異界の跡
「貴様はなぜこの世界に来たんだ? まるで貴様の意志ではなかったかのような口調だったが」
この世界で魔物というのは邪毒に浸食されて変異した動植物。ねじれの程度によってのものだが、普通原本の形状が歪んで醜悪な姿になるのが一般的だ。
しかし、亀裂から来る奴らは違う。ねじれた奴らもいれば、全く影響を受けていないような奴らもいる。今こいつもいろいろな生物の形状が合わさった姿ではあるが、部位一つ一つをちゃんと見ると本来の姿をよく保存している。おそらく、そもそもこの世界ではない別の世界の存在だからだろう。
異世界の奴らがなぜ侵攻するのかはまだ明らかになっていない。
「答えてあげたいが、俺は分からない。
「
「俺らの世界を見下して、俺らの偉大な主を追放した奴だ。それ以上のことは俺も知らない。どうせこの世界の存在ではないから、もっと多くのことを聞いてもお前は理解できなかっただろう」
異世界にも自分たち同士の争いはあるというのか。笑わせることだぞ。
いや、もう自分たちだけの問題ではないかもしれない。彼らの主を追放したという奴がこちらに異世界の魔物を送ったかもしれないから。それ以上の情報がないのは残念だが、後で他の子たちと情報を共有してみよう。
それより主というのが気になる。
「さっきボクの〈竜王撃〉を見て急に話し始めたな。主人と言ったりもしたし。見当がつくことはあるか?」
「……覚えてる。その時から少しずつ気がつき始めたから。だが……お前は知らないのか」
「どういう意味だ?」
「お前のあの竜の形……俺らの主人に似ている。あまりにも」
似ている……か。
単なる偶然だと片付けることもできるが、気になることが一つある。
「その形はボクの先祖が到達しようとした目標だったぞ」
「目標? 竜になろうとしたのか?」
「竜を倒そうとしたんだ」
五人の勇者の最後の英雄談、邪毒竜討伐戦。五人の勇者が邪毒竜を倒し、苦しんでいた人々を救った。
しかし、その戦いは非常に難しく、おまけで言えば結局始祖オステノヴァの活躍が決定的だった。他の勇者も大きな役割を果たしたが、始祖オステノヴァに比べるとつまらない……と、ボクの先祖である始祖フィリスノヴァの手記に残っていた。
それで始祖は決心した。一人でも邪毒竜を倒せるほど強くなろうと。もともと力を崇めていた御方だったから、そういう発想に至ったのだろう。いずれにせよ竜を討伐する力を追求した始祖は、ある瞬間強大な竜を模倣することで竜を討伐する力を備えようという発想に至った。
その結果が我が家の剣術である狂竜剣流だ。
「そもそもこの世界には竜という生物は存在しない。五百年前に現れた邪毒竜がそのような名前をつけただけだ。ボクの先祖はその強大な竜を模倣して力を持とうとした。ひょっとしたらその邪毒竜が貴様の言う主人かも知れないぞ」
まぁ、模倣とはいえ、邪毒竜は積極的に戦闘に出なかった……というか、じっとしていたという。狂竜剣流の技のほとんどは、始祖が竜の姿を見て
魔物が笑った……ような気がした。
「そうかもしれない。最後にあの御方にお会いできないのはあまりにも悲しいことだが……思いもよらない形であの御方の痕跡をお会いできたのは光栄だった。お前のおかげだな」
「邪毒竜は死んだ。貴様の主人かもしれない存在だが、それでいいのか?」
「あの御方はただの人間の手に倒れる御方ではない。自らの意志で形を変えてでも、どこかでこの世界を見守っていらっしゃるだろう」
「……まぁ、貴様の主人については貴様の方がよく知っているだろう」
論争をする必要も意味もない。だから余計なことはさておく。
ボクは剣を振り上げた。魔物の奴もその動作の意味を知らないはずがないだろう。また笑ったような気がした。
「もっと残したい言葉はあるか?」
「せいぜいお詫びの言葉ぐらいだ。俺の意志ではなかったとはいえ、この世界を脅かしたのは事実。俺の命でも返すことはできないだろう」
「……なかなか未練がないんだな」
「ないはずがないだろう。しかし、今は呪縛がしばらく解けただけだ。すぐに再び自らを失って暴れ回るだけの怪物になるだろう」
「わかった」
あくまで淡泊な態度で別れを告げ、剣を振り下ろした。奴もあっさりと受け入れた。
……これくらいか。最後に奴が動揺しなかったら、もう少し大変な戦いになっただろう。その事実は腹が立つ。だが初めて異世界の技にやられた経験自体は貴重だ。
特に戦闘中の敵の情報は貴重だ。強い魔物の処理も終わったから、〈冬の回廊〉の方に早く戻らないと。行って通信で他の陣営にも情報を共有しなければならない。
魔力の気配からしてみれば、幸い回廊方面はまだ健在だった。ボクがいなくて戦線が少し押されたようだが、まだ被害はない。
今復帰すれば問題はない……。
「三十年も待ったのに、これで終わると寂しいですよね」
瞬間。
聞き慣れた声が耳に入り、一瞬にして体と心が緊張した。今のそれは明らかにピエリの声だった。
とんでもない。非常事態だからこそ、アカデミー郊外の警戒はもっと徹底している。ピエリが現れる可能性を念頭に置いて、最上級の隠蔽術が使われる可能性まで考慮して捜索隊を要請した。
ピエリが見つかったら、すぐに報告があったはずなのに……!
「どこだ!」
すぐに周辺に探索の魔力波を放出したが、その必要はなかった。
パリィンと、まるでガラスが割れるような音が鳴った。〈冬結界〉が破壊される音だった。ぎょっと驚いて振り向くと、結界の起点である木が崩れ落ちる姿が見えた。
チクショウ、今〈冬結界〉の鈍化機能が無くなれば……!
ためらう暇がない。
急変する状況を追うために、まずは動かないと!
―――――
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