第10話ミッションコンプリート

 ※※※


「ネズ公!殺れ!修道服だ!」


 騎士の動きが鈍くなったと思ったら、ジローさんからの指示が飛んできた。

 修道服の女の子か。冒険者達の陰に隠れて何をしているかと思えば、騎士の治療を始めたんだ。戦場の真ん中で。


神速の猟犬スピードスター


 まずは防御壁となっている冒険者たちを剥がさないとアイツに辿り着けない。ブラックドッグの俊足を神速の域に高めて撹乱しつつ、ヒットアンドアウェイを繰り返す。ここで仕留める必要は無い。ブラックドッグ達に気を取られ、傷が入るたびに苛立ちを覚えてくれれば彼らの仕事は完了だ。


千載一遇の眼パーフェクトスナイプ


 ワイバーンたちは真面目で非常に働き者だ。その代わり族長のダパタさん以外はかなり無口で意を酌み辛い時がある。戦闘訓練を実施した際にどんな役割をしたいかそう尋ねたことがあり、族長が答えてくれた。

 曰くチャンスを見逃すのは心苦しいそうだ。

 なんでも、大空にいれば敵の弱点がよく分かるという。訓練なのでオークたちがその対象だったのだけれど、部隊の連携が鈍い部分や、動きが緩慢な部分、先を急ぎ過ぎている数名のオークなど、俯瞰しているからこそ分かる事があるそうだ。だから、そのチャンスに俺たちを使えとそう言ってきたのだ。

 大きな体を巧みに操る飛行技術には文句の付け所が無く、大岩をも運ぶ腕力、いや脚力も申し分がない。彼らの最大の弱点はその視力にあった。基本的に群れで狩りを行う種族だから、細々した小さな獲物は狙わない。上空から大きな敵を見つけて捕食するからなのか、空の生物にしては視力が低かった。それが問題となるのは急降下して敵を捕獲する時だ。急降下するという事はそれなりの高さから勢いをつけて落下する必要がある。大きなターゲットなら問題なくても、人間サイズになると一定の高さから捉えるのが難しくなる。

 それを補完する為に族長と話し合いながら付与魔法を開発した。視力を向上させ視界がぶれないようにターゲットをロックオンできるようにした。


 この戦場において最も守りが薄かった横腹をブラックドッグに攻撃されて、冒険者達は苛立ち目の前の敵に集中する。上空からの攻撃を警戒して展開された防御壁は、各冒険者たちの魔力で強靭に作られている様子だから、ブラックドッグにかかずらう人数が増えていくほどワイバーンにチャンスが生まれるという事だ。


 ヒュン!ヒュン!と影が飛来して人間が空へと連れ去られていく。


「うっ、うわあ助けてくれ!」

「くっ、上空だ!防御壁を!」

「くそっ!犬っころが、ガハッ……」

「まずいぞ、連携している、完璧に訓練されている」


 あの修道女、弓を持っていた。街へ繰り出した際もあの弓に苦しめられた。今は治癒に専念していて攻撃が出来ないようだから、このままワイバーンで人数を削り、アイツの守りを剥がす。

 そして仕上げは戦車をぶつける。人間程度の壁が重戦車に立ち向かえるはずはないのだから。


猪突鉄塊アイアンクラスタ


 肉体を鉄の塊に変え、ただ突き進む。そこに武器は必要ない。ただ真っ直ぐに進めば人間たちは踏み潰されるか弾き飛ばされる。

 数名の冒険者達が耐えたようだけど、集中力が切れているようだ。ブラックドッグやワイバーンからの攻撃を躱せずに倒れていく。


 あと少し、あと数名の壁をなぎ倒せば、私をドブネズミと呼んだあの女を丸裸にできる。

 急降下したワイバーンは修道女に狙いをつけたようで、真っ直ぐに彼女へと向かった。確かにここまで手薄になれば、治療に専念する彼女が仕留めやすいだろう。彼女の肩に脚が掛かった瞬間、耳をつんざく悲鳴がこだました。


