ジェリアの要請

 今はどうせ考えてみても分かることが多くない。後で他の人ともっと話してみる余地はあるけれど、今すぐはここで終えた方がいいだろう。


 そう判断してトリアを休ませようとしたけれど、私が椅子から起きる直前に部屋の扉が開いた。


「起きたと聞いたが……お、本当だな」


 入ってきたのはジェリアとジェフィスだった。


 ところで、あれ……? ジェフィスの表情がよくないんだけれど?


 具体的にはジェリアが何かをやらかす時の困り果てた顔というか。


 ……まさか?


「ジェリア様」


「ああ、あえて起きる必要はないぞ。起きたばかりだからな」


 トリアはすぐに立ち上がってジェリアを迎えようとしたけれど、ジェリアは笑いながら彼女を止めた。


 でもジェリア。トリアを見る目から尋常でない興味がうかがえるけれども。


 おそらく今私が感じたのがジェフィスの表情と関連があるだろうと思うのとほぼ同時に、ジェリアがニヤリと笑ってトリアに近づいた。


「それにしてもトリア。いつ頃ならちゃんと動けると思うのか?」


「ジェリア、ちょっと待って」


 不吉な予感がする。


 いや、予感なんかじゃなかった。すでに完全な確信、予知と言ってもいいほど、ジェリアの目的がはっきり見えた。


 最近いろんなことが多くて忘れていたけれど、ジェリアがもともとどんな奴なのか考えてみれば当然のことだった。


 ジェリアは私が呼ぶと私を振り返ったけれど、顔の笑いは消えなかった。むしろ茶目っ気まで追加で混ざった感じがした。


「なんだ?」


「貴方、まさかトリアに模擬戦をしようと言おうとしてるの?」


「もちろんだ。面白そうじゃないか」


 やっぱり!!


 聞くやいなやため息をついてしまった。


 ジェフィスも私を見て頷いた。病気じゃないけれど、病床から起きたのと同じような状態のトリアにいきなり模擬戦を要請するなんて、やっぱり無理だと思ったのだろう。


 でもジェリアは堂々としていた。


「もちろん今すぐやろうというわけではない。そして必要なことというのは君も理解できると思うぞ?」


「トリアの力を試すってこと?」


「もちろんだ。トリア自身もまだ理解していない部分が多いと思ったな。どうだ?」


 最後の質問はトリアに向けたものだった。


 トリアはジェリアと私を見比べ、やがてジェリアに向かって慎重に頷いた。


「今の私自身がどういう状態なのか、全貌を把握するにはまだ時間が必要だと思います」


「やはりそうか。ボクと違って複雑に見えたぞ」


「ジェリア様は覚醒後直ちに力を完全にコントロールされたのですか?」


 トリアがそう尋ねるとジェリアは苦笑いした。


「覚醒か。聞くにはいいがあえて配慮してくれる必要はないぞ。バカなことをして暴走してしまったのは厳然たる事実だからな。それより質問への答えだが、一応ボクはほとんどすぐに把握した。だが君とは場合がかなり違う」


 ジェリアは人差し指を立てた。その指先から小さいながらも精巧な氷の木の造形が育った。


「本質的にボクは魔力量が増幅され、特性が世界権能に進化したのがすべてだったからな。世界権能になってから変わったことはあるが、本質そのものは同じ系だぞ。それに世界権能は本能的に自分の力の使い方を理解するようになる」


 それはそうだ。アルカの『万魔掌握』は自分で能力の全貌を把握するのが難しい世界権能だけれども、それは世界で唯一の例外。


『バルセイ』の私は自分の力が『浄潔世界』だということを知らなかったけれど、それは未熟だったから自分の力を理解できなかっただけ。


 世界権能であっても年齢が幼くて未熟であればそうなる。でもジェリアやロベルのようにすでに自分の力を上手に扱う者なら、世界権能に進化するやいなや力の本質と使い方をほぼ全部理解できるようになる。


 ジェリアは真剣な視線をトリアに向けた。


「だがトリア、君は違う。あらゆる魔物が入り混じった上、本来の自分のものとは違う力が混合されたのだから自然に本質を理解することができないだろう。もちろん時間も必要だが、力を直接使ってみるのもいい近道だぞ」


「それで模擬戦ってこと?」


「ああ。もちろん個人的にトリアの力に興味があることも否定はしないぞ」


 ジェリアは自信満々に言った。


 もう一度ため息が出たけれど、ジェリアの言葉も一理はある。トリアの体調さえ良ければ模擬戦を防ぐ名分はないし、別に防ぎたい気持ちもないし。


 ところがトリアはしばらく一人で考えているのかと思ったら、何か決心したような顔でベッドから飛び出した。


「ご提案ありがとうございます。今すぐやってみましょう」


「今すぐ? 大丈夫か?」


 その言葉にはジェリアも驚いたように目を丸くした。けれどトリアは真剣な表情で頷いた。


「体調は問題ございません。むしろぐっすり寝て起きたようなスッキリ感があります。それに、戦いを控えているとなると何か血が騒ぐような気がします」


「ほう。好戦的な魔物の因子でも混ざったようだな」


 ジェリアはニヤリと笑って私を振り返った。


「テリア、いいんだな?」


「どうせやるつもりなのになんで聞くの?」


「トリアは君の専属だからな。君の意思を無視することはできないじゃないか」


 私は答える前にトリアの方へ視線を向けた。トリアは黙って頷いた。


 まぁ、トリアがよければ問題ないだろう。安全装置くらいは準備できるし。


「いいわ。ついでに私も観戦する。でもトリアが今どれくらいかはわからないから、あまり危険なことはしてはいけないよ?」


「心配するな」


 ジェリアは意気揚々と笑って胸を張った。


「せいぜい全力で戦うだけだ。万が一の場合は適当に止めてあげるが、その万が一がなさそうな気がするから安心していいぞ」


 ジェフィスと私は同時にため息をついた。


 なんていうか、半分ほど未来が見えてきそうな気がするわね。


―――――


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