無いんだもん。魔力が多いだけのガキなんだもん。確かに殺せそうだよねー。

 でもそれじゃあつまらんだろ。何のために村総出で上京してきたと思ってんだよ。


「いや、殺すな。目だけは潰さないように半殺しにしろ」

「はっ。マティー!半殺しだ!目は残せ!」


 ほう、手加減してたのか。

 団長の動きが滑らかになった。ディスプレイの性能が上がったみたいにヌルヌルな動きだ。

 凶悪な爪が淡く揺らめき、ウルヴァ○ンばりにクロスした両腕を振り払うと、景色すらも裂く斬撃が飛び出した。


防護壁バリア


 キラーンと照明を反射する透明の壁。衝立のように青頭の前に展開されたが、どうやら強度が足りなかったらしい。いや薄かったのかもしれない。たぶん0.01を選んだのだろう、高級志向のエロガッパだ。


 それが災いして着床しちゃったじゃないか。


「ぐぁ」


 見事に目を掻い潜った痛烈な一撃。バリアが粉砕されモロに食らった青頭は、虎の大群に襲われたぐらい切り傷だらけの血塗れだ。


 そしてダウン。


 その横ではダイキリ兄やんの部下たちが、こうた君をボコボコにしていた。地面から伸びた蔦で動きを封じて、両手を氷漬けにして、動けないところをグーパン。もしくは尻尾刺し。尖った尻尾にはあんな使い方もあるのか。


 それにしても、魔族って強くね?チートが無くなったから簡単だった的な?前から思ってたけど、転生者相手でも何とかやっていけそうなんだよなー。わざわざ俺を待たなくても、反抗すればよかったのに。


「標様、終わりました」

「お前らさあ、普通に強くね?」

「はっ、光栄でございます」

「いや、標様を迎える必要なくね?ってこと」

「この力は標様のお陰でございます」

「――――ん?意味がわからん」


 魔族は魔力が大好き。魔力がないと発狂して誰彼構わず襲っちゃうという、逮捕確実な性癖を持つ種族だ。何故魔力に固執するのかといえば、魔力を必要とする器官が身体構造上存在しているかららしい。人間が水を必要とするように、コイツらは魔力が欲しい。

 で、その魔力が枯渇していたからまともに戦えなかった。

 俺が来るまでは。


 俺が持つ大量の魔力は、魔族が吸収しやすく、無制限に放出する俺がいるだけで、魔族達はぐんぐん魔力を吸収できているらしい。

 そう、俺がいれば魔力枯渇なんぞ気にせずに、馬鹿みたいに魔法を撃てるし、力が漲ってしゃーないそうだ。


 ただし、パワーアップしたわけじゃなくて、元の力を取り戻しただけなので、俺が必要。

 対転生者最終兵器の俺がいなければ、万全の転生者には勝てないだろうし、人間たちが軍を起こして大挙すれば太刀打ちはできないから、貴方がいなきゃダメなのっ!ってことらしい。


「お前が女だったらもっと嬉しいのに」

「――――申し訳ありません」

「許す。よっしゃオーク!ひん剥いてナニをペチペチしてやれ!」


 のっそりと手を伸ばすオーク。暴れ疲れたゆりかちゃんは、潤んだ瞳で見上げていた。

 フレデリカはというと、未だに暴れ続けている。捕縛している魔族も、鬱陶しそうにしているが、何故かしきりに俺に目を向けてくる。


 なんだ?さっさと引き渡せよ。

 まさかお前、そういう趣味なのか?俺っちが食べたいです的な?ダメだダメだ!子供相手はキモすぎる。流石に引いちゃうから止めなさい。

 オークはいいんだよ、知能が低い煩悩まみれの獣だからさ。


 オークがフレデリカに手を伸ばしたと思えば、時が止まったように固まった。何をしてんねん。


「悪い王様ー」


 俺が悪いやつだと認識したのは、ネズ公を殺してからだ。それ以来そう呼ばれているが、レジスタンス活動はせずに、忠実に命令に従っている。

 悪い奴の指示に従うお前らも十分悪いポークなんだけどな。


「なんじゃい!」

「コイツ魔族。遊ぶと、呪い、掛かる」

「呪い?何だそれ」

「魔族の呪いです標様」


 イケメンダイキリ兄やんの説明はこうだ。

 オークは昔、同族間で子供を作れました。しかし他種族にも種付けをすることができたので、か弱い子供の魔族を狙ったのです。魔力が豊富で、魔法に長ける種族だから、本能的に欲したのでしょう。


 だから私達は呪いを施しました。犯されようものなら、種族が潰える程の憎悪を込めた呪いを、罠のように仕込んだのです。

 そしてある日、1人の魔族が連れ去られました。捜索も虚しく、彼女は帰らなかった。

 それから数ヶ月、我々は徹底して閉じこもり、必要最低限の外出のみを行うようにしました。人間からの迫害、オークや亜人など他種族の差別から逃れ、同族が二度と凌辱されないようにです。

