第9話主人公と取り巻きと主人公嫌い
「
「ああ」
我らが標は何を考えているのやら。ネズミを生かし、この金髪を殺す、違いは何なのだろうか。ひとまず転生者は生かすべきだな。我らが標の贄になるか、ネズミのように奴隷となるか、あの方に選んでいただけばいいのだ。
我らはただお守りするだけ。
勇者、英雄、我々を痛めつけてきた転生者共をウジ虫のように扱える時が来るまで、あの方だけはお守りせねば。魔族の悲願を成就しうる力を、どうか、我らが標へとお恵みください。神よ。
「ニヒヒ、ただの雑魚でしたよ。
「だろうな」
「イヒヒ、この死体どうします?」
「いい畑になる、ガキを迎えようじゃねえか」
「フヒヒ」
※※※
「ダニー!!!」
目の前で転生者が死んだ。私と同じ転生者が死んだ。綺麗な顔をしている。人形のように綺麗なまま、首が奇妙に傾いているだけだ。
私は殺したくなかった。ジローさんに村の通行をお願いしたときから歯車が狂い始めた気がする。人間と争わずただ未開拓地を貰えればよかったのだ。
でも、そうせざるを得ない理由があった。
オークたちの不妊は魔力だけが原因ではなかったこと。この村を抜けたらそこは他国で、容易な交渉では解決しないこと。そして今私達がいるこの森は、魔族の領域、魔界だということ。
戦わざるを得なかった。私達が生きる為に戦いを選んだのだ。
私だけならどうにかできただろう。ネズミ一匹誰が気にかけるだろうか。人里を抜けてただのネズミとして生きていけたかもしれない。でも私は王になった。自ら選び、そして助けられた。
弱いものを見捨てるなんてできない。虐められる私を見捨てた傍観者にはなりたくない。孕んだ私を弄んだ男のようにはなりたくない。私が原因でこれ以上の苦痛を3種族に与えたくなかった。あんたに原因があるんでしょ?母に言われたら、今回は正解だと伝えたい。私が転生したばかりに、彼らは道を踏み外した。これが正道であったと証明するには、種族を繁栄させなければならない。私の進んだ道、彼らを導いた結果が間違いではなかったと思いたい。
彼らのため、それは本心だけれど私のためという比重も増えてきた。
殺したいわけではない。でも、一度殺してしまえば、もう止められない。こちらが折れるか、話し合いで停滞するか、殺してしまうか、選択肢が増えた今、必然的に選べる道は決定している。殺して脅してしまわないと、私達は生きられない。
けれど、進んで殺したいわけじゃない。彼を殺したのも私じゃない。3種族の誰でもない。じゃあ誰が殺ったのか。
――ジローさんだ。
私が頼んだからだろうか。つまり私のせい?私が交渉しようと叫んだのが聞こえなかったのだろうか。いやあり得ない。耳に入れなかったのだろう。平然としたあの顔、私は途方もない過ちをした気がする。じゃあ、過去に戻ってやり直せるならどうするか……
残念ながら同じことをするだろう。これは運命なのだろう。
「今すぐに投降してください!弔い合戦は無意味です、繰り返しますが私は話し合いを……」
「うるさいっ!貴様殺してやる!」
オレンジの髪と白い肌が返り血に染まり、その表情は怒りに染まっている。騎士、だろう。私達がさんざん殺した騎士、彼らは強い。彼女の魔力量は未だに健在で負傷しているが手抜かりは許されない相手だ。
オークが死にすぎている。誰よりも前線で戦う彼らの数は私が出会った時の6割ほどになった。これ以上はない。もう御免だ。
「止めなさい!もう、止めましょう。私は何度も伝えました。話がしたいとそう言ったはずです。剣を収めてください」
「ふざけるなっ!お前らみな殺……」
「アマネさん止めてください。皆さんも武器を下ろして!」
「ミカ、貴様!このまま引き下がる気か!?」
「まずは話を聞きましょう」
子供?随分と若く見える。白い修道服の女性は弓を手放し、両手を上げた。すると、様子を見ていた配下たちも武器を手放した。唯一剣を構えるのは女性騎士だけ。このまま話ができれば、彼女の敵意ぐらいは見逃してもいいだろう。彼女を待てば話し合いなど来世になってしまいそうだし。
