筆頭の悩み

「どうされましたか? 筆頭」


「うん? ああ、ただちょっと。考えることがあって」


 世話をしていた信徒がワタシを見て首をかしげた。悩みが表情にあらわれてしまったのだろうかな。


 安息八賢人の筆頭であるワタシに直接会える者など限られている。今この者も安息領ではかなり高い幹部だが、ワタシに対する忠誠心はテシリタほどではなくてもなかなかの奴だろう。


 ……テシリタのことを思うともっと今の悩みが深まるね。


「二つの目標があるんだけどね。それがお互いに衝突するなら、何を選んだ方がいいかな?」


「どんな目標ですか?」


「うむ、内容は言えない。でも二人が二者択一というのは言えるね」


「二者択一、ですか?」


 ワタシは頷いた。やむを得ず苦笑いがこぼれた。


 この世界でのワタシの目的といえば、それは世界の魔力を大量に採取すること。最終目標ではないが最終目標のための手段として莫大な魔力が必要だから。


 名実共に神であるワタシ自身のすべてを捧げても、いやたとえワタシが数十人がいたとしても足りないほど莫大な力。世界で直接魔力を強奪することは可能だけど、そんなことをしたらにバレる。そうなったら手の施しようがない。


 そのため、間接的に力を集めるために様々な方法を使用している。


 そのうちもともとこの世界でやっていたことは、簡単に言えば大量の死を作り出すこと。生命の死を含め、世界が危険になるほどの被害を出せば世界が自分を守るために大量の力を放出する。その力の一部を盗むのが一番簡単で速い。


 ……まぁ、そのために安息領という似非宗教を作り、テロ集団に発展させるには人間の基準としてはかなりの手間と時間がかかったけど。神のワタシにはただ暇つぶしくらいの感覚に過ぎない。


 そして最近新しくできた目標は……。


「それが筆頭のご希望と関係がありますか?」


 幹部の信徒の言葉にワタシは想念から抜け出した。


「おや。バレたかな?」


「貴方様はそれ以外には最初から関心のない方ですから」


 ワタシがそんなに分かりやすい奴だったのか。これは笑うしかないね。


 こいつはワタシの本当の目的が何なのかは分からない。この世界でそれを知る者はただテシリタだけだから。


 しかし、安息領という似非宗教を作ったのがただテロ集団を養成するための言い訳に過ぎず、ワタシの本当の目的は邪毒神に仕える狂人の信仰を広めることなどではないということぐらいはこいつも知っている。


「実はそうなんだ。最近、今までやっていたのとは違う目標を立てたんだ。でもそれがもともとやっていたものと相反する部分があってね」


「どちらも達成することは不可能ですか?」


「現実的に無理かな。本来の目標のためには多くの人を皆殺しにしなければならない。でも新しい目標を達成しようとしたら、それだけ殺すことはできない。新しい目標の対象者が放っておかないから」


「対象者? ターゲットが限定されましたか?」


「そう。よりによって我々の敵を成長させることと関連があるんだ」


 信徒は納得したように頷いた。


「なるほど。我々を妨害する敵を成長させるということは、必然的に我々のすることが大きく妨げられるということですね」


「そう。理解力があるね」


 本来の目標を達成するためには、敵の妨害を排除しなければならない。しかしどんなやり方になろうが、敵の成長を誘導することはできないだろう。


 逆に新しい目標のために自分の敵を成長させる場合、結果的に元の目標の過程である〝世界に大きな被害を与えること〟が不可能になる。ワタシの敵がそれを許さないはずから。


「それならどちらがいいのですか?」


「やすいところは元の方かな。でも効果は新しい方が圧倒的だよ」


 本来の目標の長所は比較的簡単で、今の敵さえ何とかすれば実現可能性が非常に高い。しかし得られる効果が相対的に小さい。それにゆえに成功してもまた無効になってしまい、最初からやり直す確率が高い。


 新しい目標の長所はいったん成功さえすれば、そのを無視して成果を完全に自分のものにすることができる。しかも得られる効果が相対的に非常に大きい。しかし本質的に主導権がワタシにはないし、それを除いても純粋に成功確率自体が低い。今はただ可能性が見える段階に過ぎない。


 しかも元の目標だってやすいとは限らない。結局、望む成果を得ても、それを無効にしてしまうを除去できなければ最初からやり直さなければならないから。実際、今までもたくさん成功したが結局最後のそれのせいで最初に戻ることを繰り返した。人間どころか、神のワタシにさえも決して短くない歳月の間。


 問題は様々な事情のため、そのを取り除くことが新しい目標を達成することと同じくらい難しいということ。


「どちらを選ぶかそろそろ決めないといけないんだ。でもどちらが最善なのかよく分からないんだよ」


 詳しいことは言えないが、信徒はそれでも真剣な顔で悩んでくれた。


 こいつはあえて裏の事情を問わなくても助言のために努力してくれる点が良いんだよ。なのでこんな時に安息八賢人やテシリタよりも近くに置くので。


 でも眉をひそめて暗い表情になるのを見ると、それほど良い結論は出ていないようだ。


「正直詳しい内幕がわかりませんので申し上げることができません。いっそのことテシリタ様と相談されたらどうですか? 筆頭について最もよく知っているあの御方ならお手伝いできると思いますが」


 ある意味では予想した回答だった。それで苦笑いが出た。


「あの子だけはできない。あの子は最善を尽くすのがやり過ぎなんだ」


「……貴方様の本音をテシリタ様にちゃんと言っていただければ、テシリタ様ももう少し元気を出してくれると思いますがね」


「え? 何て言った?」


「申し訳ありません。独り言でした」


 とにかく、悩み続けるだけなら成功率を下げるだけだ。


 そろそろこれからの道を明確にしないと。


―――――


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