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 しばらくしてタックが僕たちのところへ戻ってきた。ただ、その表情はなぜか硬い。もしかして宿が見つからなかったとか、見つかったけど満室だったなんてことはないよね?


 ちょっと不安に感じつつも、僕はタックに声をかける。


「お疲れ様。宿は見つかった?」


「見つかったけど、それとは別の問題があってな。この村にはあまり長居しない方がいいかもしれないぞ?」


「どういうこと?」


「最近、夜になるとこの村にはアンデッドが出るらしい」


「へっ? ア、アンデッド!?」


「アレスも聞いたことくらいはあるかもしれないが、ゾンビやグール、スケルトンみたいに黄泉の世界からやってきた連中さ。物理攻撃は効きにくいし、毒や麻痺、呪い、混乱、即死といった厄介な攻撃を仕掛けてくるヤツもいる。それとゾンビなんかは見た目がグロイ。ただれた皮膚とかドロドロの肉体。腐臭だってする」


「うあ……」


 想像して僕は思わず背筋が寒くなってしまった。ちょっと吐き気もする。それなら骨だけのスケルトンの方が――いや、それはそれで気味が悪くて失神してしまうかも。


 やっぱりどんなアンデッドであれ、出来ればお会いしたくない皆様だ。


 そんな感じで僕が顔を真っ青にしていると、ミューリエが会話に入ってくる。


「ヤツらは生あるものへの憎しみと闇エネルギーによって動く。ある意味、生きとし生けるものを黄泉へと引きずり込むことだけを目的としている人形のようなものだ。場合によっては、私でさえ手に余ることもある」


「へぇ、そうなのか? オイラ、それはちょっと意外だな。まさか勇猛果敢なミューリエが手こずるなんてねぇ~☆」


「貴様には話しておらん! 私はアレスに話しているのだ!」


 眉を吊り上げるミューリエ。それに対してタックはやれやれと軽いため息をつく。


 まったくもう、このふたりは事あるごとに反発しあっているような気がする。まるで水と油のような感じだ。困ったものだなぁ……。


「へいへい、悪ぅございました。――まっ、そういうわけだから、先を急ぐのも有りかなぁと思ってさ。相手がアンデッドじゃ、アレスの魔法無効化能力もあまり活かせないだろうしな。ほら、鎧の騎士との戦いでオイラに対して使った力だよ」


「えっ? 僕の力って魔法の無効化だったの?」


「違うのか? オイラ、アレスの能力って魔法の無効化だと思ってたんだけど……」


 驚いている僕を見て、タックはキョトンとする。


 そういえば、タックは第1の試練の時に僕の力を体感しているんだった。いい機会だし、どういう状況だったのか話を聞いてみようかな? もしかしたらあの力の正体について、何か掴めるかもしれない。


 さすがにいきなり正解には辿り着けないだろうけど、何も分からないよりはきっとマシだ。断片的にでも理解が深まれば、もっと有効にあの力を活用できるだろうし。


 なにより今の僕にとっては、戦いにおいて最大かつ唯一の切り札だもんね。その強化に繋がれば心強い。


「ねぇタック、鎧の騎士の制御が出来なくなった時、僕の声は聞こえた?」


「いや、何も聞こえなかったぞ。不思議な力が流れ込んでくるような感じがして、勝手に魔法力が小さく収まっていっただけ。だからオイラは魔法無効化能力だと思ったんだよ」


「そうだったんだ……。あの時、僕はタックに『戦うのをやめて』って念じてたんだ。いつもそれで動物やモンスターは戦うのをやめてくれてたから。それ以外のことはしてないよ」


「うーむ、オイラもそれなりに長く生きているが、初めて聞く能力だな」


 タックは当惑した顔をしながら首を傾げていた。物知りなタックでも心当たりがないとなると、現時点ではお手上げだ。



 ホントに僕の能力の正体ってなんなんだろうな……。



 力を行使する方法と効果、有効範囲は経験でなんとなく分かっているけど、逆に言えばそれ以外は不明なまま。いや、その経験だってその時にたまたま発現したものという可能性だってある。確定したものとは言い難い。


