王立高等魔道学校入学試験2


 試験会場ゼータに辿り着いてすぐ、満員を理由に別会場へと誘導された俺は一つ目の試験を早々に終えた。

 本校舎ニ階、南棟、西側から三番目の教室を後にする俺の表情なんて鏡を見るまでもなく分かる。

 只々、絶望だった。

 なぜかといえば、その教室で行われた試験というのが筆記試験だったからである。

 試験時間の90分間なにをしていたかと聞かれれば、問題用紙それから答案用紙と睨めっこをしていたと答えるのが妥当だろう。

 無論、白紙で出したわけではない。

 名前だけ書いたというつまらないオチでもない。

 ナノカと別れる直前言われたように、俺は本気を出した。

 出したのだけれど、もう全く、全然、1ミリだって分からなかった。

 問題の中には回答形式が選択式だった箇所がいくつか用意されていた。後はそこが奇跡的に合っていることを祈るのみである。

 

 とまあ、そういうわけで俺は元の試験会場ゼータへと向けて移動中。その会場は本校舎と隣接した屋内闘技場と呼ばれる建物だった。

 比較的大きな建物で正門からも視認可能。初めから屋内闘技場だと案内してくれればよかったのに……。

 まあそれでも筆記試験が最初になることに変わりはないか。

 ふう。

 一つ息を吐いて気持ちを切り替える。

 苦手分野からのスタート、考えようによっては良好だと言えるか。憂いがなければ心も自然と澄まされる。この先の試験に集中できるわけだからな。

 ここからの三課程(体力測定、魔力測定、面接)が勝負。

 一つでも結果に不安を覚えればその時点を持って本格的に合格への道は絶たれるだろう。

 後が無い代わりに前は開けている。全力で挑むだけだ。


 屋内闘技場ーー。

 一度来たけれどすぐに立ち去ったからな。改めて見ると――ふむふむ、闘技場とは正しく、かなりの広さだ。

 縦横200メートル、高さ30メートルあるかないかの立方体の室内。

 闘技場っていうからには石造りの壁、砂が敷かれた床に石版の闘技台があるものとばかり思っていたのだがーーここは木造建築であり、体育館と言った様相だった。

 初めてくる場所なのに、なんか懐かしい感じがする。乾いたニスの匂いがなんとも心地いい。


 ちなみに、ここ屋内闘技場での試験は魔力測定が執り行われる。


「受験番号19001、トーヤ・アクリスタです」


 筆記試験は団体で行う一斉試験だった事に対して、ここから三課程は受付を済ませた者から順に執り行われる個人試験。早いもの順というわけだ。

 俺は早々に受付へ案内状を渡し、魔力測定の準備に入る。

 少々お待ちくださいの後。


「はい。トーヤ様は闘技場南、出力距離測定から参加してください」

 

 魔力測定は『魔素まそ制御量と支配率』、『出力距離』、『魔力弾の威力』、『魔力壁の強度』の四種目の測定を行う。

 一種目ごとに、最低0から最高10までを0.5刻みでカウントし得点がつけられる。

 四種目合計40点が最高得点。

 もちろん満点を取りたいと思っているけれど、それはまず不可能に近いだろう。

 昨年度合格者、つまりは今の一年次生たちの各測定結果の平均値が案内状6ページ目に記されている。

 例えば、俺が今から測定する出力距離というのが視覚化できるほど圧縮した魔素塊まそがたまりを作り、徐々に離して行くという試験。

 操者から離れ次第にコントロールを失いっていく魔素塊はだんだんと分散していき、最終的には元の視認できない魔素へと気化し消滅する。

 完全に消えるまで、つまりは魔素塊の形状維持が可能な距離を測るのだが、そこの欄には昨年度平均値26メートルと記載されている。

 これは10点満点の内2.5点の数値だ。

 合格者でもたったの2.5点。26メートル。

 10点取ろうと思うと114メートル以上、魔素塊を維持しなければならない。

 魔素塊の作成は練習して来たが距離の測定はやった事がない。だから、やってみるまではなんとも言えないけれど、26メートルは絶対に越えるべき最低ラインと見るべきだ。

 筆記試験で結果を残せていない俺の場合は特に、だな。

 とにかく、俺は指示通り闘技場南へと移動し、案内状を係員へと渡した。


「では、トーヤさん。魔素を圧縮し直径30センチ以上の魔素塊を作成してください」


 指示に従い魔素塊を作る。直径30センチジャストだ。


「もっと大きくしなくて大丈夫ですか?」


 その係員の言葉には、大丈夫です、とだけ答えた。

 理由なら至極しごく単純。魔素量が少ない方が制御が楽だからだ。

 試験内容が30センチ以上の魔素塊を維持することだったならもう少し大きくしたけれど、始まりが30センチ以上というだけで離れていく間に小さくなっても問題がないこの試験では出来る限り操作しやすい量に留めることが重要……な気がした。


