第27話天界に起きた波乱

「アンラ・マンユが動いた……」


 あの邪神が謀逆ができようはずもない。魔族は徹底的に殺したのだから、あの神に力はないはず。

 

 祈りの数は力となる。その力を行使するのは祈る者を救う時。たかだか数百名の祈りで存在する神が、私達に牙を向いただと?

 愚か者め。


「弁財天が来ませんな」

「どこにいる」

「さあ。もしかすると、死んだのでは?」

「本気で言っているのか、毘沙門天」

「彼女がこの席に座らなかったことがありましょうや」


 いつもなら空席が目立つこの会合で、今の空きは2つだけ。

 弁財天とアンラ・マンユの席だ。


 アンラ・マンユを出席させたことはない。

何故ならこの会合が、魔族を如何にして扱うかという会だからだ。

 弁財天は毎度必ず出席していた。オークという下等種族に肩入れをする、変わった奴だったが、神としては素晴らしかった。


 まさか本当に死んだというのか。神が死ぬだと?起きてはならない。神が死ぬのは、神によって殺される以外にあり得ないこと。それが起きたというのか。


「まずは座って、話し合いましょう。ゼウス殿」

「ああ、そうだな」


 プロメテウス、お前が一番憂慮しているのだろう?ユーラケー王国という人間の庭が、荒らされることを。一番義憤を覚えているのだろう?危険な刃が国の中枢に向けられていることに。

 愚王を誅し、稀代の女王が見つかったというのに。悔しかろう、何故今なのかと。


 バダンッ!


 突然扉が開いたかと思えば、倒れ込んだのは、血濡れた天使、ウリエルだった。


 まさか……。


「ワシは除け者かの、ゼウス」

「アンラ・マンユ」


 熾天使セラフィムであるウリエルがこの有様。ということは、この宮を守護する者は……。


「殺したわ。心配せずとも良い、お前たちに危害は加えん」

「分を弁えろ。お前如きに殺られるはずもない」

「――――相変わらず傲慢じゃの、ゼウス」

「どんなカラクリで力を得た」

「知っておるのだろう?弁財天を殺したのだ」


 遂に始まったのか。争乱の時代が。

 神を殺すなど、無益で愚かしい真似を。


「わざわざ報告に来たか。ご苦労」

「報告ついでに一つ、言うておく」

「――――なんだ」

「これまでの恨み、必ず果たすのでな。せいぜい足掻くことじゃ」

「ここにいる12の神を殺すとでもいうのか」

「フッ、フハハハ」

「何が可笑しい」

「必要ならば、な」


 クロークを靡かせ、部屋を去った。必要ならばとは、殺しが目的ではないということか。

 であれば弁財天は必要だから殺された。

 復讐、恐らく祈る者を消そうと目論んでいるのだろう。我々がそうしたように。


 愚かだ。12の神に対抗できると思っているのか。それぞれが遣わした転生者に抵抗する術を持っているというのか?耄碌したなジジイ。見誤っているぞ。


「ゼウスちゃん、どうするの〜?」

「魔族は危険だから殺す、これまで通りだアフロディーテ」

「ンフッ。アンラ・マンユ、お爺ちゃんになってたわね〜」

「疲弊しているのだろうな」


 ここにいる皆、祈る者が増え続けているから若々しいままだ。魔族とは違って、世界に広がり子を増やし、互いの神を認め祈る。我らが協力し合えば、祈る者という限られた牌を奪う必要はないのだ。


 魔族以外の生物は、魔族を敵として認識している。我らが遣わした転生者たちが、市井へとそう伝えたから。世代を超えて連綿と受け継がれ、もはや疑う者はいない。そして神を疑う者もいない。


