選手交代

「……とんでもないです。たかが派閥の迎え入れを断ったということだけでそんな疑いまで受けるべきなんですか?」


 ラウルは笑いながらそう言ったけれど、ジェリアの眼差しは依然として鋭かった。


「そうだ、つまらない疑いだぞ。だから直接聞いてみた。何の意図があったのかをな。ひょっとしたら単に個人的に仲が悪かったり、ただ何か気に入らないところがあったのかもしれないだろ?」


「くっ……! そんなことを言うなら、ジェリア様も……!」


「……やめてください、ラウル様」


「テニー!?」


 テニー先輩を振り返るラウルの表情には戸惑いが歴然だった。反面、テニー先輩は心の知れない無愛想な顔でジェリアを眺めていた。


 テニー先輩はそのまま、言葉だけをラウルに向けて放った。


「続けても勝てません。そしてそもそも、そういう話はしないでくだたしとお願いしたんですけれども」


「俺は確かに断った。そもそもフィリスノヴァを信じるなんてとんでもない! そして俺はまだ負けてない!」


 そう、まだだね。そもそも二人はまだまともな論理戦を始めてもいない。


 しかし、テニー先輩は首を振った。


「アスティロン辺境伯家がフィリスノヴァ公爵家に積もった感情が多いことは僕も知っています。ですが、この場は感情を排出するために設けられた席ではありません。それに……気がつかなかったんですか?」


 テニー先輩はそこで話を切り、横目で観衆の方を眺めた。彼の視線を追ってみた私は、彼が誰を探しているのかすぐ気づいた。


 リリウッド伯爵令息、そしてジェリア四天王。先ほどジェリアが名前を言った人たちはみんなそこにいた。彼らの視線はジェリアにかなり熱かった。


 その視線を確認したテニー先輩は小さくため息をついた。


「ジェリア様は彼らのフルネームをわざと言ったのです。リリウッド伯爵家の令息はとにかく、男爵家の方々に平民までフルネームをいちいち覚えているということを誇示したのです。フィリスノヴァ公爵令嬢が彼らの名前をすべて覚えているということが何を意味するのか……僕の口で説明をすべきものですか?」


「……っ」


 言葉が詰まったラウルとは逆に、ジェリアの笑顔がさらに深まった。笑い声が沸き起こったのもすぐだった。


「くっ、ハハハ! バレたか? やはり君はすごい奴だな。僕は頭がそんなに良くないから、君を相手には舌戦をしても勝てないと思うんだ。……逆にラウル。君は少し頭を冷やした方がいいぞ」


「皮肉るんですか?」


「心から忠告するのだ。そもそも今、君は答えから間違えたぞ。もちろんボクも最善の答えが何なのかは分からない。だがボクが君の立場だったら、少なくともハイマンの家庭事情と結び付けて彼を心配したという名分ぐらいは掲げたはずだ。保守能力主義派のリリウッド伯爵家の令息が純粋能力主義派と関連すれば、家や公爵領内で彼の立場が困惑するからな。ハイマンに配慮して断ったという回答だったら、少なくとも良いイメージを得ることができただろう」


「聞きましたよね? ラウル様の完敗です。討論の渦中に忠告をしてくれることまで含めてですね。そしてジェリア様。頭が良くないなんて、謙遜しすぎると相手をからかうように聞こえますよ」


「……チッ」


「謙遜? ボクは本気で言ったぞ」


 ジェリアは平然と答えた。でも彼女の顔から笑いが消えた。


 ラウルを黙らせたのはあくまで前哨戦。一番気難しい相手は候補本人のテニー先輩だということを、やっぱりジェリアも理解しているようだ。


 だから先輩がついに攻撃を始めた。


「質疑応答の時も質問したことなんですが、アカデミーの内部と外部への公約に差があるようです。ジェリア様も、そして周りの方々も執行部関係者が多いからでしょう。先程の返事……体系を整える、でしたか。良い戦略ではありますが、かなり原論的で具体性に欠けています。アカデミーのどのような問題点を把握しており、それをどのように解決するか。ご意見を伺いたいです」


 テニー先輩の目はジェリアを見ていたけど、ジェリアはすぐ答える代わりに私をちらりと見た。私は黙って微笑んであげた。ジェリアもそれを見て少し笑って頷いた。


 よし、信号はもらったし。


「その質問の答えは私が代わりにするようにしましょう」


 まず、軽く話を切り出して視線を私に集中させた後、私はわざと申し訳ないふりをした。


「ただごめんなさい。答える前に質問を先にしてもいいですの?」


「その質問は僕の質問への答えと関係がありますか?」


「半分くらいは、というかしら。回答と攻撃を同時にしますわよ」


「……正直なことはいいのですが、そんなに隠さず話してもよろしいですか?」


「後で言いがかりをつけられるのも面倒ですからね」


 テニー先輩は眉をひそめ、しばらく悩んだ。でもその時間は長くはなかった。


「いいです。どうせさっきのジェリア様の質問はラウル様の質問に対する反撃でしたから、今は僕たちが連続して質問をしたのと同じでもあります」


「ありがとうございます。それでは早速、各練習場の結界魔道具補修の案件なんですけど」


 各練習場の補修。テニー先輩の公約の一つだ。アカデミーの練習場は良い施設だけど、かなり古いから古くて不完全な部分もある。……しきりに結界を壊した私のせいで魔道具に過負荷がかかったせいもあるんだけれども。


 冷静にこっちを見つめるテニー先輩に、私は公約発表の時から準備しておいた質問を投げかけた。


「この案件について調査して構想したのは誰ですの?」


「……はい?」


 テニー先輩は少し気が抜けるような表情をしたけど、すぐ引き締めた。むしろその前よりも緊張した様子が感じられた。オステノヴァの意図がわからない質問がもっと怖い……とかでも考えたのかしら。


 その緊張感、しっかり維持した方がいいですわよ。


 私はそう思って静かに微笑んだ。


―――――


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