「では、1秒以上の時間をかけて1メートルずつ離して行ってください」


 なるほど。投げるようにして遠くへ飛ばす事は許さないということか。

 ちゃんと制御できてるかを確認したいわけだから当然だな。

 これはシンプルに押し出す感覚。

 床に引かれた距離測定線を確認しつつ――1メートル、2メートル、3メートル。

 ゆっくりと、それでいて着実に押していく。


 9メートル、10メートル。11メートル――まだまだ余裕がある。

 思いのほか楽に魔素塊が離れていく。操作感に衰えもない。

 作った時と何ら変わらない大きさのまま――24メートル、25メートル、26メートル、27メートル。昨年度の平均値を超えた。

 よし。

 早々にして超えられたことをひそかに喜ぶ。

 だけどこれはあくまで去年の平均値だ。今年がどうなるかは誰にもわからない。

 極端な話、今年は魔素操作のエキスパートたちが集まった、なんて可能性もあるだろう。

 いけるとこまで押してやる。

 初めからそのつもりだったけど、ココで強く気を引き締めた。

 平均値への意識はすでに必要がなくなった。他事への思考回路をすべて遮断して魔素塊の操作だけに意識を向ける。

 35、36、37ーー。

 ここに来て僅かに圧縮された魔素の反発を感じるが抑え込むに苦労は感じない。まだ大丈夫そうだ。

 51、52、53ーー。

 少しずつ魔力を抑え込む握力が衰えていくのが分かる。一秒以内ではなくて以上というのは有り難い。進行速度を下げて圧縮に集中できる。

 ゆっくりでいい。

 魔素塊を維持することが重要なんだ。

 64、65、66――。

 額に汗が滲む。

 ツゥーと伝って瞼に掛かる汗を拭うことも出来ない。今意識を他へ向ければたちまち魔素は散ってしまうだろう。

 集中力の極地、悟りを開いたような心で臨め。

 77、78、79ーー。

 ここまで来ると二本の指で摘んでいるだけの感覚しか残っていない。

 それは最早握力とは言わない。ピンチ力とでも呼ぶべき力のみで魔素を掴む。


 もう少し、もう少し――


「……ま、まだ行けるんですか?」

 

 不意に、係員が声をかけて来たけれど答えられない。

 俺は掴んだ魔素を離さないよう、歯を食いしばって言葉を押し込んだ。


 89、90、91ーー。


 出力距離測定会場にどよめきが生まれる。

 無論、俺がその事に気付けたのはこの試験が終わった後のこと。今はただ魔素に意識を向けている。

 後から聞いた話はこうだった。

 係員、受験生共に、自身の職務や試験を放り出して一人残らず俺の試験に注目していた。

 試験はともかく職務は放棄すべきじゃないだろうにと俺は思うことになる。


 105メートルーー

 ここに至って、魔素を操作している感覚が消え失せていた。遠くに存在している魔素と対話をしている。そんな感覚だけが俺の中にあった。

 106メートルーー

 魔素が不安定に揺れ始めた。ここに音は聞こえてこないがチリチリと音を立ててる気がした。

 それは魔素が気化を開始したことを意味する。


「あと少しっ……あと少しなんだ」


 自然と言葉が溢れた。

 10点を貰える114メートルまで残り8メートル。

 すでに操作感を失っている。どれだけ願っても意味がないのだろう。

 それでも、少しでも遠くへ行って欲しい。運ばれてくれと願い祈った。

 実力が足りていないが故に、頼むことしかできない。恨むべくは自分の力不足のみ。

 こんなことならもっと魔法の訓練もしておくんだった……。

 満点まで足りていない距離が僅かだからこそ後悔も募る。


「……これ以上は、無理かーー」


 言葉通り、百数メートル先にある魔素塊は四散して消えた。

 正直、自分がどこまで押せたのか、この場からでは分からない。だけど一つだけ分かるのは満点は取り損ねたであろうという事。

 歯噛みして表情を滲ませる。


 そんな俺の悔しさを吹き飛ばすようにして会場が揺れた。


 歓声、賞賛、驚愕の声が会場を飛び交う。

 俺の試験を見ていた者たちが思い思いの言葉をぶつけてくる。

 少し鼓膜が痛い。

 

「す……す……」


 出力距離を担当していた試験官が肩を震わせて何かを口にしているようだった。


 す?