「舐めるなよ、魔獣が!」

「ありがとうアマネ」

「ふんっ、治療の礼だ」


 ワイバーンがやられた。

 ――クソが。


蟻地獄メルテッドソイル


 付与術には魔力を必要とする。連続して3種族に付与し続けた今、魔力量がそれなりに多い私でも、かなりの疲労感がある。

 だから直接的な魔法は避けたかったけれど、仕方ない。魔法についてはまだ未熟だから、魔力消費を抑えることを意識して魔法を使ったつもりだったけれど、敵をまとめて沈めるぐらいの威力が出てしまったみたいだ。


飛べフライ


 騎士と修道女は勘が良く何とか逃げ出せたみたいだ。他の冒険者達はズブズブと沈んでいく。魔法を掛けようとしているけれど、私の魔力量以上に捻り出せるようには思えない。

 飛んでいく彼女たちももう限界だろう。

 空はワイバーンの領域、勝った。


「みんなごめんなさい」


 ワイバーンが迫る中、沈みゆく仲間たちに別れを告げた修道女。死を覚悟したのだろう、そう思ったら突然消えた。騎士と共に姿を消した。魔力も跡形もなくなり、忽然と消えてしまった。

 一体何処へ……


「おーいネズ公!」


 声の主はジローさん。冒険者達が地面に沈み、ドロドロだった土が固まって頃合いを見計らったのか、こちらに小走りでやってきた。


「逃げられたな!」


 何故か嬉しそうにしている。逃げられた事ぐらい分かっとるわ!私は目の前で見たんだから。

 それよりもこの人は一体何を考えているのだろう。私は転生者と交渉しようと考えていたのに、この人が全てをぶち壊した。


 ※※※


「ジロー殿!何故殺したのですか!?」

「ああ主人公?だってお前らの将来に危険が及ぶ思ったんだもんっ」

「しかし!」

「ったく、止めろネズ公。お前の仲間とアイツの命どちらが大切なんだ?亡骸を見てみろ。人間とお前の仲間どちらが多い?」

「――甘い、と言いたいのですな」

「いや、理想は必要だ。しかし現実も併せて必要だ。大局は理想に任せて、細事は現実に任せればいい」

「それでは、矛盾が起きまする」

「起きりゃいいさ。結果がお前たちの利益になるのなら、いくらでも矛盾させて捻れさせればいい」

「……」


 うーん、真面目だな。人死にを嫌うか、悪くない。倫理観が無茶苦茶な主人公よりも幾分かマシだが、まだ既定路線だな。もっと外れてくれよ!お前は期待の星なんだからよ!アンチ主人公を標榜する神とは関わりがない、生粋のアンチになって欲しいんだよ!お前ならなれる、その才能がある!


「助太刀を請うた身で不躾でしたな。感謝致しますジロー殿」

「よいよい、我らの仲ではないか。どうじゃ?この後一献……」

「同士の弔いをせねばなりませぬ。また日を改めて参上仕るゆえ、ご容赦を」

「で、あるか。冥福を祈る」

「かたじけない。御免」


 にしても主人公君、誰に殺されたんだろうな。ネズ公は首が折れた死体を見て死んだと思っているんだろうけどあれはフェイクだ。たぶん魔法だろうな。どんな魔法かまでは知らんけど。

 俺に能力が引き継がれているって事は間違いなく死んでいる。それは間違いないのだが誰がどうやって殺したのかが分からない。

 主人公君は俺が住む村に瞬間移動していた。正直いつ移動したのか全く分からん。俺が気づいたのは首をへし折った後だ。んで中二病に暗殺命令を出したわけだけど、中二病が殺ったのだろうか。たぶんそれは無いな。中二病は自殺出来ないように洗脳していた筈なのに、俺との繋がりが消えた。つまり2人共誰かに殺されたって事だ。主人公を中二病が殺して、中二病は別の第三者に殺された?そんな偶然ねえだろ。主人公も中二病も誰かに殺されたってのが自然だ。

