参戦と分業

 牛の形に似た頭と角。二足歩行する体は巨大で筋肉だらけ。しかし、全体的にひどく曲がった木のようにねじれていた。左腕はそれでも正常な形状だったが指が二本だけで、右腕は十一本の指と関節が五本。足は左側が肥大に膨らんでおり、右側は半分ほど溶け出したような姿だった。そして体全体に角が生えていた。ぞっとする目玉が頭に五個、胸に二個付いていた。


「……いやらしい形だね」


 思わず呟きがこぼれた。その瞬間邪毒獣が目を私に向けた。歪んだ唇が曲線を描いた。あいつなりの微笑なのか。


【フフフフ。皮肉なことじゃのぅ。世界が違うのに、感性は似ているんじゃ。ワシも今の姿は気に入らんぞ】


 声自体が邪毒の力を抱いていた。作業員たちは聞くだけで耳から血を流しながら悲鳴を上げ、騎士たちは顔を歪めて座り込んだ。私も猛烈な吐き気に襲われた。


 しかし、指揮官である私がここで屈服することはできない。


「話せるのか?」


【おお……ワシの声が受け入れられるのじゃ?】


 奴は嬉しそうな様子でクスクス笑った。笑い声さえおかしいね。


 邪毒獣が個体によっては話せるということくらいはすでに知っている。それでも驚いたふりをしたのは時間を稼ぐためだけだ。結界を壊す時も余裕を見せた奴なら、能力を誇示する機会を逃さないだろう。


 予想通り、奴は気持ちよさそうだった。


【じゃがもったいないのぅ。相手にする価値見えぬ微物だけなのじゃ】


「ならそのまま帰るのはどうだ?」


【ふむ……おお……ニオイがする。偉大で可憐な赤天竜がここにいるのじゃ】


「どういう意味だ?」


 奴はもう私という存在が見えもしないように、ある方向に歩き出した。急いで展開した結界は奴の足に触れるやいなや壊れた。


 クソ、この気が狂う奴め……!


 私のことを意識すらしない奴に怒る余裕もなかった。


 何とか倒れた人たちだけでも避難させようと前に出た瞬間、奴の目玉の一つが私を振り返った。


 その目がニヤリと笑い、奴の手から邪毒が噴き上が……。


「――ウリャアアアアアアッ!!」


 ……る直前、紫色の彗星が邪毒獣を講堂の残骸にまた打ち込んだ。私の結界ではびくともさせられなかった奴を、あまりにも簡単に。


 彗星は私の傍に着地して、平気そうに私に話しかけた。


「申し訳ありません、遅れましたわ」


「テリアさん!? どういうことですか? 何かわかった……」


「説明はあとで。時間がありませんわよ」


 ――紫光技封印結界術奥義〈聖なる夜のカーテン〉


 テリアさんの魔力が講堂の残骸全体を覆った。私が『覇王の鎧』の力で展開したことにも匹敵する結界だった。


 邪毒獣が遠のいたので再び元気を取り戻した騎士たちに向かって、彼女の凛々しい声が放たれた。


「邪毒獣は私一人で相手にします。殿下と騎士団の皆さんはアカデミー全域の鎮圧を。間もなく魔物たちが現れま……」


「待って! 一人で行かせることは……」


 騎士たちはテリアさんを止めようとした。


 でも、その瞬間。最大出力で展開された〈選別者〉の威圧が、この場にいたすべての騎士たちを地面に打ち込んだ。私は『覇王の鎧』の防護力で耐えたが、片膝をついてしまった。


「ぐ、あっ……!?」


「私の足を引っ張らない自信がある人のみ参戦を許可します」


 たった一度の一瞥。立っている人が誰もいないことを確認し、テリアさんは直ちに結界に突入しようとした。


 その直前、小さくて輝く人影が彼女に飛びついた。


「お姉様!! ダメですよ!」


「アルカ!?」


 急いで飛んできたようなアルカさんだった。彼女はテリアさんを後ろから抱き締め、必死の声で叫んだ。


「また一人で危険を抱え込もうとするんですよね!? 今回は絶対に一人で行かせません!」


「離しなさい! 時間がない……」


なら大丈夫ですよね!?」


「……!」


 テリアさんは歯を食いしばった。


 短い時間だったけど、彼女の苦悩は鮮明に見えた。妹を危険にさらしたくない心配、時間がないという焦り、戦力としての冷静な計算。


 その時間は短かった。結局彼女は諦めたようにため息をついた。


「絶対私の前に出ないで。先頭は私なのよ。その条件を守るなら許すわ」


「……! ありがとうございます!」


「時間がないから許したんだもの。すぐ行くわよ!!」


 テリアさんはその言葉だけを残して、すぐに結界に飛び込んだ。アルカさんもすぐにその後を追った。


 直後、テリアさんの思念通信が私の頭に乱暴に刺さった。


[殿下、封印結界を展開し直してください。その次はジェリアと一緒に指揮を執ってください。詳しい方策と要領はジェリアに伝えておきましたわ]


 そんな中、それを気にする余力まであるとは。


 苦笑いがあふれたが、吟味する時間はなかった。亀裂の暴走と邪毒獣の出現の影響で、早くもアカデミー全域の時空間が暴走し始めたのだ。間もなく小さな亀裂が開き、魔物があふれ出るだろう。


 ――バルメリア式結界術奥義〈ゴルナクの城塞〉


 テリアさんの結界の上に結界をかぶせる一方、口では騎士たちに指示を出した。


「ジェリアに連絡しろ! 直ちに緊急司令部を構成する!」


 結局邪毒獣は現れてしまった。でも可能性は念頭に置いていた。当然、皆でこの事態に備えてきた。むしろ邪毒獣をたった二人が相手にしてくれる分、他の作戦には余裕さえ生じそうだ。


 もちろん二人が死んでしまう前にサポートしなければならない。できるだけ早く一帯を制圧し、総力を傾けて邪毒獣を相手にしないと。異変を感知し次第、永遠騎士団が本隊を派遣することにしたので、その時までできるだけ被害を最低化しよう。


 見通しは明るくない。邪毒獣が登場したことだけでも絶望的だと言えるだろう。しかし、まだ被害は出ていない。


覇王ダイナスト〟バルメリアの名をかけて、無意味な犠牲は一人も許さない。


―――――


読んでくださってありがとうございます!

面白かった! とか、これからも楽しみ! とお考えでしたら!

一個だけでもいいから、☆とフォローをくだされば嬉しいです! 力になります!


そして一つ、小さなお知らせがあります。

実はここまででも今まで執筆してきた一つの章の分量なんです。つまり、今章は一つの章の分量を超えることになります。

実はこの第6章は最初から二つの章の分量で予定されていました。

実は第6章という名前で最後まで連載する予定でしたが、今回の更新を基点に、前後の話や空気が大きく分かれます。


なので、第6章を上下に分けることにしました。

今日までの更新が第6章上編に属し、次から更新される内容が第6章下編に該当します。

目に見える区分が変わるだけで、更新は変わらないペースにつながりますのでご安心ください。


では、これからもよろしくお願いします!

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