 やっぱり今後も実際に力を使って色々と試して、経験を積み重ねていくしかないだろうな。


 ただ、どんなデメリットが潜んでいるかも分からないから、無闇に使うのも抵抗がある。難しいところだなぁ。


「なるほど……。アレスの能力がなんとなくだが推測できたぞ」


「えっ?」


 僕が思い悩んでいると、ミューリエがポツリと呟いた。驚いて視線を向けると、彼女は神妙な面持ちで小さく頷く。


「獣やモンスターのように本能が強く働く相手には、アレスの『想い』がダイレクトに伝わる。だから戦うのをやめたり、敵とは認識しなくなって従順になるのではないだろうか?」


「っ!? 僕の想い……か……。確かに想いなら言葉が通じない相手でも有効かもしれないね」


「だが、ある程度の知能を持ち、本能が抑制されている種族には知能や自我が『アレスの想い』の伝達の妨げとなる。ノイズのようなものだな。結果、深層心理にだけアレスの力が作用し、戦うのを避けようという行動を無意識のうちに起こしてしまうのだろう」


 そうか、そういうことか……。


 さすがミューリエだ。その推論は興味深い。確かにそう考えると辻褄が合うというか、納得させられる部分がある。もちろん、サンプルになる事案が不足しているから結論づけることは出来ないけど、仮説のひとつして参考になると思う。


 やっぱり何もかも情報が少なすぎるのが根本的な問題かな。だとすると、多少のリスクを負ったとしても機会があるごとに力を使っていった方がいいのかもしれない。


「じゃ、魔法力が収まっていったのは、オイラ自身がやったってことか?」


「貴様にはその意識がなかっただろうがな。――生物である以上、最終的には本能の方が勝る。いくら抵抗しようとしても、本能には逆らえん。本能には……な……」


 その時のミューリエの表情はいつになく曇っていた。瞳も悲しげで虚ろだ。こんなにも儚げな彼女の姿は初めて見る。何か思うところがあるのだろうか?


 でも僕がそのことについて問いかけようとした瞬間、ミューリエはいつもの凛とした表情に戻って話を続ける。


「念を押しておくが、これはあくまでも私の推測だ。だが、もしそれが正しければアンデッドだろうが疑似生命体だろうが、どんな生物にもアレスの力は通用するだろう」


「でも僕の力は人間には効かないよ?」


「それはアレスの力がまだ弱いか、人間という種族に何らかの問題があるということだろう」


「じゃ、鎧の騎士に僕の力が通じなかったのも、力が弱かったってことなのかな?」


「おそらくそういうことなんだろうが、実際のところは私にも分からない。ただ、あの時点でエルフの小僧には高い確率で通用するだろうというのは想像できた。それが唯一の勝ち筋だった。そしてアレスもその結論に辿り着いた。今はそれで良いではないか」


「結果オーライってことだね。……うん、そうかもしれない」


 ミューリエの言う通り、あの時点で勝利の確実性が最も高い選択が出来たのだから良しとしておこう。あの選択があって今があるんだから。過ぎたことをどれだけ考えても過去が変わるわけじゃないんだし。


 ただ、今後のことに関しては少し話が違ってくる。もしミューリエの推測通りなら、自己鍛錬を積み重ねて能力の底上げが出来れば、無用な戦いを避けられる可能性が高まる。


 だとすれば、剣の腕を磨くだけじゃなくて、瞑想みたいな精神面の鍛錬も重要になっていくのかも。やらなければならないことが一杯だなぁ……。


「――で、アレス。どうするんだ? 村に留まるか? それとも出発するか? オイラはアレスの判断に従うぞ」


「私も選択はアレスに任せる」


 タックとミューリエは僕の方を見て言葉を待っている。


 僕の力がアンデッドにも通用するとハッキリ分かってれば、迷いも少なくて済むんだろうけど。現時点ではなんとも言えない状態だからなぁ。



 ――さて、どうすればいいのだろうか?



●村に留まる……→160へ

https://kakuyomu.jp/works/16817330652935815684/episodes/16817330652940083902


●すぐに旅立つ……→39へ

https://kakuyomu.jp/works/16817330652935815684/episodes/16817330652937803068

 

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