 魔法で見ようとしたけど妨害されて見えなかったんだよなー。臭うぞ、ぷんぷん臭う。

 そしてもう一つ不可思議な点がある。俺の能力『反主人公の証明』は俺か俺の部下が主人公を殺した場合のみに発動する。発動すると能力を引き継ぐことができるわけだが、俺の部下はネズ公だけ。後は死んだ中二病だけ。つまり、俺が能力を引き継げたのだから中二病が主人公君を殺したとすれば矛盾はない。ないのだが、この説明に俺自身が納得できない。

 1つの仮定だが、俺が知らない俺の部下がいる。

 神の関与はあり得ない。何故なら、人間界に過干渉するのは主人公を作りし愚かな神の所業!とかかっこつけてたからだ。つまり神が相談なく送った派遣社員がいるってことはない。となると、俺を信奉している者がいるという線が濃厚になる。所謂祈りとか貢物とか生贄とかそういった宗教的な概念で、主人公と中二病を殺し、俺の部下的な扱いになっている奴がいるってことだ。

 あり得ないね、俺を主人公にしようって魂胆か。一体どこのどいつだ?


 あーそれにしても腹減ったー。肉食いてえな。

 ――――はっ!?危ない危ない。今の思考、まさに主人公。

 ふとした瞬間にやってきやがるぜ。適当に腹ごなししてお風呂行っちゃおー。白金貨も入ったし、贅沢しちゃおー。


瞬間移動テレポート


 さて我が家に帰ってきましたよっと。魔法便利すぎるぜ。あー絶対太るわ、まともに運動してないもん。いやしているか、かなり激しい運動を毎夜毎夜繰り返している。なるほど、だから太らないわけだ。うん健康の為にも続けよう。ネズ公にはもっと優しくした方がいいな、いい金づるになりそうだし。


「婆さんや、お客さんじゃ」

「爺さんやこの方は家主のジローさんですじゃ」

「お茶入れましたのでどうぞ」

「ガウッ」


 はあ。このシーンを録画してループさせる魔法なんか使ったっけな。毎晩全く同じ会話をさせられている気がする。いや同じ会話をしている。


「シャーラップ、デブは男漁りでもしてこい!ジジババはさっさと寝ろ。犬は、まあいい子にしてろ」


 こいつらちゃんという事聞くんだよな。ムチムチばばあはホントにどっか行くし、ジジババはマジで眠るし、犬は、まあ可愛くしてるわ。変な奴らだ。


 ドンドン!

「おーいジロー!ちょっと出て来いよ!」


 おお!この世界でのマブダチ、ジョン君じゃないか。俺が帰って来たのを察知したのか?ナイスタイミングだぜ。


「おう!行くか!?」

「行くけどその前によお、ちょっとついて来いよ」

「はあ?なにがあんだよ」

「今日、お前に店任せたよな?」

「――ああ」


 なんか嫌な予感がする。俺は中二病に卑猥な道具しか売ってないぞ?しかも高値で売ったから絶対に損はさせていないはず。案の定たどり着いたのはジョンの店の前だ。


「お前何を売った?俺が見た限り2つ売ってるよな?」

「2つ?ああ!アバズレ、じゃなかったわ生意気な女のガキにも売ったわ」

「ああ!じゃねえよ。それでいくらで売ったんだよ」

「合計で、白金貨1枚と金貨100枚か……じゃなかった金貨は80枚だ」

「くすねたんだな?」

「はっ?ち、ちげえし。駄賃だって言われたんだし」

「なるほど、それなら文句は言わない。問題は金額だよジロー」

「――なんだ、安く売り過ぎたか?」

「高すぎだバカ。この店の物全部買えるわ!例の貴族からぼったのか?」

「ああ、いや違う!白金貨はくれるって言うから貰った。金貨の方は……まあお互いが納得したんだからいいだろ」

「はあ、ここにあった物売ったんだろ?」

「ああ、――――――――みたいなやつだろ?」

「あれはまさに――――――――なんだよ。今日デビーちゃんに使おうと思ってたんだ。一体どうしてくれるんだよ!」


 やっぱり卑猥なものだったかー。それを金貨100枚で売っちゃったよ。ここの貨幣制度がいまいち分かってないから大雑把だけど、たぶん1,000万円ぐらいだろ。卑猥な大人の道具に1,000万円て……


