活気に満ちた少年

 シドの編入のニュースはアカデミーで大きな話題となった。


 現在、四大公爵家の子ども世代の中で唯一アカデミーに来なかった少年。ジェリアが修練騎士団長になって間もなく現れたハセインノヴァの令息。そのような理由が注目を集め、おかげで私の入学やリディアの編入のような過去に比べて人々の関心も高かった。


 ……今あっちで起こっている騒ぎはそれとはまた別だけれども。


「すごい人波ですね」


 ロベルも呆れたような顔でそう言った。


 まるで前世で有名芸能人が街に現れた時のようだった。誰かを、あるいは何かを中心に数多くの生徒が集まっていた。その中心に何があるかは見えないけど、大いに浮かれた雰囲気だけは手に取るように感じられた。


 実際には街のようなものじゃなく、平凡な教室だった。でもあっちに集まった生徒数は明らかに講義室の収容人数制限を超過した状態だった。


 まぁ、仕方ないわね。他の所からも生徒たちがたくさん集まってきた状態だから。ただでさえこの授業は共通科目なのでいろんな学科の生徒たちが一緒にいるのに、それがさらに噂を広める効果になってしまった。授業が始まる前に解散できるかしら?


 ところが、その光景を眺めていたロベルの眼差しが尋常じゃなかった。


「ロベル? どうしたの?」


「気に入らないです。お嬢様が入学された時はこれほど注目されなかったんですが」


「……え? それはどういう……」


「リディア様は当時の立場と性格を考えると仕方なかったと言えますが、アルカお嬢様も同じでした。お嬢様に教えを求めたジェフィス様の時はケイン殿下に注目が集まったとしても……」


「ロベル? ねぇ、ロベル!?」


 ロベルは私が呼んでいるのも聞こえないかのように独り言を呟いた。結局私が肩を握って振った時にやっと私の方に目を向けた。


「む、お嬢様?」


「どうしたの、ロベル? 何か変な話をしたみたいだけど」


「あ。……いいえ、何でもありません。お気になさらないでください」


「貴方今これをごまかすことができると思う?」


 ロベルはしばらく視線を避けたけど、結局私の視線に耐えられずため息をついた。


「……ただちょっと、お嬢様の目標だったものを簡単に追い越したようで気に入らなかっただけです」


「え? 何よ、そんなこと考えていたの?」


 ニッコリと笑いながらロベルの頬を指で突いた。するとロベルは少し当惑した様子で目をそらした。


 ふふっ、可愛いわね。ロベルの悩みはつまらないものだったと思うけど、反応が面白いからそのままさせておこうか。


 それより、こんなやり取りをしているうちに人波に変化が起きた。突然人波の中心で一人の人影が跳躍し、教室の天井に逆さまにぶら下がったまま立ったのだ。それ自体は魔力を使えば難しくもない妙技だけど、彼の顔と存在だけで歓声が起こった。


 茶髪と目の少年。背はロベルより少し高い程度だけど、ほっそりとして線が細い身体のせいでロベルがもっと丈夫に感じられる。けれど、容姿はロベルと同じく秀麗で、鋭く精錬された魔力はロベル以上に鋭かった。


 紺青に統一された服とコート、そして銀色の紋章の刺繍。前世の概念で言えばエージェント教育に特化した、騎士科とは少し違う方向性で専門的な要員を養成する秘務科の制服だ。編入した学科もやっぱりゲームと同じだね。


 彼がまさに最後の攻略対象者、シド・コバート・ハセインノヴァだ。


 シドは平然と天井を歩いてきて、私の前に軽く着地した。ニコニコ笑顔が私の目の前に突然近づいてきた。彼の言動を見守っていた生徒たちが歓声を上げた。


「おはよう。お前がテリア?」


「ええ、私がテリアなんですの。貴方はハセインノヴァのシド公子ですわね?」


 シドは私の顔を数秒間じっと見つめ、突然私のあごに手を当てた。彼の笑顔は一層深まった。


「へぇ、すごくきれいだね、お前。オステノヴァはみんなそんなにきれい?」


「お褒めの言葉ありがとう。でも初対面で急に体に手を触れないでくださいよ」


「何だよ、せっかくすごくきれいな子と会ったのに。遠くから話をするだけじゃもったいないじゃん」


 だよね? と言いながら同意を求めるようにウィンクをしたけれど、それは私に向けられたものじゃなかった。振り返った彼のウィンクに女子生徒たちが団体で「シド様~~!」と悲鳴を上げながら頷いた。


 ……こうだから困る奴なのよ本当に。


 シドと同じ学年にならなければ接近する機会がないということは、実は彼が愛想がなかったり秘密主義だからではない。むしろ正反対、親和力が高すぎて問題なのだ。


 編入するやいなや一番最初に会う同じ学年の子たちみんなとあっという間に親しくなり、彼らとグループを作ってしまう男。そして親しくなった子たち一人一人を大切にし、彼らと絶えず交流する陽キャの極致。けれども、それがあまりにも行き過ぎたあまり、編入初期に縁を作っておかないと入り込む隙間が最初からなくなっちゃう。いつも約束と日程でいっぱいだから。


 けれど、最初の瞬間に彼の近くにいるなら、私が何もしなくても先に近づいてくる。シドはそんな少年だった。


 ……よかった。まだならなくて。


 そんなことを考えてじっとしていた私の傍で、ロベルは突然私とシドの間に腕を突っ込んだ。


「申し訳ございません、ハセインノヴァ様。お嬢様に急に手を出さないでいただけますか?」


 直接シドの体に手をつけてはいなかったけど、赤い瞳が敵対感で燃えていた。


「ろ、ロベル? 急にどうしたの?」


「……ああ、ごめん。俺が無礼なことをしちゃったね」


 シドは涼しげに身を引いた。でもすぐにまた近づいてくるかと思ったら、今度はロベルに握手を求めた。


「お前も騎士科の生徒だね? 会えて嬉しいよ。俺はシドだよ! 訳もなくハセインノヴァ様って呼ばないでよ、ただシドと呼んでくれ」


「騎士科なのですが、それ以前に僕はテリアお嬢様の執事です。他の公爵家の令息にむやみに接することはできません」


「へぇ、真面目だね。でもさ……」


 シドは上半身を突然突き出した。突然の接近に驚いたロベルは身を引いたけど、それを気にせずシドはニヤリと笑った。


「ところでお前、ひょっとしたら主であるお嬢様を狙っている?」


―――――


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