五行陣の境地

〈五行陣〉。


 天空流の最も至高な境地であり、至った者とそうでない者を分ける最も致命的な壁。


 多少便法を使ったけれど、その壁を私は今飛び越えた。


 より正確に。より徹底的に。対敵するすべてを確実に斬るために、誰よりも深く確実に相手を観測する。それが極限に達すると世界そのものを観測し解釈する領域に至る。


 そのように解釈した世界に剣を突き刺すこと。単に遮るものを斬るだけじゃなく、世界と一体化して自由自在に利用し絶対的な力を発揮する剣術。それが〈五行陣〉の境地だ。


 私は〝便法〟を使ったけれど、どんな方法を使っても〈五行陣〉を達成した以上結果は同じだ。


「行くわよ」


 私が呟くのと同時にジェリアが突撃してきた。『冬天覇剣』に圧倒的な魔力を込めたまま。


 ――ジェリア式狂竜剣流『冬天世界』専用技〈神竜の激怒〉


 ジェリアが放ったのはこれまでで最も強力な斬撃だった。先ほどまでの私だったら浄化神剣と邪毒の剣を両方活用してもまともに防御できないほどの一撃だろう。


 けれども、今の私は違う。


 ――天空流奥義〈五行陣・木〉


 まっすぐ伸びる木の心象を刃先に込める。


 放つのはまっすぐで強力な一閃。それが〈神竜の激怒〉を破り、ジェリアの頬に傷を残した。


 ジェリアはすぐに二度目の〈神竜の激怒〉を放った。だけど私が平然と放った〈五行陣・木〉がまた〈神竜の激怒〉を壊した。今度はジェリアの肩が深く切られた。


 激怒したジェリアが神獣の力を動かした瞬間、私は前方に大きく踏み込んだ。


 ――天空流奥義〈五行陣・火〉


 激しく燃え広がる火の心象を刃先で描く。


〈月光蔓延〉を超える斬撃の乱舞。一瞬にして凝縮された無限が神獣の力を霧散させ、ジェリアの氷衣をめった切りした。反撃しようとする『冬天覇剣』の動きさえ無数の斬撃で無力化し、ジェリアのすべてを削ろうとするかのように無我夢中で振り回した。


 ――『冬天世界』専用技〈暴君の独裁〉


 再び時空間を凍らせて止める魔力場が噴き出した。


 けれどその時すでに私は斬撃を止め、次の段階に進んでいた。


 ――天空流奥義〈五行陣・土〉


 すべてを抱いて調和する大地の心象を刃先で撒く。


 撒き散らされた魔力が周辺の魔力を、時空間を完全に掌握した。〈暴君の独裁〉の魔力がより大きな支配力に無力化された。


「はあっ!」


 斬撃を放つ。私の魔力に支配された空間が私を助けた。いつもより速く鋭く重い一撃がジェリアの剣を弾き出した。それでもジェリアは剣と氷で攻撃を浴びせ続け、私は〈五行陣・土〉の力を伴った双剣の乱舞でそのすべてを打ち返した。傷が累積するのはジェリアの方だった。


 ――『冬天世界』専用技〈神獣の守護〉


 氷の神竜が砕けた。まるで羽毛のような形をした数多くの氷がジェリアの周りを守った。〈五行陣・土〉が支配した魔力と時空間が裂け、氷の羽と『冬天覇剣』が瞬く間に私の体に傷を刻んだ。


 まだ、まだなのよ。


 ――天空流奥義〈五行陣・水〉


 凝縮して結束して深遠な海に至る水の心象が刃先に集まる。


 壊れた魔力が。氷が。私たちの戦いの余波でまき散らされたすべてと〈冬天世界〉の魔力まで。そのすべてが私の剣に集まった。


 あらゆる魔力を凝縮する極限の支配。〈神獣の守護〉だけは奪えなかったけれど、それ以外のすべてが凝縮された刃でジェリアの力を切り裂いた。〈神獣の守護〉が壊れ、ジェリアの胸に深い傷が刻まれた。


 ――ジェリア式狂竜剣流『冬天世界』専用技〈神竜の激怒〉


 さっきと同じ斬撃……ではない。壊れた神竜の破片がすべて剣に集束された。単なる魔力の集束じゃなく、神獣そのものが込められた一撃だった。


 ――天空流奥義〈五行陣・木〉


 水生木。水は木を育てる。


〈五行陣・水〉で集束した魔力をさらに増幅し、磨き上げて〈五行陣・木〉を放った。


 二つの斬撃が正面から激突し――負けたのは私の方だった。私の肩が深く切られた。


 ち、やっぱり神獣の力は侮れない……!


 けれど、今の一撃で神獣が消耗した。復旧するには時間がかかるはずよ。


 ジェリアもそれを自覚したらしく、彼女の魔力に変化が起きた。


 ――『冬天世界』侵食技〈冬天世界〉最終集束変異


 極寒の世界が消滅した。


 いや、消えたんじゃないわよ。ただされただけ。


『冬天覇剣』の刃から世界が見えた。雪原と雪山があり、吹雪が吹き荒れる世界が。〈冬天世界〉を剣一本に圧縮したものである。


 これは危ないわ……!


 ――天空流奥義〈五行陣・金〉


 すべてを収斂して実を結ぶ金の心象が目に染み込んだ。


 数多くの世界が目に映った。私の持っている知識と記憶に基づいて世界が細かく解体され、そのすべてがそれぞれの世界を構築した。すべての確率と可能性が伸びた枝だった。


 その中で私が望む可能性を強制的に引き出して現実化する。


「はあああっ!」


 世界そのものの重みが込められた『冬天覇剣』を邪毒の剣として受け流した。何度も何度も。衝突するたびに極寒の世界から噴き出した魔力と吹雪が私を威嚇したけれど、歯を食いしばってすべて耐えた。


【……?】


 ジェリアが当惑している様子がかすかに感じられた。世界そのものが込められた剣で私の防御を突破できないことが不可解なのだろう。


 だけど〈冬天世界〉の力も、それを圧縮した最終形態もすべて『バルセイ』で見たもの。そして〈五行陣・金〉は私が〝知っている〟すべてに絶対的な優位を確定する。


 ……それに私が耐えられるかは別の問題だけれども。


「くっ……!」


 目と鼻から血が流れた。喉からも血が上がってきた。偉大な確率観測と現実操作の権能に私の体が耐えられずにいた。


 それでも持ちこたえて続けなきゃならない。ラスボスジェリアに勝ち、本来の彼女を取り戻すために。


 決心を固めた私の目に、勝つためのたった一つの〝可能性〟が見えた。


―――――


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