ネトラレビュー〜そのNTR、何点ですか?〜

Blue Raccoon

第1話

 

 

 JR新宿駅から徒歩7分。


 閑散とする路地裏に佇む雑居ビルの地下一階。

 そこに隠れるようにそのバーは存在した。

 10席ほどしかない狭い店内はまるで大人の隠れ家のようだ。


 開店から数時間。

 未だ客のいない居ない店内ではゆったりとしたリズムのジャズが流れている。


 夜も更け、そろそろシンデレラの魔法が解けてしまうという時間。

 内開きのドアに設置されていた鈴がカランカランと音を立てる。


 入ってきたのは常連の若い男だ。

 50代前後の白髪混じりの髪をした店主が入ってきた男に声をかける。


「いらっしゃい」


「こんばんわ」


 人の良さそうな男は店主にそう返すと店をぐるっと一通り眺めた後、彼の定位置であるカウンターの一番奥の席へと足を進めた。

 コートを隣の席に掛け、男が席に座わったタイミングで店主は注文を取る。


「本日は何に致しますか?」


「炭酸水を貰いたいかな」


 『炭酸水』という言葉で察しのついた店長は黙って炭酸水を冷蔵庫から取り出す。

 グラスを2つ用意し、氷と輪切りのレモンを入れて炭酸水を注ぐ。


「お待たせしました」


 店主はグラスをコースターに乗せて男の前に出す。

 この常連の男が炭酸水を頼むのは決まってある報告する時だ。


 店主は手元にある炭酸水を一口飲むと、椅子に座り、袖を何度か折る。

 話を聞く準備は整った。

 

「それでは、聞かせてもらいましょうか。今回のネトラレビューを」


「そうだね、どこから話そうかーー





ーー





 俺ーー相葉悠は極度の寝取られ体質だ。


 中学で初めてお付き合いした幼馴染は親友に寝取られ……

 高校で付き合った部活のマネージャーは先輩に寝取れ……

 大学で作った後輩の彼女は知らない男に寝取られ……


 そんなことを繰り返しているうちに俺は女性恐怖症を通り越え、寝取られで興奮する変態になってしまった。


 そんな俺は今、彼女ーー丸山朝日を見送るため玄関にいる。

 靴を履き終えた彼女は何か思い出したかのようにこちらを振り返る。


「あ、そうだ。今日、また接待があるらしいから遅くなりそう……」


「ご飯は?」


「いらない」


「そっか。最近なんか多いね」


「ごめんね。先寝といていいから」


「わかった、頑張ってね。いってらっしゃい」


「うん、いってきます」


 小走りで朝日は家を出ていく。


 最近、このように彼女の帰りが遅い日が続いてる。

 理由はもちろん接待ーーなどではなく浮気だ。


 何故そんなことを知ってるかって?


 少し時間を遡ろう。


 ある日、仕事終えた俺が寝転びながらスマホをいじっていると連絡が入る。


 女友達からだ。


『朝日、合コンに誘えたよ』


 よし。俺は内心でガッツポーズをする。


 今回彼女ーー丸山朝日を選んだのは彼女が『する側』だからだ。 

 俺が過去の恋愛で気づいたのは、何事にも『する側』と『される側』が存在するということ。


 『される側』のままでも寝取られは興奮はできる。

 だが興奮が冷めた時に惨めさや悲しさが襲ってきてかなり辛い。


 これは寝取られを楽しむ上であまりスマートとは言えない。


 寝取られを心置きなく楽しむためにはまず、『する側』に回る必要がある。

 だが、俺は人の彼女を寝取るなんてことはしない。

 殺されそうだもの。


 俺は寝取られをレビューする側に回った。

 要するに寝取らせ。

 

 流石に初心な女の子をそんな目に合わせるわけにはいかないので考えた。


 出た結論は

 一度『する側』に回った女の子にすれば良い。


 それから俺は友人に聞いたり、SNSを調べたり、探偵のようなことをしてみたり、さまざまな方法で情報を集めた。


 そして今回たどり着いたのが丸山朝日だ。

 調べてわかった事は

 彼女は自分の浮気で前の彼氏と別れているということ。

 そして今フリーだということ。


 一度浮気をしている女はもう一度浮気をする確率が高い。

 だから女友達に頼んで彼女を合コンに誘ってもらったのだ。


 合コン当日。

 ひたすらアプローチをかけた俺はその日のうちに彼女とお付き合できることが決まった。

 