「私達は新たな住処を探しているだけです。人間たちの街を破壊したのは、仲間が斬られたからです。私達から攻撃した覚えはありません」
「水掛論になりそうね。そういうことにしておきましょう。住処とはあの街を寄越せということかしら?」
「いいえ、あの街を通れば森があるはずです。そこに行かせてほしいのです」
「魔界、ですか。やはり魔族なの?」
「違います。私達は人間です。魔族とは無関係です」
「――なるべく人目を避けて移動すること、騎士の監視を許可すること、拐った人間を解放すること。これらの条件を飲むなら通行を許可します」
「人間は生きていませんよ。それを返せと?」
「殺したのね」
「違います!亡くなっていたご遺体を持ち帰っただけです……」
「ケダモノがっ!帰りを待つ家族がいるのよ、生きていなくても故郷に連れ帰るわ」
魔力がある事は前提であって、食料事情がやや解決しつつある今でも不妊なのは別の理由があった。魔族殺しの呪いがオークに掛けられていたのだ。ワイバーンやブラックドッグは魔力が回復して次世代を作っている。だがオークだけは魔族との因縁があり今の生殖可能世代が悉く不妊となっている。おばあちゃんオークの昔話と頭の中で響く神の声を元にこの結論にたどり着いた。
ただし、回避方法がないわけではない。『不同不生の呪』とは同種、もしくは生者とは交わる事が出来ないという呪いだ。つまり他種族の死体との交配においては子孫を増やすことができる。でもそれはオークという種族ではなく、オークを元にした新種族が生まれるという事を意味していて、その点ではオークが絶滅するともいえる。
元々あらゆる種族との交配が可能で、大昔は多様なオークの亜種が居たそうだが歴史の闇に葬られてしまったらしい。そして唯一生き残るオークの原種は呪いによって、今まで避けてきた禁忌に手を出さなくてはいけなくなったのだ。
しかも死体と交配しなければならない。しかも男女関係がなく、必須の条件は死体である事だけなのだ。死体との交配で子供が出来るのは呪いが与えた副作用であって、オークが種族として持っている他種交配の特性とは全く無関係のもの。そこに性差が無いのも呪いによるものだ。
魔族がいかにオークを憎んでいるのかが分かる。そしてオークの存在を貶めようという意図もハッキリ分かる。他種族を殺して子供を成してみろと、呪いからひしひしと伝わってくる。そんなことをすれば、オークは間違いなく根絶やしにされてしまうだろう。
だから負けるわけにはいかないのだ。
出来るだけ殺さないように穏便にしたかったのに人間たちは私たちを見ただけでこれだ。話も聞かず検証もせず、お前たちが悪いのだと一方的に捲し立てる。私の母親に似ている。
持ってきた人間の死体は襲い掛かって来た為にやむなく殺した騎士や、戦いに巻き込まれた一般人などであって、直接的に殺したわけではない。
そして既に事を済ませた後だ。
返してしまえば、生まれてくる仲間が惨たらしく殺されてしまうのは明白だ。返せない、彼女の言い分は十分に理解できるが、絶対に頷くことは出来ない。
「その要求は呑めません。それ以外は善処します。今すぐに引いていただけますか」
「いいえ、絶対に引かないわ、引けないのよ!必ず連れて帰ると約束したから。ドブネズミなんかに分かる訳ないわよね、人間のプライドは」
「――――――――はっ?」
「ドブネズミ如きが粋がってるんじゃないわよ!皆、弔い合戦よ!化け物どもをここで皆殺しにする!トゥカナの街には一歩も踏み込ませないわよ!」
ドブネズミ……
そこまで言うんだ。私たちが要求を呑めない理由を聞くこともなく、戦いを選ぶんだ。これが人間なんだ。優しいオークがこうして苦しんでいるのも、こいつらの悪知恵と魔族の邪悪さが原因だ。
容赦しない、優しさと弱みに付け込み繁栄してきたくせに、手を貸すどころか殺しに掛かるなんて。
絶対にさせない、私が王になったからには。
※※※
