アレンの視線

 いろんな意味で、テリア様は印象的な人だった。


 結界の外から俺たちに向かって歩いてくる時は正直怖かった。いくら一時的に周辺一帯を一掃したとしても、呪われた森は邪毒と魔物がその空き地をあっという間に埋めてしまう所だから。直接見たのは今回が初めてだけど、その言葉通りの場所というのが俺たちの目の前に直接広がっていた。


 ところがテリア様はそんな場所がまるで何でもないように、平気な顔でゆっくり歩いてきた。すぐに飛びかかってくる魔物に視線さえ向けずに始末しながら。その力と堂々さなら、俺たちをこの場から取り除くこともできるだろう。と考えたら、手から汗が止まらなかった。


 しかし、いざ近づいてきたテリア様は平然と格式を否定し、俺の名前と学年まで知っていた。そもそも六年生のテリア様は五年生の俺より学年上で、さらに一部の講義では飛び級までしていて、俺とは接点などないのに。


 そして最後は傑作だった。


〝その役割のために強くなるのは当然の義務に過ぎません〟


 ……正直、そんなことを他の誰でもないオステノヴァ公爵家の令嬢から言われるとは思わなかった。


 もちろん貴族だからといって騎士と距離が遠いわけではない。貴族出身の騎士も珍しくない。そして何よりも、四大公爵家のうち二家は代々騎士と縁が深かった上、公爵がそれぞれ一つの騎士団の団長を務めているほどだから。


 でもオステノヴァ公爵家は研究と工作の大家。もちろんオステノヴァ出身の騎士もいないわけではない。でも彼ら全員が異端児扱いされたほど珍しい。その上、裏工作と政治においては国最高と評価される公爵家だから、何か複雑な意図があると思っていた。


 だけど、断言するテリア様の目はあまりにもまっすぐで迷いがなかった。


 もちろんこれが演技で、何か違う本音があるかもしれない。実際、少し前までは本音を少しも垣間見ることができなかった。しかし、そんなことを考えても、今は疑いたくないまっすぐさが見えた。もしこれさえ演技だったら、むしろ騙されるのが礼儀じゃないかと思うほど。


 確信……なんかじゃない。むしろその反対。まるで生きるためには息をしなければならないと言うように……当たり前の常識を言うような目。その目がかえって俺には深い印象を残した。


 俺に横目で見ている友達に一度頷いて、俺はまた口を開いた。


「当然……とはいえ、世の中にはその当然さを等閑視する人が多いです。それはテリア様もご存知でしょう。ましてテリア様はオステノヴァ家の次期後継者として最も有力視されている御方ですから……」


「前置きが長すぎますわよ。オステノヴァの令嬢である私が、なぜ騎士を真剣に目指すのかと聞きたいのかしら?」


「……はい」


 テリア様はすぐに答える代わりに手を上げた。その手がテリア様自身の髪の毛を一握り取った。きれいな銀色に輝く髪だった。


 そしてオステノヴァじゃなく、アルケンノヴァの象徴でもある。


「私の母上……現オステノヴァ公爵夫人がアルケンノヴァ公爵家出身であることはご存知ですわね?」


「現アルケンノヴァ公爵閣下の妹君でしょう。知っています」


「アルケンノヴァの人間はもともと活発な活動と武芸が好きですの。私もその気質が強いんですわよ。最初は騎士になるとか、どんな人を目指すとか、そういう考えはありませんでした。けれど、心の向くままに鍛えていたらいつの間にかこうなっていました」


「……特別な理由がないという意味ですか?」


「少なくとも私が意識する限りでは。ただやりたいことをやって、その結果いつの間にかこうなっていたというのが正確な表現ですの。やりたいことをやるだけなのに、そこに公爵家がなんとか本音がなんとか無駄なことを引き込むのは大嫌いですわよ」


 テリア様は俺の顔に手を伸ばした。平凡な貴族の令嬢とは違う……少し荒れて強さが感じられる手だった。その手が俺の頬を撫でている間、俺は何もできなかった。


 突然の行動に混乱する俺に向かって、テリア様が突然乾いた冷笑を見せた。


「正直じゃないですわね。ピエリ様は実はお前の罠にはまっているのじゃないか、とかでも考えている顔なんですわよ?」


「!」


 まるで俺の心を見抜いたような言葉に背筋が凍った。


 しかし、テリア様は俺の顔から手を離すと、固まってしまった俺の傍を通り過ぎた。そして数歩ほど行った時また止まった。


「私やジェリアを疑うことを責めるつもりはありません。どうせピエリを崇拝する人々の心を論理で屈服させるのは諦めましたから。好きなように判断してください」


「それを放っておけば修練騎士団長選挙にも良くない影響が出ると思いますが」


「ただそれ一つのせいで負けるほど私たちが弱く見えるのかしら?」


 テリア様は首だけ回して俺を見てニッコリ笑った。


「アレン・ロンド。貴方は自分の命をかけてでも人を守ることができれば喜んで飛び込む人ですの」


「……いったい自分について何を言われたのかはわかりませんが、それは過大評価です。俺はそこまで使命に命をかける人ではありません」


「ふふ、さぁね。時がくればわかると思いますわよ」


 ……この人はいったい俺から何を見てこんなことを言うのだろうか。


 実はその真意を直接聞こうとした。でもその前にテリア様がまた口を開いた。


「でも、貴方が今のような状態だったら……その時が来た時、貴方はきっと後悔するでしょう」


 まるで不吉な呪いのような言葉。本来なら気分が悪くなるはずだけど……テリア様が俺を非難しようとしているようではなかった。


 少なくとも彼女の眉間を歪めたのが悲しみに近い感情だということは、なんとなく感じられた。


「私を疑っても、ピエリの救命を試みても、特に私が止める名分はありません。そんなつもりもありません。ただ……重要な瞬間が来た時に後悔したくないなら、もっと強くなりなさい」


―――――


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