「ちなみに、新品か?」

「いや、メルシャちゃんと楽しんだよ。マジで効果抜群なんだよ!ジローも試してみるといい」


 中古、か。すまない中二病。少しまけてやればよかったな。

 まっいっか。あいつ死んでるし。


「男は身一つで戦うもんなんだよ!道具なんざいらねえ!」

「病気貰っといてよく言う」

「勲章だ。そしてお前も貰ってるだろ兄弟!」

「もう治ったわ!」

「おーーーーい!村長!」

「大きい声で言うな!」


 遠くからたいまつを持って走って来たのは野盗団団長のデイヴィッドだった。俺が転生してからというもの、何かある度に俺に相談に来る。「だってあんた以外に村長をできるやつがいねえんでさあ」とかなんとか言って面倒事を押し付けようという腹だろう。まあ金が入るからいいけど。ただ皆に触れ回るのだけはやめてほしい。村長なんて所詮公務員だろ?雑用やらクレームやら井戸端会議の槍玉やら憂き目にあうのは必至だ。

 それなのにわざとらしく叫ぶかね。ていうか何で起きてんだよ!真夜中だぞ!


「村長、変な女が村の入り口付近で死にかけてますぜ。どうしやす?」

「変な女?エロいか?」

「は?い、いやエロくはねえです。1人はガキで、1人は騎士でしたね、へい」

「ふむ、騎士のコスプレか。蒸れ蒸れで一分の素肌も見えないと、そういう事だな?」

「蒸れ?まあ暑ちいですからね、蒸れてんじゃねえすか?顔以外の肌っつったら肩口がチラリと見えてましたぜ」

「肩?ほう。そそらないが見に行くとしよう」


 フルプレートアーマー着用希望なんだよ!全く見えない中ヘルムを外すとあら不思議、ちょっと汗ばんだ匂いと、清々しい春を予感させる匂い、それをご所望なんだよ。まったく同じ男なのにそんなことも分からないかね。

 いや待てよ、肩口のチラリズムか。センスは悪くないか。だが精進が足りないな。アーマー装備なのにどうやって肩を露出させるのか、無理があるだろう?それがイケない。

 カーディガンがはらり乱れてってな具合なら、これは見事、天晴だ。自然なチラリズムだろ?

 アーマー装備のチラリズムはヘルムを脱ぐ以外にあり得ない。いや認めない。


「村長、ほれ。あすこでさあ」

「ああーいるなー見た顔だ」


 ミソッカスにやられた騎士と修道女が横たわっていた。着衣に破かれたような跡はない。普通にボコボコにされたみたいだ。

 戦場にいた奴らだ。

 確か瞬間移動で逃げたよな?何でここに?

 コイツらは転生者じゃないからGPS宜しく転生者追跡能力は不発だった。もちろん試した。で魔法の『千里眼』の方は条件が揃っていないから使用不可。名前を知っていると本人を俯瞰で見ることができる。もしくは特定の場所を定点カメラみたいに見ることができる魔法なのだが、コイツらの名前は知らないし、転生者じゃないから居場所も分からない、で放置してたわけだが。こうして虫の息だと。さあてどうしましょうか。


 ガキの方は主人公君が持っていた能力を分け与えられている。たぶんこいつを殺すとこの能力が手に入る。うん、欲しいね。騎士の方は別に要らないな。要らないけど、オーク用に捕まえておこうかな。アイツら人間ともヤルみたいだし。

 ちょっとぐらい罪悪感はある。これはマジ。あんなに慕っていた主人公君と一緒に殺してあげられなかったからだ。そして逃げられたと思ったんだろうに、辛いな。希望を見たら今度は絶望の淵へ、落差がエグいよ。


 あっ、ていうか主人公君が死んだって知ってるかな?