話し合いは終わり、結局武器を手にするわけだ。そうそう、それが一番よ。魔物と人間が分かり合えるなんて夢物語なんだから。どっかの主人公は魔物の王になって人間の女といい感じになったと聞いたな。
あり得る?獣姦でもすんの?そういう趣味ならとやかく言わないさ。俺だって風俗通いの性病系主人公なんだから、裏ビデオ系主人公がいたっていいさ。
でもこれがキラキラした悲恋とか感動の大恋愛物語だとしたら話は変わってくるよねー。だってあり得ないもんねー。どうやって分かり合うんだっつーの。
まず言葉は?翻訳機能がついてて話せました的なことだろどうせ。
種族の文化や慣習、本能は?それら全てをおざなりにしても、変な世界で生きていける強さがあったってことだろ。
それはつまり主人公補正がガチガチに掛けられていたわけだ。ほーん、そうかそれはつまり運が良かったのか、神に贔屓されていたのかどっちかな?運も全て神の思し召しなら、神に愛されてたってことか。
神に愛される人ってどんな奴か、そう俺が嫌いな主人公だよ。
傲岸不遜、神をも恐れぬ度胸と力こそ全てというアホみたいな考え方。何故か人を魅了して、何故か全てを手にするチート能力と神の恩寵。努力しましたとか言うんだろ?そりゃしただろうさ。汗かいてベソかけば努力してるように見えるもん、そう本人も思い込んでるもん。
アイツらがやってんのは努力っぽい作業であって努力じゃない。神とチート能力が適切な時間と場所と人材を良きタイミングで配置して、それらしく流れ作業をしただけに過ぎない。
なぜ努力を否定するのか、彼らも努力をしていたよ、苦労していたよ、そう思ってんだろ?
そもそも努力なんて言葉はまやかしなんだよ。原因があって結果がある、そう思いたいから作られた言葉なんだよ。努力したって報われない奴は星の数ほどいる。たまたま報われたやつが声を大にして言ってるだけなんだよ。努力すれば報われるぞ!ってな。
だから努力はすんな。頑張りすぎず、てめえの身の丈にあった振る舞いをすりゃいいんだよ。上を目指さず前だけ見てりゃいいんだよ。
それをしないから、主人公は俺の神に嫌われるんだよ。
おっと、長話が過ぎたな。
ネズ公も殺る気みたいだしちょっくら手伝いますかね。月間リース契約を結んでる大型顧客だからな。
一発目からネズ公狙いとは、あの女騎士も太え野郎だよ。野郎じゃないか。いや、男女平等の世の中においては野郎でいいのか?いや、そもそも野郎という言葉自体危ういだろうか。
全く太え人間だよ。
締まらねえーなおい。まあ何でもいいや。アイツから殺すか。
薄々気づいていると思うが、俺もチート能力者だ。ただし弱点がある。超絶大穴だ。
鑑定眼以外の能力は全て、主人公もしくは転生者にしか使えないってことだ。
つまり、主人公の取り巻き連中には能力が使えない。だから、取り巻きの前では、ただの能力なし性病おじさんになるわけだ。しかし!魔力量は多い。大体主人公ってやつは魔力量がめちゃくちゃ多いかゼロかの2択だろ?それに合わせて、俺も魔力量を多くしてもらった。てことは取り巻き連中相手でも、性病おじさんver.魔力量大として戦えるっつー寸法よ。
『
あの肩、治療しないのが悪い。腐り始めたら全身に広がったちゃうよ。そしたら死んじゃうよ。早く患部を切り落とさないと……
修道服を着たあのガキ、治癒魔法が使えるのか。この世界ではなかなか貴重な魔法だと聞いていたが、スゲえな。でも魔法を治癒することはできないだろ。一口に治癒と言っても色々ある。修復したり自己治癒能力を高めたり、魔法を外したり。
魔法は適切な方法で取り除かないと悪化させることもあるらしいから、慎重に外そうとしているな。
「ネズ公!殺れ!修道服だ!」
アイツが弓の名手か。元々は主人公の能力だったらしいから、殺せば俺の能力になるな。いい能力だ。飽きたらネズ公にあげようかな。主人公が持ってた『分権』の能力も手に入ったし。
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