「すばらすぃーっ!」


 すぃーって言ったな。


「トーヤ君! 君は一体何者だ!? どこで魔法を習ったんだい!」


 試験官はガッチリと肩を掴み、興奮を隠そうともしないでそう叫んだ。


「い、いや。俺はずっと剣を振ってたから魔法は全然習ってなくて……」


「なに!? それは本当か!?」


 嘘は言っていない。試験に向けて魔素操作訓練を始めたのはほんの数日前のことだった。

 普通ならもっと前から始めるべきだったのだろうけれど、俺はそもそも魔法学校を受験はずじゃあなかったから。


「はい。元々は剣士学校を受験する予定でしたので……」


 その言葉で、試験官は何かに気付いたように目を丸くした。


「君は確かトーヤ・アクリスタ……そうか、君がデイネス様の息子か!」


「は、はい。そうですけど」


「なんっということかっ! 剣術の天才の息子が、まさか魔法の天才性を秘めているなんて!」


「あ、あの。まずは肩を離してもらっても良いですか? すごく痛いです」


「お、おお。悪かった。あまりの興奮で制御できなかった」


「それで、僕の記録は……」


「107メートルだ!」


「107か。あと7メートル……」


「何を悔しがってるんだ! これは前代未聞の大記録だぞ!?」


 再度、肩を掴む試験官。次は早々に振り解いた。失礼極まりない行動だったのに試験官は気にした素振りを見せなかった。

 俺の記録に感極まっている様子。


「前代未聞の記録……ですか」


 過去の記録を事細かに把握しているわけじゃないからピンとこない。

 それが事実なら嬉しいけど、ナノカとかの方がよっぽど凄い記録を出してそうだ。


「入学試験での最高記録だよ! 去年までの最高記録は30年以上前に出た90メートルだった! それを君は、17メートルも更新して! 魔法を全然、習ってこなかったにも関わらずーー!」


 高らかに試験官が叫んだこの情報は人から人へ伝播していき、瞬く間に学校中へと広まることになる。

 試験を担当する先生たち、学校へ登校してきている在校生、それから試験を受けている受験生たち。

 それを人伝で聞いただけ者の反応は様々だった。疑念を抱く者、素直に称賛する者、嫉妬に焦がれる者。

 そして、それはトーヤのいる会場とは正反対、最も遠くにある屋外闘技場アルファ会場にまで到達することになる。


「おい、聞いたかよ」

「ああ、ゼータの会場で最高記録を次々に塗り替えてる奴がいるらしいな」

「しかも、そいつは魔法を全然習ってこなかったって話だ」

「本当かよ。俺たちを動揺させるために誰かが吹いて回ってるだけじゃねえのか?」

「全会場に吹いて回れるやつなんかいるのかよ」

「ああ、他の会場に友達がいるんだけどそいつも聞いたってさっき会った時に話しててよぉ」

「俺なんか先生から聞いたぜ」


 試験を待つ受験生の集団が思い思いの言葉を口にする。

 半信半疑よりも少しだけ信じるに傾いていく受験生たちの心には嫉妬、或いは称賛の思いが浮かんでくる。

 そしてその対象がいったい誰なのか知りたいと思うこともまた当然の感情。


「そいつは一体どこのどいつなんだ……」


 一人の男が誰に問うでもなく独りでに呟いた。

 知らないのなら知らないでいい。知っているなら教えてくれ。そんな淡い期待感の呟き。


「なんだっけか……」


 先生に話を聞いたと言った一人の男が徐ろに口を開いた。


「と、と……トウマじゃなくて……」


 知らなくてもいいと思いを共有していたはずの受験生たちは今度は焦れったいと思いを共有した。

 学校中へ駆け巡る噂の対象、知らなくてもいいなんてのは見栄を張っただけに過ぎない。自分たちを差し置いて優秀な成績を納める人間の名。やはり、どうしたって気になるのだ。