 半年の間は普通のカップルのように過ごした。

 そして、どちらからともなく一緒に住もうという話になり、同棲が始まった。




ーー




 同棲して半年が経った。

 ついに俺のネトラレビューが始まる。


 俺は、服を脱ぎ捨てたままにしたり、洗い物を溜めたり少しずつだらしなさを出した。

 彼女に不満を持たせる為だ。


 そして、彼女が俺に不満を持ち始めたなと思ったタイミングで浮気相手ーー誠くんを投入した。

 

 誠くんは俺が雇った青年で、浮気の状況を逐一報告してくれる手筈となっている。


 数日後、俺は誠くんから連絡をもらった。

 どうやら朝日をナンパすることに成功したようだ。


 送られてきた音声を再生する。


『あの、何かお探しです?』


『え?あぁ、英会話の本を』


『それだったらこっちの方がおすすめです』


『あっ本当だわかりやすい!ありがとうございます、えっと店員さん?』


『いや、ナンパです(笑)とても美人さんだったので話しかけちゃいました(笑)』


『えー(笑)なるほど(笑)じゃあ連絡先交換しよっか』


『えっ、はやくない?』


『本のこと助かったし、お兄さんかっこいいからいいよ。私これから用事あるからまた連絡して』


 音声を止める。

 あいつ自分から連絡先渡したよ。

 ちょっと俺から心変わりするの早すぎないだろうか。


 減点。


 それから数週間経ったある日。


 誠くんから今、朝日とホテルにいると連絡が入った。

 待ってました。

 俺はあの『寝取られ電話シチュ』を試すために朝日に電話する。


 

『もっ、もしもし?』


 コール音が10回ほどなった後、少し息の切らした花子が電話に出る。


「あ、よかった。やっと出た。今大丈夫?」


『……う、うん。どうしたの?』


「ちょっと声聞きたくなって。まだ職場?」


『ぃう、うん、まだ、ぁっ、職場』


「ん?大丈夫?なんか苦しそうだよ?」


『うん、んっ、全然、大丈夫ぅっ』


 声我慢してるの可愛い。

 興奮する。


 加点。


「ならいいんだけど。帰宅何時くらいになりそう?」


『ぃっくっ、9時くらい、っぁ、かな」


「わかった。ほんとに大丈夫?」


「ぁっう、うん、ちょっと電波悪いみたい」


「そっか、あんま無理しないでね。大好きだよ」


『ありがと。私も大好き』


 電話が切れる。

 朝日は体を別の男に弄られながら俺に愛を囁くとかなかなかレベル高いことをしてくれた。


 加点。



 数時間後、誠くんから隠しカメラの映像が送られたきた。

 とても興奮しました。

 

 加点。





ーー





 それからまた半年が過ぎ、付き合い初めてから1年半経とうとしていた。


 最近、朝日は無断で朝帰りするようになった。

 さらに俺といるとフラストレーションが貯まるのか、俺のする事なす事ほとんどに文句を言ってくるようになった。


(そろそろ最終段階へと移行しますか)