 繰り返す魔族への攻撃が、魔族の反抗を呼び、生物が報復を受け、いつしか互いに復讐の種を持ち、転生者を寄越せと我々に祈りが届く。

 繰り返し、繰り返し、転生者を送り込み、遂に魔族を追い詰めた。


 だが残滅させるのは得策ではないだろう。

 共通の敵が居てこそ、生物は手を取り合い、我らに祈りを捧げるのだから。


 ※※※


 天界に浮かぶ、我が嶮難宮けんなんきゅうには、豪奢な門も荘厳な道もない。


 質素な残骸こそ、我が城。天井は砂礫と化し、どこか遠くで星星の一部にでもなっているのだろう。

 暗い広間、剥がれ落ちる壁。歩く度に足の裏へと突き刺さる。この痛みにも慣れてしまった。


 唯一、正しく有る椅子。魔族の目の如き色を湛えた、背もたれと座面。見上げる空を思わせる黒色の肘掛け。砂埃で薄汚れた、権威の象徴。


 椅子の前の段差に腰掛けて、一息ついた。

 入口から続く血の足跡に、ため息が出た。何度も何度も往復して懊悩。一歩城を出ては自らの有り様に恥じ入る。そして遂には椅子に戻ってきて来た。


 黒ずんだ床が、我が記憶を呼び起こす。

 愚かだ、なんとも愚か。

 魔族の為にあるワシが、どうして他の神に遠慮したのか。


 仕える天使も愛翫の獣もいない居城すまいは、黄道から外れ、酷く冷たい風が吹く。

 骨まで凍り動けなくなった頃、魔族もまた冷たくなっていった。


 一人では勝てるはずもない。

 ゼウスの宮、傅蛇宮ふじゃきゅうに入れるはずもない。

 忌み嫌われる魔族の神を、誰が気に掛け、誰が助くというのか。魔族こそがたすけを待っていたというのに。

 諦観に至り、祈る者の死を幾度も見た。


 星がよく見える。

 万難を迎えるこの宮で、ただ一つの希望だ。世界を作りし、創出者がなんの為にか星星を輝かせる。

 暗澹の城を照らすか、はたまた星に成れとでも暗示しているのか。

 無常なる日々、魔族の死屍累々が天界に届こうかという折、星が爆ぜた。見たこともない色味を垂れ流し、僅かな温かさが降り注いだのだ。思わず立ち上がり、その一部始終を目に焼き付けた。


