危機逢着

 言ったけど返事を聞くつもりはなかった。


 ゴロゴロと雷鳴が鳴り続け、〈雷雲〉が次々と雷電を吐き出した。果てしなく降り注ぐ雷電がピエリたちの動きを封鎖した。こうしている間は私も他の行動ができないけど、今は構わない。


「ジェリア様!」


「わかってるぞ!」


 ロベルとジェリアが同時に魔力を高めたから。


 ――『虚像満開』専用技〈雷神の偶像〉


 ――『冬天』専用技〈剣の冬森〉


 ロベルの後ろに女神を形象化したような羽のついた女性の幻想が現れた。その幻想は手から巨大な雷電の槍を生み出した。ジェリアは巨大な氷の刃を多数作り出した。


 ……ロベルが作り出した形象が私に似ているようだけど、気のせいだよね?


 ジェリアの氷刃が一斉にピエリを襲った。ピエリの魔力場を破ることはできなかったけれど、魔力場の勢いが少し弱まってきた。


「行くぞ!」


 ロベルは幻想の雷電槍を投げた。いくら実体のない幻想でも、魔力で作られた理想は他の魔力の影響を無視できない。けれど、ジェリアがピエリの魔力場を弱化させたおかげで幻想の雷電槍がピエリに届いた。


 その槍が実体化した瞬間、ピエリは左手で槍を正面から握った。その手の中に集中した魔力が雷電槍の力を制圧した。


「〈幻影実体化〉は確かに多彩で良い技ですが、根本はあくまで幻影の魔力。生半可に真似するだけの能力などが私に通じると……」


 その瞬間、ピエリの顔色が変わった。雷電槍を防いだ左手が動き、宙をつかんだ。ドカンと、手と手がぶつかったとは信じられない音が鳴った。


「もちろん通じないだろう。でも炸裂の瞬間に魔力場に隙を作るくらいはできる」


 ロベルは隠蔽の幻影を解除し、手を広げた。ピエリのあごの下で。


 ――極拳流奥義〈双天砕〉


 至近距離で炸裂する双掌の魔力砲。〈雷雲〉の雷電を防御していた状態で〈双天砕〉にまで対応するのは非常に難しい。それでもピエリなら何とかするかもしれないと思った私は次の一撃を準備していた。


 そしてピエリは――何もしなかった。


「……え?」


 茫然としている私の目の前で、ピエリはニヤリと笑って魔力場を解除した。〈雷雲〉の雷電と〈双天砕〉の魔力砲が瞬く間に彼を襲った。氾濫する魔力の波が彼を跡形もなく消してしまった。


 ……ちょっと待って。〝跡形もなく〟?


「まさか!?」


 魔道具の方の分身……いや、私が分身だと思っていたピエリを振り返った。ちょうど私を見る彼と視線が合った。


 彼の唇が微笑んだ。


「いったいいつから……」


 雷電を防御していた彼の姿が一瞬揺れたと思った直後、彼の姿が瞬く間に分裂した。九人のピエリが彼の体から飛び出した。


 合計十人のピエリが同時に口を開いた。


「貴方を相手にしていた方が本体だと勘違いしたのですか?」


 ……やられた。


〈完全分身〉は本体と全く同じ能力を持った分身を作る。でも、だからといってその分身が本体の役割を果たせるわけではない。


 そして『倍化』の弱点は、一度能力を適用した対象にはその能力を解除するまでまた『倍化』を使用できないということ。ピエリはすでに自分自身に〈完全分身〉を適用したので、他の分身を追加で作ることが不可能だった。


 だからこそ、私は本体を集中的に制圧するつもりだった。どうせ分身の方は魔道具を守っているだけで、戦闘には介入していなかったから。そしてもし分身を回収した場合、再び分身を作る前に魔道具を破壊するつもりだった。


 でも……。


「貴方は弱者を相手に分身だけ出して本体はじっとしているのが嫌だったはずでしょ? 怖がってるみたいだって」


「そこまで知っていましたか? 驚きですね。……ええ、その通りです。それで今自尊心がとても傷つきました。すでに目的のために卑怯にも本体を戦いと隔離したのに、さらには生徒を相手に分身を一度失う結果になりましたからね。ですが、そういう可能性もあるとは思いました」


 誤った判断だった。よりによって一番重要な第一歩が。


「もうやめましょう」


 十人のピエリが同時に剣を振り回した。噴き出した剣圧が雷電と〈雷雲〉自体を吹き飛ばした。


「ちっ……!」


 絶望している時間がない。何とかしなきゃ!


〈雷鳴顕現〉の雷電を再び高めた。けれどピエリはそんな私をあざ笑うように口元を上げ、分身たちを一部だけ動かした。ボロスの方に一体、ロベルとジェリアの方に一体、そして私の方に一体。残りの七体は依然としてその場で魔道具を守りながら立っていた。


「チクショウ……!」


「がはっ!」


 ジェリアとロベルはあっという間に制圧された。ボロスの方のトリアたちも同じだ。私だけは全力でピエリに立ち向かったけれど、ピエリも特性まで動員して心から攻勢をかけていた。


 近寄れない。


 歯を食いしばって剣を振り回す。絶えず浴びせられる剣撃をなんとか受け止め、時には反撃しながら、この状況を打開する方策を必死に考えた。頭の中で何度も新しい試みをし、ピエリに阻止されるシミュレーションが流れた。


 方法が思い浮かばない。なんとか押されずに踏ん張っているけれど、これだけでは敗北確定なのに。


 いっそ負傷を甘受して『隠された島の主人』の信奉者たちを全員気絶させようかと思った。でも私の横目だけで考えを察したように、ピエリの分身の一体がそっちを塞いだ。


 それに状況は私の予想よりもはるかに悪く展開された。


「そろそろですね。思ったより早いです」


 私を相手にしていたピエリがそう呟いた。どういう意味かはすぐに分かった。


 ……『隠された島の主人』の信奉者たちが執り行っていた儀式が、ほとんど終わった。


 予想より早い。ピエリとの戦いに時間をかけすぎたのかしら。それとも彼らが儀式を短縮させる特別な方法を使ったのだろうか。


 そんな悩みに答えることも、終わった儀式を破壊することもできないまま、私はお手上げでその時を迎えた。


 魔力が爆発するように膨らみ、一つの人影がその中から体を起こした。


―――――


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