「おい起きろ」


 魔力はギリギリ残ってるからまだ生きてる。顔はパンパンに腫れ上がって、ちょっと気持ち悪いな。たいまつの照らし方によっちゃあお岩さんに見えなくもない。怨めしいだろうな。どんマイケル。


 さっさと起きろよ。狸寝入りですかコノヤロー。


「へい!ゲラップメーン」


 伝家の宝刀を抜かせるんじゃねえよ全く。英検3級が火を吹いちまうぜ。


「うっ、うう」

「ぐっ、はぁ、あ゛あ゛」

「お前たちに報告がある。いいか?おいこっち見ろ」


「あ、アンタは」

「森に、いた人間、か」

「おお、覚えててくれたか。あんがとよ。さて重大発表がある。お前たちの領主様についてだ」


 あっ、顔色が変わった。なにか知ってるのか?


「お願い、ダニーは見逃して。私はどうなってもいいから」

「貴様!ダニエル様になにかあってみろ、ただじゃおかないぞ!」


 ホーリーシットだぜ。おらワクワクすっぞ。


「無理だ、無理なんだ。領主様死んだみたいだから」

「えっ……」

「くっ、貴様ああああ!」


 ――――――――――――――――――ああああああああああああ!

 ――――――――――――――――――堪らないよおおおおお!

 イキそうになったぜおい。今すぐに風呂に行きたいぜおい。くうう、いいリアクションするじゃねえの、ええ?

 そんな暴れるなって、体を大事にしなきゃ。お前はオークに種付けされるんだぞ?

 ガキよ俺は能力がほしいんだ、本当にごめんな。


「ジョン、お前は先に行ってろ」

「――えっ、どうしてだよ」

「コイツら街で噂になってる美人局グループだ。俺がとっちめるからよ、お前そういうの嫌いだろ?」

「とっちめるってなんだよ」

「消すんだよ。男の敵だ、俺が泥を被ってやる」

「はあ?何もそこまでしなくても。もう既にボロボロじゃないか。街で騎士に突き出せばいい」

「見ろ、こいつも騎士だ。騎士がグルだとは思わないか?」

「――――そ、それは」

「ジョン、村長がこう言ってんだ。てめえが無理して見る必要はねんだ、さっさと行きねえ」

「決定、なんだなジロー」

「そうだ」


 ジョン、ジョンジョォォォン!すまねえ、これはすべて嘘だ。でもお前に見せたくねえんだ、お前はクリーンな風俗好きでいてくれ!


「言いがかりだ!頼む、助けてくれ!コイツらは領主様を手に掛けた極悪人なんだ!」


 騎士はいいねえ、鋼だねえ。ゾクゾクさせるぜまったく。ガキは、ダメだこりゃ。無気力もいいとこだな。

 さて、ジョン君も去ったことだ。殺るか。

 俺が横に手を出すと、気の効く野盗団団長がナイフをくれた。

 武器の手入れは怠っていないようで、野盗のくせに中々上等だ。


「ぐっ、うおおおお!」


 オーマイガッ!立ち上がったぜ!スゲえよお前。くううううう、勿体ない、オークにやるのは勿体ない!どうしようか、どうしてやろうか。

 牢屋に閉じ込めてみるか?いつ心が折れるか観察するのもいいな。いやそれはつまらん。

 もっと際どいところを責めて、心が壊れるギリギリを愛撫してやれば、きっといいなあ。コイツは何が嫌いかなー?何が大事かなー?まあいいや後で考えますよ。

 それで今からやるのはただの前戯だから、マジで壊れるなよ?