 美しさには終わりがある。されども、終わりもまた美しい。


 ある種の気付きが私に芽生えた。いや、創出者が芽生えさせたのかもしれない。


 極地には先がない。星の煌めきと終焉が美しさの極地であるならば、ワシの存在と魔族の命運は、何処にあるのか。星とは対極、醜さの極地だろう。


 蔓延る恨み、熱烈な侮蔑、下劣な肉欲、理由なき忌避。

 どう足掻いても、これより先に進む事はない。堕ちる事はない。


 そして星の如き美しさを手にする事もない。


 極地とは、始点がありて終点があるもの。至る道に終わりがあって、始まりがないことがあろうか。

 ワシらが終点、醜悪の極地であるからこそ、星が存在し得るのだ。


 そんな気付きを得て、祈りに耳を傾けた。よく通る祈り、魔族たちの必死の祈りだ。


『復讐を。復讐を。復讐を』


 さもありなん。やはり至る所は醜さの果て。

 美しさが爆ぜる様は美しい。

 醜さの爆ぜる様は醜い。


 まさに道理。


 正しくあろうと、彼らに認められようと藻掻いた。常に正しければ、魔族への弾圧が止まるのではないか。他神が定義する善良になれば、魔族もまた認められるのではないか。


 試行錯誤の末、出た答えは、無駄。


 天秤の対にいて、一所に身を寄せる事はない。

 ワシらが軽くなれば、増えるまで静観し、重くなれば、適度に減るまで間引く。

 都合のいい重しでしかないのだ。


 ワシは魔族の神、アンラ・マンユ。

 魔族が祈る神であり、魔族の救いでもある。

 正しさでは救われず、善でも救われず、ワシらが忌避されるだけの存在だと気付いたのは、美しさを知った時だった。


 ワシらがいれば、美しさは必ず生まれる。極地とはそういうものだから。

 ただひたすらに、醜くあれば良い。それで魔族が救われて、また星が煌めくというのなら。


『ジロー』

『……』

『ジロー』

『……ん?』

『ジロー!』

『はっ!?神様!?』


 天啓を与えるのは初めてだ。下界への干渉は控えていたが、今さらだろう。

 ジローの体をもって、神を一柱殺したのだから。


『転生者狩りはどうじゃ』

『は、はい。えーと、まあ順調です』

『近場に数名おるな。何故じゃ』

『えー、魔族の玩具でございます』

『ふむ、まあ良い。何か変化はないか?』

『変化、ですか?』

『体調に違和感などないか』


 守護神への厭忌ヘイトゴッズを使用した場合、ワシがジローの体に乗り移る。それはつまり、ジローの体を異質にするということだ。


 魂には魂の容れ物がある。人間の魂は人間に、動物の魂は動物に宿る。

 ジローが愛でていたあのネズミ、あれは神の調整が入り込んだ為に、理から外れてしまった者。神の恩寵を与えられた謂わば半神、ただの転生者ではないのだ。


 実際、弁財天がネズミの体を借りていた。恐らく、その為だけにネズミに転生させたのだろう。


 そしてワシが、ジローの体に乗り移るということは、ネズミと同じく理を変えるということ。人間からすれば恩寵だが、ヒトならざる者に変えてしまうということでもある。

 ジローは半神となり、何かしらの影響が出ているはずだが……。


『イライラしているぐらいですかね』

『イライラ?原因は?』

『それが無いんです。ああそれからムラムラすることも』

『それは本能的なものではないのか』

『いやー魔族を見るとムラムラするんです。見ると、というより魔力にムラっと』

『ふむ』


 半神となり発生する影響とは、神の何かを受け継いでしまうことだ。例えば神の力の一部を得たりする。


『恐らく、魔族の祈りを感じているのだろう』

『祈りですか?』

『完全な声として受け取ることは出来ていないが、感情だけがお前に伝わっているのだろうな』

『どうすればいいのです?』

『魔族に聞くのじゃ。その感情の訳を』

『なるほど。何故急にこんなことに……』

『お前は半神となった。ワシの力を受け継いでおる』

『半神、俺が……』

『魔族を頼むぞ。ワシはここですべきことがある』

『はっ』


 さて、まずは力を蓄えねばな。


 ※※※


 はい。私こそが神です。

 嘘です。

 半神となりました。タイガースじゃない方の半神です。

 ヤバない?神ってさ。


 チョーーー神ーー。

 はい、神です。まあ半分ですけどね。


 って会話もできるわけよ。強くね?マジで全能感パネェーー。


「ディキ」

「はっ」

「何か怒ってる?」

「いえ」

「じゃあ魔族が不満に思ってることない?」

「――――いえ、ないはずで、す?」


 意味わからんよなー。急に変な質問されてさ。


「族長どこ?団長どこ?皆どこ?」

「転生者の元でございます」

「ふーん。行ってみるか」


 ポチと二人っきりも悪くない。悪くないんだけど、ジジババが居ないのも寂しいものだ。

 ムチ子さんはジョンのとこに嫁いだし。

 俺を愛してくれるのはポチだけだなー。


「ワフっ」

「――――よーちよーちよーちよちよち。すぐに帰ってくるからねー」


 カァァァワユイのお。


 さて来ました、磔の広場。村の入口です。完全に、サイコパスが住む村です。

 客観的に、控えめに評価しても、イかれてる。

 現代アート的なノリで、村の入口に磔にされた人間がいるんだぜ?クレイジーにも程がある。


「――――ひぃっ」

「――――ゔぅ」


 なぜ俺を見てビビる。おかしいだろっ!生ハムみたいにしたのは、そこにいる魔族たちだろ!

 ふざけんなよっ!ケバブ野郎がっ!


 おっとイケねえ、イライラするな。これも魔族たちの祈りのせい。ちゃんと聞き取りしないと。


「へい!族長!」

「これは、標様。如何いたしましたかな?」

「何か苛ついてる?」

「はっ?」

「神にイライラを祈っただろ。それが俺にも届いてんのよ。云うてみよ」

「――――神への祈りが標様に。左様ですか」

「何か不都合でも?」

「い、いえ」


 挙動不審!不都合がアリアリのマシマシじゃねえか!何よ、俺が何したよ!こうして地面が赤くなるぐらいに憂さ晴らししといて何さ!プンプン。


「早く言え。お前らが苛ついてる通り、俺も苛ついてるんだ」

「はっ。お気を悪くしませんよう……」


 転生者を甚振るのはスッキリしますぅ。

 でもぉ、同じ奴の肉ばっか削いでるとぉ、コイツが悪いわけじゃないのになぁって……。

 転生者全員が悪いのにぃ、他の奴らがのうのうと生きてるのってぇ、マヂムリィ。


 ってことらしい。

 まとめると……。


 他の奴もボコろうぜ!ヒャッハー!


 狂戦士めっ!言わんとしてることは分かるけど、ペース早くね?北○の拳ぐらい、この世を荒廃させるつもりかい?お前ら全員モヒカンにしなきゃ、納得しないぜ。


「我らと同じ運命を辿らせねば、気が済みませぬ」

「はいはい、分かりましたよ」


 そろそろ動く時期だったし?まあ別にいいけどさ。


「王都に行ってみますか!」

「王都ですか!?」


 何をビビってんだよ。当たり前だろうが!王都に愉しみが詰まってんだよ!カニ味噌ぐらいたっぷりな!


「転生者全員参加な~」

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