 まずはもう一度彼女の信頼を回復させる。


「あ、おはよ朝日。」


「……おはよ」


「今日、帰る時間わかる?」


「……なんで?」


「最近ご飯一緒に食べれてないからさ、どうかなって」


「まだわからない」


「そっか、とりあえずご飯作って待っとくね」


「……わかった」


「じゃあ、気をつけていってらっしゃい」


 彼女の浮気を知らない体の俺は献身さをアピールし、また仲良くしたいです感を出す。


「……いって、きます」


 彼女はそんな俺に少し罪悪感を覚えたのか少し悲しそうな表情をする。


 とても良い表情だ。


 加点。


 数週間が経った。


 この数週間彼女の為に色々頑張った。

 最近ご無沙汰だった夜の方も何度か誘った。


 だが、ここで必死すぎると裏で嘲笑われたりするので、塩梅には気をつける。


 そして日を追うごとに俺たちの関係は修復されていった。


 今日は俺の誕生日だ。

 朝日はお祝いしようと言ってくれたが、俺は仕事が入ってしまったと断る。


 そして誠くんに、朝日の家に行きたい。とお願するよう指示を出す。

 彼女は即オッケーしたそうだ。

 もう少し揺れなさい。


 減点。


 誠くんから部屋に入ったと連絡をもらった俺は2人分のケーキを購入し、1時間ほどしてから帰宅する。


 今日、浮気がバレるのがいいのだ。

 彼氏の誕生日というだけで彼女の罪悪感をかなり増幅させられる。


 静かに鍵を開け、中にいる2人に気づかれないように家へ侵入する。

 廊下をすり足で歩き、寝室の扉に耳を当てる。


『今日彼氏の誕生日なんでしょ?こんな事してていいの?』


『……い、いいのよあんな奴。今日遅くなるらしいし。それより続きしましょ』


 そんな会話が聞こえる。

 少し気持ちが俺に戻ってる感じがあって良い。


 加点。


 彼女の喘ぎ声が聞こえ始めたところで俺は玄関へと戻る。


「ただいまー。あれ、朝日いないのー?」


 まるで今帰ってきたように朝日の名前を呼ぶ。

 すぐに寝室の前に戻り、静かに扉に耳を当てる。


『……もしかして、彼氏帰ってきちゃった?』

『え、うそ、え?遅くなるって言ってたのに』


 焦る朝日の声が聞こえる。

 良い慌てっぷりだ。


 加点。


「朝日ー寝てるの?上司に今日誕生日ってこと話したら早めに帰らしてくれた……んだけ、ど」


 タイミングを見計らい、扉を開いた俺はベットの上で固まる2人と目が合う。


 朝日は俺の顔を見て目を見開き固まっている。

 ナイス表情。


 加点。

 

 朝日と目があった瞬間に持っていたケーキの箱を落とす。 

 俺は興奮しているのがバレないように気をつけ、とてもショックを受けてますという顔で彼女に尋ねる。


「あ、朝日、何してるの?」


「まって。ち、ちがうの。ちがうの」


「……何が違うの?」


「ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさい」


 まって。とか 違うの。って慌てるとつい口に出てしまうよね。


 加点。


「朝日、そっちの男は浮気相手?」


「…………」


「あ、もしかして俺が浮気相手?」


「っちがう!ごめんなさい、もうしないから許して」


「許してって……」


 話が少し長引きそうなので、浮気相手の誠くんには連絡先を渡してもらい、後日また話そうと言い早々に退場してもらった。


 少し落ち着きを取り戻した朝日と向き合う。


「なんで、浮気したの?」


「だって、寂しかったんだもん」


 テンプレ、良いですね。


 加点。


「俺、テレワークで結構家にいたと思うんだけど」


「…………」


「……別れよっか」


「いや!もう、しないから……悠と別れたくない」


「……むりだよ」


「お願い、悠のしたいことなんでもするから」


 ここにきてテンプレ。

 なんでもするから、良いですね。


 加点


「もう、朝日のこと信じられないよ」

 

「……」


「ごめん」


 泣き崩れてしまった朝日を置いて俺も退場する。




ーー





 という感じかなーー」


 話し終えた男は大変満足そうな顔をして、少し残っていた炭酸水を飲み干す。


 右腕にはめた時計で時間を確認し、少し多めのお金を置くと男は立ち上がる。


「それじゃまたくるよ」


 そう言って男はカランカランと扉を引いて店を出ていった。

 

 男が帰った店内。

 ジャズの流れる店内はやはり無人だ。


 店主はグラスを拭きながら男の出て行った方を眺め、昔を思い出す。


 彼が初めにこのバーを訪れたのは彼が大学生の頃。

 ちょうど3人目の彼女が寝取られた時だった。

 泣きながら彼女の愚痴を漏らす彼を不憫に思い、『寝取らせ』を勧めたのは店長だったりする。


(しかし、自作自演でここまでするとは)


(それに、感想まで言いに来るようになるとも思わなかった。あんな評価つけてどうするんだろうか)


「めんどくさい男に引っ掛かってしまったもんだ…………」


 少し遠い目をした店長はグラスを拭き続ける。



 時刻は午前2時ごろ。


 男は単身用アパートに帰宅していた。

 引っ越したばかりで廊下にはまだ段ボールが積まれている。

 男は部屋の隅で胡座をかき、膝に乗せたパソコンでブログを開く。

 彼のブログは幅広い世代の変態達に人気がある。

 そしてカタカタと今回の寝取られの評価を書き込んでいく。


 No.7 丸山朝日


 今回の寝取られの総合評価 100点中85点。


 

 一年半という時間をかけただけあり、良い寝取られだったと思う。

 同棲をしたのは初めてだったが、同棲していても浮気する奴は浮気します。

 今回は自分の目標でもあった『寝取られ電話』も経験できたので大いに満足だ。

 さらには別れ際には縋り付く感じの懇願も聞けたことで俺の心もスカッとして良かった。


 最後に不満な点を挙げるとすれば、NTRビデオレターは是非送っていただきたかった。

 


 レビューを書き終えた男はパソコンを閉じる。

 少し小腹が減ったのかカップラーメンを取り出し、お湯を沸かし始める。

 

 お湯が沸騰し始めた頃スマホに着信が入った。


 画面を確認し、男は電話に出る。


「あ、もしもし誠くん?今回もありがとね。お金はさっき色つけて振り込んで置いたから。うん、うん、それはいいね」


 男は少し口角を上げ、呟く。


「じゃぁ、次のターゲットはその子かなーー」

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