縛れハング


 フラフラする騎士を縛ったのは麻縄だ。簡単に千切れそうだろ?万全の状態なら可能だったかもな。でも無理だよな、そんな満身創痍じゃあ、無理だよな。ただのか弱い女の子だもんな。自分が無力に思えるだろ?


「お前は騎士だ、その誇りを忘れるな。憮然とただ見ていればいい」

「何をする気だ!殺るなら私を殺れ!」


操り人形パペット


 よーし、これで目を逸らせないな。お前なら大丈夫だ。この試練も乗り越えられる。乗り越えてもらわなきゃ困る!

 ゆっくりとガキへと近付くが何か足りない。もっとスパイシーな状況じゃないと、イマイチ盛り上がりに欠ける。

 ああ、音だ。こんなに静かじゃあ、葬式と変わらないわ。


「声は出していいぞ」

「だのむ!止めてくれ!私から、わだじがら゛……」


 これこれ!こういうのが欲しいのよ。


「名前は?名前を教えてくれお前の名前を」

「い゛うがら、彼女は、見逃してぐれ」

「さあ言うんだ。お前は騎士だろ?最後まで正々堂々と名乗れ。君ならできる」

「あああああ!アマネ・アベリアだ!お願いだあああああああ!止めてくれえええ!」

「アマネ・アベリア、そうか。ありがとう」


 ――――――――――――――――――――――――――――ああ、いいわ。


 淡く燃えるたいまつの光がナイフに反射している。ゆっくりと肉に埋もれると、濃く燃える赤へと色が変わっていった。アマネの絶叫と嗚咽が響く度に、首から上がる飛沫も一層強くなる。仲間の声に体が必死に応えようとしていた。言葉では到底言い表せない情景だ。早い、楽しい時間が過ぎるのはこうも早いのか。もう終わる、灯火が消えそうだ。

 すると、か細い声が地面を這った。なにか言っている。憎しみの言葉か、仲間への気遣いか、何だ?何を言いたい?俺は地面に這いつくばり耳を近づけた。


「ダニー、アマネ、ごめんね。ダニー、アマネ、ごめんね。ダニー、アマネ、ごめんね。ダニー、アマネ、ごめんね。ダニー、アマネ、ごめんね。ダニー、アマネ、ごめんね。ダニー、アマネ、ごめんね。ダニー、アマネ、ごめんね。ダニー、アマネ、ごめんね。ダニー、アマネ、ごめんね。ダニー、アマネ、ごめんね。ダニー、アマネ、ごめんね。ダニー、アマネ、ごめんね」


 口をつく言葉は、遂に途絶えた。血の噴水と共に。


「あああああああ!ミ゛ガ!ミ゛ガ!ゔあ゛あ゛」


 コイツ叫んでばかりで聞こえちゃいないだろ。教えてやろう。最期の言葉だ。


「ダニー、アマネ、ごめんね。そう言ってたぞ。よく耐えたな、騎士の鑑だ」

「うっ、うう、もう一度、ぎがぜてくれ」

「ダニー、アマネ、ごめんね。と繰り返し言っていた」

「うっぐっ、ぐぞおお!オマエが謝るんじゃない!最期も、い、いつものように、悪態を、悪態をつけばいいじゃないか……」


 あら恥ずかしい。ギンギンじゃないの、私ったら。デイヴィッドは気付かないフリをしてくれてるんだわ。まったくもう!私の息子ったら、バカバカバカ。


「デイヴィッド君、騎士アマネは牢屋に。死体は、死体はーどうしようかな。オークが使うかもな。んー、騎士アマネの牢の前に置いておきなさい。お別れが済んでいないだろうからな」