「と、とと……トーヤ! トーヤって名前だ! 確か」


「トーヤ? 聞いた事なーー」


 友達同士の立ち話、そんな気楽さで話す男集団の会話に耳を傾けていた少女が一人。

 その会話に出てきた男の名を誰よりも詳しく知っている少女は身を乗り出した。


「その話! 本当!?」


 その少女、名をナノカという。

 横から割って飛び出てきた女の子の存在に狼狽えながらも男は言葉を返す。


「あ、ああ。本当だよ、さっきそこで先生たちが話してたから……」


 その言葉を聞いてナノカは小さな体を震わした。

 兄と妹の間にある魔素や魔法についての理解の差は歴然なものでナノカの側に軍配が上がる。

 それなのに――そんなことはとお構いなしに、兄は力を示してみせた。別れる間際の口約束に最高の形で応えてくれた。

 そんな兄を誇りに思わずには居られない。


「そっか……そっか……お兄ちゃんーー」


 ◇


 ーー場所は戻り、ゼータ会場。

 現在進行中でトーヤの話に打ち震える他所よその会場とは打って変わって、そこは静まり返っていた。


「せ、制御限界量2800リットル……し、支配率65パーセント……」


 魔力制御測定結果。

 昨年度平均、1020リットル、支配率42%。高度制御量428リットル。2.5得点。

 トーヤの記録、2800リットル。支配率65%、高度制御量1820リットル、9得点。


「魔力壁の強度75……」


 魔力壁の強度測定結果。

 昨年度平均、強度ストラ39、4得点。

 トーヤの記録、強度ストラ75、7.5得点。


「で、では次にトーヤ君。魔力弾の威力を測りたいんだが……」


 試験官は代わり、魔力弾の威力の測定を担当する老齢な試験官は狼狽えながらに問うてきた。


「はい、お願いします」


「その、大丈夫かね……?」


「何がですか?」


「あまりにも強くて測定装置が壊れる、なんてこと……あるはずない、よね?」


「えーっと。過去に壊した人がいるんですか?」


「え、えぇ? それは居ないけども。君ならあり得るというか、なんというか……」


「だったら一番頑丈なやつでお願いします。もう自分でもよく分からなくって」


 ごくりと唾を飲み込み試験官はおもむろに席を立った。


「ちょっと待ってなさい」


 駆け足で駆けていく試験官を見送り、待つ事およそ10分ーー。

 先ほどの老齢な試験官の後ろ、共に現れたのは筋骨隆々な体格に厳つい面構えを持つ屈強な大男だった。

 ホントにこの人が先生? と思ったことは黙っておこう。


「おう、お前がトーヤか。すげえ暴れっぷりらしいな」


 その男は開口一番、見た目通りの乱暴な口調で言葉を発した。

 不名誉な物言いにも程がある。


「いえ、暴れては居ませんけど……」


「ん? コイツじゃあねえのかい? マグル先生」


 老齢な試験官はマグルというらしい。

 マグルは答える。


「その者であっておる。トーヤ君、私がこの方を連れて来たのはな、君の魔力弾を測定するためじゃ。そう身構えんで良い」


 なるほど。因縁をつけられて失格にされるのかと思ってた。

 これで肩の荷を降ろせる。


「そういうことだ、トーヤ。どんな記録を出しやがったんだ? ちょっとそれ見せてみろ」


 強面大男乱暴先生はそう言うと奪い取るようにして俺の案内状ーーもとい、記録用紙を剥ぎ取った。


「ん? んん? おいおいおい、こいつぁマジなのかい?」


「マジじゃよ」


「そいつぁ……やべえな。こんな記録見た事ねえ。実は隣国から派遣された魔導官とかじゃあねえよな?」


 またも飛び出した不名誉な物言い。

 その確認には、「違います。父に確認をとってもらって構いません」とそう答えた。


