テニー

 緑色の髪を端正に整えた青年だった。ほっそりとした体と煌めく眼鏡、そして鋭い眼差しから知的な感じが漂っていた。


 見た目や雰囲気だけじゃない。実際にもその頭脳で修練騎士団に貢献してきた総務部のエース。今は総務部長を務めているテニー・リブライス先輩だ。私が初めて修練騎士団を紹介された時も慎重論を掲げた人だった。


 そのテニー先輩は眼鏡を光らせてジェリアを睨んだ。


「簡単に信じがたいですね。ピエリ・ラダス卿は長年祖国のために献身してきた御方です。しかも現役騎士だった時代には安息領の数千人を葬り、数万人を逮捕した御方でもあります。そういう御方が安息領と結託したと言われても、そうですかと納得する人はあまりいないでしょう」


「妥当な意見だな。正直、ボクもそんな気持ちがないわけではないぞ」


 ジェリアはため息をついた。


 ピエリの裏切りを知っていたのは前世の記憶を持つ私と、そんな私に耳打ちされたロベルとトリアだけ。この場にいない人を含めても、情報収集の手助けを受けるために私が直接情報を共有した父上と母上だけだ。ジェリアも知らなかった事実だから、あの時ピエリが乱入した時の戸惑いは相当だっただろう。


 けれど、ジェリアは直接目撃したことさえ否定するバカじゃなかった。


「だがボクが直接見たのは間違いない事実だった。映像資料は騎士団が回収したので今見せることはできないが、騎士団が手配令を下手に下す組織だとは思わないんだろう?」


「もちろんそんなことは思いません。ただし……騎士団だからといって、すべての資料を完璧に検証できるわけではありませんでしょう」


 それを聞いた瞬間、ジェリアの眉毛が小さく上下した。


「ボクを信じられないということだな」


「そんな意味ではありません」


「ならどういう意味だ? ボクはその現場にこの両足で立って、この両目で直接一部始終を見守った。録画された映像も直接見て問題がないか確認した。そしてそれはボク一人だけの経験と意見ではなく、ボクと一緒にいた皆の総意だったぞ。それを疑うということはつまりボクの言葉を信用できないという意味ではないか?」


「僕がちょっと言い間違えましたね。ジェリア様のことを怪しく思っているわけではありません。ただ……ジェリア様の、いやその場にいた皆が認識したその現実自体が正しいものだったのかが疑わしいということです」


 テニー先輩が眼鏡を上げた。テニー先輩の眼鏡とジェリアの眼鏡がお互いを睨み合った。


「貴方方が目撃したのはラダス卿の姿をした〝誰か〟が安息領に加わったこと。しかし彼が本当にラダス卿なのか、あるいは彼を僭称した誰かなのか確かなのですか? 明確な証拠があれば大丈夫です。受け入れることができるでしょう。ですがそうでなければ、疑いの視線を取り除くのは容易ではないでしょう」


 一理ある。


 そもそもあれはテニー先輩の誤解や過ちとは言えない。それだけ過去のピエリの業績は眩しかったし、彼がこの国に捧げた献身は高潔なものだったから。さらに、騎士として引退して変節した後も、表向きはアカデミーで後学を養成するために努めた。実際、彼の弟子たちの中にも国と民のために多大な貢献をする人々がいる。


 ジェリアもそれを知っているから、テニー先輩の言葉を自分や私たちに対する攻撃とは思わなかった。


「妥当な指摘だな。認めるぞ。結論から言えば、がピエリだったという物証はない」


「そうですか。それなら……」


「言うことは最後まで聞け。幻術や偽装について検証はしなかったが、それがピエリだったと確信した理由はあるぞ」


「それは何ですか?」


「力だ。大英雄ピエリ・ラダスなら必ず持っている力。剣術、魔力、そして判断力。あらゆる面で、あのピエリが偽物ではないと確信できたぞ」


 そして騎士団も映像を見てそう判断した、と。ジェリアがそのように話すと、テニー先輩は少し難しい問題だというように眉をひそめた。


「……僕は騎士科ではありませんのでよくわかりません。ですがラダス卿と直接模擬戦もできる立場の騎士科の皆さんがそうおっしゃるのなら、そして騎士団でもそのように判断していたら事実かもしれませんね。ですから、その部分は保留します」


 この時までは雰囲気は良かったわね。……そう、この時までは。


 けれど、テニー先輩の次の言葉が問題だった。


「ですが理解できないのは……なぜあの御方が安息領と結託したのかということです。ほぼ百年近いの年月を民のために献身してきたあの御方がなぜ……」


 ……難しい問題だ。それを説明するためには、私が持っているゲームの記憶を活用しなきゃならないから。けれど、それをそのまま説明するためには情報を得た経緯や証拠に対する話が欠かせない。


 だから動機は調査中ということでごまかそうとしたけど……。


「それは我が家の恥部だ」


 私が口を開く前に、ジェリアが先にそう言った。


 私はびっくりしてジェリアを振り返った。ジェリアには教えてあげなかったから。けれど、ピエリの仕事と関連して〝フィリスノヴァの恥部〟と言えば、私が知っているあのことしかないはずなのに。


 テニー先輩だけでなく他の修練騎士団員まで、みんなの目がジェリアに集中した。ジェリアはそれが不便そうに舌打ちをした。


「大英雄ピエリ・ラダスが堕落した理由。……いや、堕落という言葉は語弊があるだろう。彼はボクたちをのだ。ボクのクソ親父の蛮行のせいで」


 その瞬間、私は直感した。


 私が隠してきた秘密の扉を、ジェリアはすでに自分で探して開けたと。


―――――


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