「へい。村長、さっさと街へお行きになったほうがいいんでねえですか?」

「う、分かっとるわい!すぐイク!あ、違う、そっちの意味じゃなくて、すぐに参る!」

「へい。あと、血は落としたほうが良いですぜ」

「あ、ああそうだな。確かに。じゃあ頼んだ!」

「へい!行ってらっしゃいまし!」


 ※※※


 標様しるべさまはさっさと街へ向かわれたな。よし。


「てめえら掃除だ」


 ぬるりと影から現れたのは人間の男に擬態するディキだ。魔族の中では暗部の取りまとめ役であり、基本的に表に出ることはない。しかし標様しるべさまがこの世界へお出でになってからは、こうして活動するようになった。部下に任せてミスなど、万が一にも起こせないからだ。


「ケケケ、この死体も我らの苗床ですか?」

「いや、騎士の前に晒しておけとのご命令だ」

「ケケケ、ケケケ。流石は標様しるべさまだ」

「まったくだ」


 ひらひらとたいまつの明かりに誘われてきた蝶は、俺の前で正体を表した。


「バイア、歩いて来ればいいだろう。標様しるべさまに見つかったらなんて説明すりゃいいんだ?」

「いいじゃないか、こうして呼ばれたってことは、標様しるべさまがいないって事だろう?バカじゃないんだそれぐらいアタイにも分かるさ」

「はあ、そうかい。この女を牢屋に入れとけ。標様しるべさまのお気に入りだ」

「あら、お気に入りってソッチの意味かい?お手付きするんだろうか」

「さあな、必要ならするんだろうさ。アッチの方は今すぐに、って感じだった」

「はあ、羨ましいね。アタイなら良い子を産めるってのにさあ」

「止めろ、あの御方は我々のような者を酷く嫌っておられる」

「分かってるよ。いつも通りアタイ達の記憶を消せばいいんだね?」

「その通りだ」


 ザリザリと草履を擦る音が聞こえてくる。魔族において最も強いと言われる男がやってきたようだ。


「ダイキリ、遅くにすまないな」

「マティー、これは標様しるべさまのご意思なのだろう?何時でも呼び出せ」

「フッ、まったく変わらないな。早速だが、賊がこの村に侵入していた」

「この2人か?」

「ああ。俺の家に転移用の印をつけていたようでな。俺の家から逃げ出そうとしたところをシメてやったんだが、ちょうどあの御方がお戻りになったので、情報を聞き出せていない」

「――情報?何の情報だ」

「転移用の印だ。俺の家にあるのは間違いないが、何処にあるのかさっぱり分からん」

「記憶を引き出す魔法があれば良いのだが、バイアでも消すのが精一杯だろう?」

「なんだい?文句かい?」

「これは失敬。放置しておくのは不味いな。あの御方の居わす村に相応しくない」

「何か妙案が?」

標様しるべさまはいつも通り街へ向かわれたのか?」

「ああ。2時間は戻らないだろう」

「家を建て替えるべきだ。魔力漏れと認識阻害を兼ねて村を覆う結界も張るべきだろう」

「やはりそうなるか。頼めるか?」

「早急に取り掛かろう」

「頼んだ」


 慌ただしく動き始めた村の中。大規模な結界を張り、あの御方でも見えないようにしたから、こうして姿を現したのだ。

 真夜中に村人達が歩き回るのは不自然だ。だから家からは出ない。こうして何かあれば別だが。


 俺の仮住まいが影の中へと沈んでいく。数人の仲間たちが以前と全く同じく家を建て直した。魔法が使えるなら、家を建てるぐらい1分で済む。


 さて、俺はこの血痕を消すか。

 悲しかろう人間。友を失い崇拝する者を失う寂寞は耐えがたきものだろう。壊れても俺がこの手で正気に戻してやろう。何度でも必ずやまともにしてやろう。老いて朽ち果てるまでお前の側にいてやろう。そうして墓を建てよう。立派な、身動きの取れない墓を建ててやる。その前で俺は酒を飲もう。我らが友と楽しく酒を飲み昔を語らおう。そこにある盃はお前の友の頭蓋だけだ。友と回し飲みたらふくの笑顔を見せてやろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る