「父? ん、トーヤ・アクリスタ……ああ! お前かぁ! デイネスの息子ってのは!?」


 デイネス呼ばわり。どうやら知り合いらしい。


「はい」


 とだけ。


「んー。なるほどねぇ。あいつの息子ってんなら頷ける。確かに中々やりそうだ」


「やりそうって何をですか?」


「強そうだって意味だよ」


「それは……ありがとうございます?」


「なんで、疑問系なんだ……ってのは、まあいい。それじゃあさっさと魔力弾の測定を済ませちまうぞ。後ろがつっかえてる」


 聞いて、後ろを振り向くと、そこには行列が出来ていた。確かに早く済ませたほうが良さそうだ。


「よろしくお願いします」


「お前、魔力弾に自信は?」


「……あります」


 唯一。試験の準備期間に入る前から特訓していた事がある。それが魔力弾だ。

 だからこそ、前回までの試験結果も加味して俺は答えた。


「よし、だったら俺に向けて放て」


「え、先生にですか?」


「そうだ。測定器じゃあ威力カサルグラム2600。つまり7点までしか測れねえ。7点だってここ数年は出てねえくらい珍しいんだけどよ。これまでのお前の結果から考えると余裕でぶっ壊しちまう、なんて可能性もあるからな。この俺が直々に威力を測ってやる」


「大丈夫ですか?」


「へっ。何を心配していやがる。測定器が壊せる程度の威力なんざ蚊に刺される程度のことよ。遠慮せずに、打って来な」


「一応、名前を教えてください。デイネ……父との約束なんです」


 約束なんて言ったけど、それは約束であって約束ではない。

 "状況は関さずに相対あいたいする者を心に留めるべきである"という騎士道を物理的に叩き込まれて俺は育った。謂わば矯正のようなものだ。

 まあその心意気には納得できるからいいんだけど。


「……グランだ。グラン・ドン・リピ」


 一瞬、いぶかしむもグランは答えた。

 本当に生身で魔力弾を受けるつもりなのか、グランは腰を落として肩を脱力させる。

 背中に刺さる他受験生たちの視線も相まって、すげえやりにくい。

 だけど、良いって言うんだからお言葉に甘えて胸を借りるとしよう。


「じゃあグラン先生。行きます」


 言葉を終えると同時、グランの腹を目掛けて俺は魔力弾を放った。

 グランの耳に言葉が届いてすぐーー音速と同等の速度で放たれた魔力弾は瞬き一つ許さずにグランの元へと到達する。

 グランには刹那の思考も許されない。

 幸いであったのはグラン自身が歴戦の魔導官まどうかんであったこと。

 考えることなく本能のままに魔力壁を展開することができた。

 刹那、ぶつかり合う魔力弾と魔力壁。

 それは言わば魔法版の矛と盾の衝突。

 けたたましい音を立てて衝突した魔力が互いの役目を全うする。

 削り、削られる魔力が二つ。削がれて行き場を失った魔素が光を失い空気へと同化していく。

 長ようで短い時間。秒針が三度動いたかどうかの瀬戸際。

 先に役目を終えたのは魔力弾だった。

 衝突して、魔力壁以上への進行が敵わなかったことで消滅を果たす。

 

 しかしながら結果は引き分けといった具合だろう。


 放たれた魔力弾がグランの展開した魔力壁を貫通することは敵わなかった、だけど魔力壁の一部を粉々に破壊して見せたのだ。


 グランは動けないでいる。

 魔力弾が魔力壁に接触した瞬間、本能に思考がギリギリ追いつき魔力壁の強度を最大限高めた。にもかかわらず、魔力壁は粉々に砕け散ってしまった。

 壊されたのは一部と言えど全力展開した魔力壁。

 まず初めに、"あり得ない"という思いがグランの脳裏を過ぎる。

 しかしあり得てしまった。それも、年端もいかない少年の魔力弾による攻撃でーー。

 次に、焦燥、羞恥、期待など様々な思いが胸中にて交錯する。

 

