第六章 蠢動する悪意 上

プロローグ 新たな縁の前兆

「すごく疲れて見えるわね」


「バレだったか?」


 ジェリアは私の質問に苦笑いし、肩を揉んだ。


 私の傍で書類を見ていたロベルも苦笑いした。


「精力的に働いていらっしゃいますからね。むしろ休憩を取るのを見たことがあまりありません」


「しょうがないだろ。今日しなかったことは結局明日することになるだけだぞ。休んだからといって仕事がなくなるわけではないからな」


 ジェリアはそう言ったけど、だからといって頑張りすぎるのはどうかなって思うんだけれども。


 ジェリアが修練騎士団長になってから一ヶ月が過ぎた。これまでジェリアは選挙当時の公約だった業務体系改編に加え、団長になった以後追加された数多くのことを処理するのに忙しかった。それに学業もまだかなり残っているから、まともに休んだこともあまりないだろう。


「そう言う君たちも休まないのは同じだろ」


「私は私が使う人が多いから。適当に配分しながら休む時は休んでるわよ」


「……ふむ。選挙の時テニーの奴にあれこれ言う立場じゃなかったんだな」


「仕事のやり方であれこれ言ったのは貴方じゃなくて私だったんでしょ」


 私はジェリアに近づいた。そして彼女が何か言う前に腕をつかんで強制的に起こし、執務室のソファに連れてきて座らせた。


「少しだけ休んでね。どうせそんなに急いでする必要ないじゃない」


「……否定したいが、どうせ君ならすっきり論破するだろ。仕方ないんだな」


 ため息をつきながらソファに身を委ねるジェリアの前で、タッという音と共にティーカップが机を叩いた。


「僕もテリア様のお言葉に同感です。いい加減にしてください」


「有能な副団長まで心配してくれるとは、ボクは本当に運のいい団長だな」


「余計な冗談は言わないでください」


 テニー先輩だった。


 選挙が終わった後、ジェリアは豪語した通りテニー先輩にもう一度副団長職を提議した。テニー先輩はその提案を受け入れ、副団長としてジェリアを補佐している。そして多くのことを引き受けた。


 彼はジェリアの前にティーカップを置き、彼女の机に行った。そして書類を整理し始めた。それとなく何枚か持って行って代わりに処理しておくつもりだろう。


「テニー先輩もジェリアを責める立場じゃありませんでしょう」


「団長が忙しいから副団長も忙しくなるのです。目下の人のためにも適当にしてください」


「考えてみよう」


「いつも言葉だけじゃないですか。もう休んでください」


 テニー先輩はため息をつきながら書類を選び始めた。しかし、その手はすぐ止まった。


 一つの書類に目をつけたテニー先輩が眉をひそめた。


「……これは本当ですか?」


「何がだ?」


「とても曖昧な時期に編入生がいますね」


 テニー先輩はその書類を机の上に載せた。私とロベルも書類を見た。


 ロベルは眉間にしわを寄せ、口を開いた。


「……ハセインノヴァ公爵領息の編入確定、ですか。突然ですね」


 四大公爵家の一角、ハセインノヴァの令息。


 公爵家ということだけでも注目を集めるに値する。でもそれ以上に、彼の編入はさらに目を引く可能性が高い。ジェリアが団長になった今ならなおさら。


 ハセインノヴァ公爵家は四大公爵家ではあるけど、自ら声を出すことはほとんどない。生まれからが隠密な工作に特化した秘密要員のような存在。他の公爵家が前面に出て望むことを成し遂げる時、ハセインノヴァは誰も見られない裏面から望まないことを除去する。


 研究と策略に特化したオステノヴァと似ているといえば似ているけど……オステノヴァは表と裏を問わず状況を支配する司令塔のような存在。しかし、ハセインノヴァはただ裏面で静かで隠密にすべてを始末する。それでついたあだ名が〝夜の公爵〟。


 そんなハセインノヴァが唯一表に出すのは、フィリスノヴァに賛同するということ。


 フィリスノヴァ公爵に対抗する者たちが突然姿を消したり、意思を変える不自然なことが多い。世間ではそれをハセインノヴァの工作だと信じているし……実際、ゲームの設定ではある程度は事実でもあった。


 けれど、ジェリアの信念はフィリスノヴァ公爵のとは違うことを、前回の団長就任式で明らかにした。そして一ヶ月たった今、突然のハセインノヴァ公爵領息の編入決定。このニュースが正式に公表されれば、人々の目はフィリスノヴァとハセインノヴァの後継者たちが結ぶ関係に注目するだろう。


 ……もちろん私はそのような政治的なものじゃなく、まったく別の理由でそのニュースに注目していた。


 シド・コバート・ハセインノヴァ。年齢は私と同じ一六で、編入する予定の学年度私と同じ六年生。すべてがだ。


 そう――彼は『バルセイ』の最後の攻略対象者だった。


 私がゲームより早く入学したのは、ジェリアとリディアとの接触を早くから始めるためだ。けれど、よりによってこの学年を選んだ最大の理由は、シドと同じ学年になるためだった。もちろんリディアとジェフィスのせいでもあったけど、その二人はあえて同じ学年じゃなくても接触する方法はあったわよ。


 でもシドは同じ学年でなければ、接触どころか一言話しかけることさえほとんど不可能だ。


 私のせいで編入時期がずれていたケイン王子とジェフィスとは違い、シドはすべて予定通り。受講する授業はまだ確定していないだろうけど、そっちは後で確認すればいい。


「……面白いわね」


 思わず声を流した瞬間、みんなの視線が私に集中した。同時にため息が重なった。


「また始まったな」


「くれぐれもご自制ください、お嬢様」


「テリア様がああすると不安なのです」


「いや、みんな私になんでそう言うんですの!? 悔しいですわ!」


 修練ではあれこれやらかしたものの、こんな問題にまで事故を起こした覚えはないのに!? 特にテニー先輩にあんなことを言われる理由はないわよ!


 でも三人は苦笑いするだけで、私の悔しさを晴らそうとする考えなど少しもしなかった。うぅ。


 ……まぁ、それはともかく。


 シドの編入は予定通り。性格も特に変わってはいないだろうね。それなら私が取るべき行動も同じだ。


 その後の計画を考えながら、私はゲームでの彼の設定をもう一度反芻した。


―――――


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