邪毒竜の存在

 まぁ、当初は〝聖女〟の私ができる限り力を追求して、〝主人公〟が出る必要もないようにしようとしていたけれども。今はもちろんそんなことはあきらめた。


「……なるほど。『浄潔世界』なら納得できる。それだけ大きな危機が来るんだな」


「私が〝主人公〟……な、何か間違ってるんじゃないですか? 実感がわかないんですけど……」


 ジェリアは納得したようだけど、アルカは少し恥ずかしがっていた。まぁ、いきなり世界の〝主人公〟って言われても戸惑うだろう。


「まったくもう。貴方がそうすると自ら自分を〝聖女〟と称した私は何なの?」


「えっと……うーん……ごめんなさい?」


 とにかく始祖オステノヴァ以後、『万魔掌握』と『浄潔世界』の能力者が現れなかったのも、世界がその力を付与するほどのことがなかったためだ。言い換えれば、世界が五百年ぶりにその能力を与えなければならないほど、『バルセイ』の事件が深刻だったという傍証でもある。


 一方、ケイン王子は一人で何かを呟きながら顔を上げた。


「なるほど。邪毒竜……イシリンさんを連れてきたのもそのためでしたか?」


 会話の合間にも、彼は『浄潔世界』とイシリンの相関関係について考えていたようだ。


 その質問には当事者のイシリンが直接口を開いた。


「わかると思うんだけど、『浄潔世界』は邪毒を浄化して純粋な魔力に還元する力よ。そして私はこんな体になっても元々は邪毒神だから、邪毒を果てしなく生成できるわよ」


「えっと……バッテリーということですか?」


「……アルカ、貴方意外とすっごくストレートだよね?」


「ご、ごめんなさい」


「いいわよ、間違った言葉じゃないから。とにかく私のおかげでこいつは無限の魔力を持つようになったということよ。まぁ、もともとこいつ自身の魔力量もそこのジェリアと同じレベルだけどね」


 私の本来の魔力量がジェリアと同じくらいだなんて、私も知らなかった。八才の時からすでにイシリンと『浄潔世界』が提供する無限の魔力を扱っていたから。おかげで魔力生産量はジェリアと同じかもしれないけれど、体が保存できる限界はすでにはるかに大きい。


 とにかく、これでジェリアとケイン王子の疑問には十分答えになっただろう……と思ったけど、まだ終わっていないようだ。


「君がイシリンを連れてきた理由はもうわかるが……イシリンの方は理解できないぞ」


 ジェリアはイシリンを振り返った。その眼差しは敵対的ではなかった。しかし、かなり慎重な感じだった。ややもすると刺激しないようにしているのだろう。


「イシリンという名前は今日初めて聞いたが、邪毒竜は有名だな。何といっても五人の勇者の冒険談の最後を飾った存在だったからな。ただ……国を滅ぼし、五人の勇者も命をかけてやっと討伐した邪毒神がなぜテリアを助けている? 今も大人しくしているし」


 当然の疑問だった。五人の勇者の伝説で描写されたイシリンは、ただ多くの国を滅ぼした邪毒神に過ぎないから。甚だしくは数多くの偉業を成し遂げ、いまだに史上最高の強者だったと評価される五人の勇者でさえ、彼女を討伐するために命をかけなければならなかった。いや、始祖オステノヴァに『浄潔世界』がなかったら、生存どころか討伐もできず全滅しただろう。


 しかし、そのすべてはイシリンが悪意を持って犯したものではなかった。


「覚えてるの? 五人の勇者の伝説で邪毒竜がどのように描写されたのか」


「む? もちろんだ。ただ存在するだけで三つの国を滅ぼし、歴戦の猛者だった五人の勇者でさえ、ただ視線だけで死ぬところだったという。存在すら許されなかった災いという文句が今でも思い出されるぞ」


 イシリンの顔に悲しみがよぎった。すぐに収拾できたけど、私はもちろんジェリアもそれを見たようだった。多分みんな同じだろう。


 その悲しみを理解するのは、今ここでは私だけだ。


「伝説で、邪毒竜がたった一度でも国や五人の勇者を直接攻撃したという描写があったの?」


「ふむ?」


 ない。少なくとも原典には。


 それをモチーフに作られた演劇や後代のコンテンツでは、迫力のために激しい戦いが繰り広げられたと描写する。でも伝説の原典にはそのような言及などたった一つの文章もない。ただ存在するだけで国を滅ぼした、視線だけで五人の勇者が死ぬところだったという話だけ。


「イシリンは何もしなかったわよ。ただ不幸にもこの世界に落ちただけ。存在自体が強大すぎて、この世界が耐えられなかっただけよ」


「……五人の勇者がきた時も?」


 みんな少し驚いたようだった。それも仕方ないだろう。自分を討伐に来た者たちの前でも何の行動もとらなかったということは、つまりという意味だから。


 私は最後の質問に答える代わりに、イシリンに目を向けた。イシリンはため息をついた。


「私は異邦人だから。この世界の存在を脅かす権利なんてないわよ。……でも私の存在の余波だけでも多くの人が死んでしまったけどね」


「……邪毒神にそんなこと言われるとは思わなかったな。邪毒神に対する常識が覆される気分だ」


「常識まで覆す必要はないわ。外の奴らは貴方たちが考えるそんな邪毒神が多いから。いや、正確には……貴方たちの立場で善いと言える奴らは最初から他の世界にむやみに干渉しないわよ。私は……他の奴の陰謀に巻き込まれてこの世界に落ちてしまったの」


「運がいいのか悪いのか分からないな。……だが、いくらなんでも自ら命を譲るのは相当な勇気が必要だったはずだ」


 それはそうだろう。知らない異世界の住民のために自分の命さえ捨てるのは容易なことではないだろうから。


 実は『バルセイ』でもイシリンが当時何を考えていたのかまでは出てこなかった。ただためらうことなくそのような選択を下したという事実が出ただけだ。そんな彼女だからこそ、私も彼女を信じてみようと決心した。


 ところが、イシリンは悲しい表情で首を横に振った。


「特に勇気が必要なことではなかったわ」


「なぜだ? 君の力が多くの人々の命を奪った贖罪なのか?」


「それもあるけど……そもそもあまり生きたいと思っていなかったの」


 イシリンの顔が上に向いた。病室の天井……なんかを見る表情ではなかった。向こうの空……もしかしたらその空の向こう、我ら人間は届かない所を眺めているのかも。


「私は……もう生き続ける理由を失ってしまったからね」


―――――


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