ジェフィスを導く言葉

 それはそうだね。どうせ私がやることは同じよ。


 イシリンと話すためにしばらくぼうっとしていたためか、ジェフィスが怪しげだという目をこっちに向けた。


「師匠、どうした?」


「あ、ごめんね。ちょっと考えることがあって」


 私がジェフィスにまた注意を向けると、彼はむしろ少し暗い顔になった。何なのかしら?


「師匠。その夢……そこで見たこと、師匠はもう知っていたよね?」


「なんでそう思ったの?」


「災いが起きた時、僕に悪いことがあると言ったじゃない? それが『隠された島の主人』が見せてくれたあれ?」


 気が利くね。


 でも、邪毒獣が現れてもジェフィスが必ず死ぬわけではない。ゲームでは私の妨害とシドのミス、そしていろいろなことが重なって悲劇が起きたんだから。いや、率直に言っていろいろなこともほとんどは私の行為が影響を及ぼして起きたことだ。


 ということはすなわち、私が違う動きをするだけでも原因の大部分を遮断できるという意味だ。


 ……もちろん油断してはいけないけどね。


「そんなに正確な推移を把握したわけじゃないわ。そんな能力や道具は存在しないからね。けれど、邪毒獣の出現状況中に死ぬ可能性が高いということは分かったわよ。……ごめんね、話さなくて」


「大丈夫。そんな話を簡単にできるわけがないから。しかも師匠はそのことを防ぐためにずっと動いていただろ? 僕としてはむしろ感謝すべきことだよ」


 そう言っているけど、ジェフィスの表情は依然として暗かった。


 悲しみ……じゃないわね。だからといって絶望でもない。その感情が私に向けられたわけでもないし。ただ、深い悩みが感じられる顔だった。


「どうしたの? 不安になったの?」


 無理もないだろう。誰でも自分が死ぬと言われたら平然とすることはできないだろうから。


 ジェフィスもそれなりに実戦を経験した。けれど、それは基本的に死なないための努力をする戦いにすぎない。希望のない状況で命をかけて戦ってみたわけじゃない。始まりから死が前提の戦いなんて、ピエリや邪毒獣を相手に一対一で戦う時ぐらいだろう。


「大丈夫。夢では私とアルカとリディアがいなかったんだって? それからが今とは違うでしょ。それにどんなことが起こったのか見たから対処もできるわね。だからといって油断してはいけないけどね」


「でも絶対とは言えないじゃん」


 ジェフィスの拳がぶる震えた。やっぱり自分の死を直接見たのは衝撃的だったのかしら。


 そう思ったけど、彼の考えは私の推測とは全く違っていた。


「……姉君が泣いていた」


 そう言うジェフィスの顔こそ泣きそうだった。


「みんな悲しんでいた。僕が死ぬということをね。……もちろんそれはありがたいことだ。姉君が僕のために泣いてくれたのも……崩れなく立ち上がったのも。そして僕は人を守って死ぬことができたから、意味のある死だったと言えるだろ」


 ジェフィスは自分の拳を見下ろした。


 鍛錬を重ねてきた手。アカデミー全体で見てもジェフィスより強いとはっきり言えるのは、私とジェリアとリディアだけだ。それほど彼の手は強かった。その手で人を助ける姿が頼もしい彼は、間違いなく強くて素敵な男だ。


 けれど、その拳を見下ろすジェフィスの顔には不満がこもっていた。


「でもさ。……笑ってた」


「え? 誰が貴方の死を……」


「……僕がね」


 ジェフィスは再び頭を上げた。彼と視線が合った。


 その時になってやっと私は彼が何に不満を持っているかを悟った。


「僕は間違いなく人を守った。でも悲しませたんだ。死んでしまったから。それでも笑ってた。命をかけて人を守ったと……満足な最期だったと。ふざけんな。そんな顔で泣かせたくせに、悲しませたくせに……何が守ったというんだ」


 それは、怒り。


 自分を殺した相手でも、命をかけて守った弱者でもない。自分のために泣いてくれる人たちを残して死んでしまった自分に……そんなくせに一人だけの役割を果たしたと満足してしまった自分に、あまりにも失望したのだ。


 ……状況が力尽きて死んだのは仕方がないし、命を捧げてまで人を守った態度自体は褒められるに値すると思うけど。


「死にたくない理由としてはとても素晴らしい理由だと思うわ」


 そう、素晴らしい。


 ……彼のそんな感情さえも利用しようとする私よりずっと、ね。


「もちろん何も断言はできないわよ。そんな悲劇が起きないとも、貴方の死を防ぐことができるとも。でも言ったでしょ? すでにその夢とは多くのことが変わったって。ということは、そんなことが必ず起こるとは断言できないという意味でしょ」


「それでいい……か?」


「もちろん、答えはいいやでしょ。準備というのはいつも最悪のために必要なことよ。ジェフィス、その夢で……貴方がどうして死んだと思う?」


 もちろん、ジェフィス自身も知らない様々な理由があった。私の仕業とか、シドのミスとか、ピエリの暗躍とか。


 でも、私が言いたいのはそんななんかじゃないわよ。


「夢で魔物を倒したけど怪我で結局死んだって言ってたわね。ということは……十分じゃなかったという意味でしょ。力がね」


「力……」


 最も単純で確実な解決策。ジェフィスが死なずにその魔物を殺せるほど強くなればいい。


 私はジェフィスが腰についた剣を見た。フィリスノヴァの象徴である重剣じゃなかった。ジェフィスも去年までは重剣を使う狂竜剣流の使用者だったけれど……今の彼は過去とも、ゲームの彼とも違う。


「何も変わらないわよ。貴方が私に剣術を教えてくれと言ったのは何のためだった? 強くなるためだったじゃない。これからもっと努力すればいいの。一緒に強くなるのよ。……私も、貴方を死なせておくつもりはないからね」


 私は彼への期待を込めて微笑んだ。


 ……彼が強くなれば、後日ゲームの悲劇を防ぐ時も役に立つだろう。


 そんなに彼を利用しようと思う自分自身への嫌悪感だけは、決して表さないまま。


―――――


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