 戦う魔力が殆どなかった我々にはそれしかできませんでした。

 飢えに飢え、時には共食いまで起きる始末。それでも他種族からの害意から隠れ続けて迎えた朝。


 ある少女は村を飛び出し森へ向かいました。

 行ってはダメだと言われていた、オークたちの住処近くへと。

 消えてしまった女性の子供で、飢えと寂しさから死を望んだのです。


 少女はオークと出会い、そしてこう言っていたのを、はっきり聞いたそうです。


「魔族だ。呪いだ。手を出すな」と。


 それ以来、魔族狩りは起きなくなったのです。


「呪いの効果で、他種族の死人からしか子供を作れないとかそういうこと?」

「仰る通りです」

「ほえー」


 鑑定眼には映らない呪いという魔法。魔法なのか?まあ魔法ってことにしとく。なかなか面白い。


「フレデリカはいいや。ゆりかちゃんだけ遊べ!」

「分かった悪い王様」

「バイア」


「はっこちらに」

「この国の中枢を支配下においたんだろ?」

「はっ」

「王女様は?」

「一人だけ支配せずにおります」

「やるね~。それじゃあ、王女様以外の有力者をここに連れてきて。急ぎで」

「畏まりました」


 ブルンと乳を揺らして飛び立ったバイア。「ブルン」と聞けばちょっとばかし羨ましく思うだろうが、全くいいものじゃない。コウモリをイメージしてほしい、巨乳のコウモリだ。これで興奮する君は将来有望だが、俺とは趣味が合わないな。


「嫌だっ!やめてっ!いやーーー!」

「友梨佳っ!友梨佳っ!」


 オークは素直にすごい。俺が遊べって言ってからもうギンギラギンになってるんだから、AV男優になれると思う。新たな才能を見出したかもしれない。この世界にオーク需要があるなら、ビデオを作るのもいいかもしれない。写真集でもいい、エロは儲かるからな。


 ひん剥かれたゆりかちゃんを眺めていると、ニョキッと顔を出したのはディキ先輩だった。


「申し訳ありません標様。遅れました」


 ピンチの時は必ず顔を出してくれる暗部たち。白い霧が充満して、俺の顔面が痛めつけられてる間、コイツらは出てこなかった。たぶんそのことだろう。


「何してたの?」

「魔法の範囲を探っておりました」

「出てこれなくするやつ?」

「はい。影の世界に閉じ込められ、情報も遮断されました」

「ふむ。ちなみに範囲は?」

「広場一帯でございます」


 霧だな。たぶんジャミング的な魔法なんだろう。無敵だと思ってた影を無効化した上に、地上に干渉できなくした。地上にいても、音や視界が塞がれた。

 にしても便利な魔法だ。

 それを消し去ったババアもやるな。たぶん魔法を知ってたんだろう、後で使い方聞こーっと。


「んまあ、気にせんでええよ。それよりも愉しもうぜ」


 泣き叫ぶゆりかちゃん。手を伸ばしても名前を呼んでも、愛しの男は蔦に絡まり身動きが取れない。

 魔族は極悪な爪を持つが、オークはオークで極悪だ。ナニが?とは言わない。


「い゛い゛があ゛あ゛ごお゛……」


 はっきり言おう。


 マヂ見てらんない。


 キモすぎ、グロすぎ、ワロエナイ。


 もうムリ。


 命令したのは俺、愉しもうぜと言ったのも俺だけど、これはキショい。こんなんでギャハハとか笑えるやつは、頭のネジが全部飛んで、脳みそが頭蓋骨にベチベチぶつかって歪な形になってるだろう。じゃなきゃ引くって、俺みたいに。


「オェぇ」


 魔族1人、モブ転生者数名が吐くほどだ。これを凄惨と言わずしてなんというのだろう。


「標様……」


 ダイキリ兄やんのイケメソ顔も歪んでらあ。

 そうなるよなー。

 違うんだよ、見るべきはそっちじゃあ無いんだよ。


「こうた君見てみ」


 そっと愉しみ方を教えてあげた。


 活け造りってのは頭と尻尾が飾り立てる、うまい刺し身のことだ。そう、ただの刺し身じゃなくて、豪華な刺し身。

 この惨劇の刺し身は何処かといえば、こうた君だ。


 あんなに助けたいと言ってた彼女が――。

 憎い俺を生かしてまでも助けようとした彼女が――。

 同級生を殺してでも助けようとした彼女が――。


 豚に犯されて死ぬ。


 得も言われぬその表情こそ、脂の乗った真鯛だ。


「ん゛ん゛があ゛あ゛あ゛ごばっ」


 異物に押し込められて潰れてしまった声。誰に届かなくとも我慢できないのだろう。喉が焼き切れるんじゃないかってぐらいの叫び声に、転生者共は耳を塞いでいる。そんなんじゃあ止められないだろ。鼓膜を潰さなきゃあ、この絶叫は許さないだろう。


 ザッザッザッザッ――――。


 色が消えた世界に、現実味のある音がした。俺にもだいぶ堪えるショーだ。命令したのに少し後悔している。

 グロいからじゃなくて、こうた君のリアクションがいまいちだから。

 もうちょい張り切ってほしかったけど、どうやらK点を超えたらしい。口を半開きにしたゾンビ顔が目を見開いているだけだ。


 グロさと報酬が見合ってない。なんというか、久々に観に行った映画が大外れだった感じだ。


 こんなつまらない有り様なもんで、いつもならシカトする、整った歩調に目を奪われた。王城からバイアたちがやってきたのだ。開ききった瞳孔でこちらを見据える男どもに、胸を膨らませた。


「お待たせ致しました」

「おう。フレデリカ!こっち来い」


 青頭のお造りはどんな味でっしゃろ。

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