「はっ……ははっ」


「大丈夫ですか?」


「ん? あぁ。大丈夫だ」


 グランがジッと見つめてくる。

 睨んでいるのかも。

 やっぱりどこか怪我をしたんじゃ。


「トーヤ。お前、魔法等級はいくつだ?」


 魔法等級。それは魔法を扱う際に必要とする資格である。

 魔術士九級を最低位として一に近付くほど等級が高い。

 魔術士一級を魔術士等級の最高位として、さらに上位の実力者には魔導官まどうかんの位が与えられる。

 魔導官は四等、三等、二等、一等の四階級。こちらも一に近付くに連れて位が高くなる。

 王立ハスファルク魔法学校の受験資格の一つに魔術士九級以上の資格保持がある。

 俺も受験するために急拵えで所得した。


 だから等級を問われれば、「九級です」だった。


「九級!?」


 グランの驚きの声に思わず耳を押さえた。


「どう考えたって九級の実力じゃねえだろうが。なんだ? 等級の上昇には興味がねえのか?」


「興味もなにも……元々僕は剣の道に進む予定でしたから。急遽きゅうきょこの学校を受けることになって、そのために取っただけです」


 一週間前、ナノカに言われて急ぎ所得した。それだけだ。


「なるほどな。等級と実力がかけ離れている奴はチラホラ見かけるし、お前もその類だと思っておくよ」


「そうしてください」


 それにしたって離れ過ぎではあるけどな、と言葉を付け足してグランは続ける。


「それで、お前の記録なんだが……」


 そうだった。魔力弾の威力測定中だった。

 ぐぬぬ、と唸りながら考えるグラン。測定に難航してる模様。

 というか、グランの裁量で俺の記録が決まるって試験としてはどうなんだ? 大丈夫なのか?


「ふむ。そうだなぁ、速度は上々、重さも悪くない。威力カサルグラム3500……ってところか。文句無しの10点と言ってやりてえが、精密さが僅かに足りない。だから、9.5としておこう」


 後方に連なる行列が揺らいだ。無論、叩き出してしまった高得点のせいだろうな。


 魔力弾の威力測定。

 昨年度平均、カサルグラム1855。4得点。

 トーヤの記録、カサルグラム3500。9.5得点。

 

「過去最高得点だ。おめでとう」


「ありがたいですけど……その、先生一人の判断で決定しても大丈夫なんですか?」


「問題ねえから心配するな」

 

 なら、まあいいか。

 グランが記録を書き込みそれを受け取る。


「魔力制御9点、出力距離9点、魔力弾威力9.5点、魔力壁強度7.5点。合計35か」


「不満か?」


「いえ、去年の平均得点を超えてるから不満はないです。ただ、筆記試験の方が散々だったので不安が無いと言えば嘘になります。これで取り返せてたら良いんですけど……」


「ふっ。どうだろうな? まだ体力測定と面接も残ってるしそっちも頑張ればなんとかなるんじゃねえか?」


「……頑張ります」


「ああ、健闘を祈る」


 続く体力測定の試験会場は裏庭演習場。

 深くお辞儀をしてその場を後にした。


 残るグランは小さく呟く。


「35点。飛んだ大記録だよ。去年の卒業生でもせいぜい30点止まりだってのに、まったく……あいつの将来が楽しみだ」


 昨年度、四項目合計の平均点数は12点。

 昨年度合格者の平均値をダブルスコア以上で上回る記録。そして、昨年度卒業生を僅かに上回る記録を樹立したトーヤという少年にグランは夢を馳せ、静かに微笑んだーー。


 ◇


 アルファ会場、魔力測定試験場。

 その場所でもゼータには劣るもののどよめきが生まれていた。


「ナノカ・アクリスタ、魔力壁強度75!」


 ナノカは全ての測定を終えて、ほっと肩の荷を下ろす。


 魔力制御1720リットル、支配率76%。高度制御量1307リットル。7得点。

 出力距離88メートル、7.5得点。

 魔力弾威力、カサルグラム2400、5.5得点。

 魔力壁強度、ストラ75、7.5得点。

 合計得点27.5(昨年度平均12点)


「すごい。あの子去年の平均値の倍以上だよ」


 ナノカの試験を間近で見届けた一人の少女が呟いた。

 その後ろに並ぶ少年が反応を示す。


「ゼータでも倍以上の記録を取った人がいるらしいし、今年はどうなってんだ?」


「それ、あの子のお兄ちゃんらしいよ?」


 少年は唾を飲み込んだ。

 自分の記録用紙に書かれている数字とお世辞にも凄そうには見えない少女とを見比べて愕然と肩を落とした。


「……すごい双子が居たもんだ……」


 試験会場を後にしようと来た道を戻るナノカの耳にも言葉が届いた。


 (双子じゃないんだけどね、なんて……)


 自身の記録か、兄を褒められた喜びか。ナノカは悪戯混じりに微笑みを浮かべ、続く体力測定へと進むべく裏庭演習場へ歩みを進める。

 硬い大地、進む彼女の足取りは、とても軽いーー。

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