大英雄の素顔

 振り返った私の目に見えたのは、視界を覆うほどの巨大な斬撃の束だった。


 無数の斬撃が集まり、まるで竜の頭のような形をしていた。巨大な口と歯が私を噛み砕こうとして突進した。


 直接見るのは初めてだけど、前世のゲームで見た技。蛇形剣流の奥義、〈一頭竜牙〉。


 ――天空流奥義〈満月描き〉


 直ちに放たれた巨大な魔力の球体が〈一頭竜牙〉を相殺した。


「おや、一撃で殺すつもりだったのですが」


 そう言いながら平然と笑う男を、私は信じられないという気持ちで眺めた。この場にいるはずがない男だったから。


 安息領の最高幹部、安息八賢人の一員。しかし過去には数多くの人々を救った大英雄であり、いまだに大英雄の仮面で本音を隠した者。誰も彼の裏切りに気づかず、誰も彼の真意を知らなかった。


 大英雄、ピエリ・ラダス。


 明らかにゲームで彼は〝あの事件〟が起こるまで息を殺して待つだけだった。そんな彼がボロスを〝返してもらう〟って言って私を攻撃した。想像もできなかった事態だった。


 他の人々の反応も似ていた。私からピエリのことを聞いたロベルとトリアは唇を噛むほどだったけど、彼の現在について知らない人たちは驚愕していた。


「ラダス卿!? どうしてお姉様を……!」


「ラダス卿、どうしたんですか!」


 しかし、ピエリはそのすべての反応がただ意味のない雑音であるかのように、ただ私だけを眺めながら微笑んでいた。


「……突然ここに出るとは予想していませんでしたわ」


「ハハ、オステノヴァの予想を超えたということですか? 気分が悪くないですね」


「どうして急に正体を現すんですの?」


「……正体ですか」


 ピエリの笑顔が少し妙だった。


 まるで何かを知ったかのような微笑。思い知る……なんかとは違った。けれど、私には見慣れた笑顔でもあった。ゲームで彼がずっと気になっていたことを知ったとき、あんな風に笑っていた。


 でもそれを素直に話してくれないだろう……と思っていたけれど、予想外に彼はすぐに口を開いた。


「少し調べたいことがあったんですよ」


「それは何ですの?」


「貴方はとっくに私のことを知っていましたね」


 私は口をつぐんだ。


 一年生の時、そのような印象を彼に与えたのは事実だ。彼が直接動くのを防ぐには、その時はその方法しか思いつかなかったから。……今考えてみればあまりいい方法じゃなかったけれども。


「その時、貴方は修練騎士団と協力して邪毒陣をすべて撤去し、異空間を見つけて魔道具まで無力化しました。それを見ながら考えました。……貴方か、あるいはオステノヴァ公爵かはわかりませんが。単なる調査力以上の何かがある、と」


 私は必死に平静を装った。でも心の中では正直本当に驚いた。


 その状況でそんな可能性を考えられるって? どうやって?


 私の驚愕を知っているかどうかは分からない。ただピエリは淡々と話し続けた。


「自慢ではありませんが、それらについて知っている他人は誰もいません。私が誰も知らないうちに直接設置して隠蔽しましたので。もちろん資料なども残っていませんしね」


「……! ラダス卿、どういう意味ですか!?」


「おや、ジェリアさんは判断が遅いですね。それだけの規模で邪毒陣を隠蔽することは平凡な配下には不可能なんですが」


 だからといって、有名な大英雄がそんなことをするとは誰も想像できないわよ。


「とにかく、それについて知る方法は限られています。それで私は思いました。……テリアさん、あるいはオステノヴァ公爵。二人のうちの誰であれ、あるいは貴方たちが使う人であれ……誰かが過去や未来のことを観測する力を持っていると」


「……!」


 飛躍だ。


 疑ったからといってすぐそんな結論に達するなんて話にならない。方法が限られているといってもそれだけじゃないし、偶然のきっかけで調査を始めたのかもしれないじゃない。


 そう思ったけれど、当惑と驚愕の気配を完璧に隠すことはできなかった。そんな私の顔を見たピエリが微笑んだ。


「やはり」


「……どういう意味なんですの」


「いや、私もこれが論理の飛躍であることは知っていました。それで確認してみたかったんです」


 ……まさか!?


 やっと私はピエリの意図を理解した。そして彼がおしゃべりな悪党のようにペラペラしゃべった理由も。


 ピエリはその結論が根拠がないことを知っていた。そのため、彼は確認しようとしたのだ。私の反応を探ることで。


 というのはまさか……。


「私を探るために……その結論の確信を得るためにこんなことをしたんですの?」


「それだけではありませんが、それも理由の一部ではあります」


 ゲームになかったテロが起きた理由は、まさに私。


 その事実が私を重く押さえつけた。けれど、私は歯を食いしばって持ちこたえた。すでに起こったことに対する罪悪感は事態が終わった後に思う存分感じれば良い。それにと言ったのを見ると、きっと別の理由もあるだろう。


「やはり強いですね。少しは動揺すると思っていたのですが」


 私はピエリの皮肉を無視して口を開いた。


「一つ聞いてみましょう。そんなことを確認するためとはいえ、こんなに大げさなことをしただけで足りず、貴方の素顔まで明らかにした理由は何ですの?」


「そこまで話すつもりはありませんでしたが……まぁ、構わないでしょう。もうアカデミーにとどまる理由がないからです」


「とどまる理由……?」


「貴方のせいで計画がかなりずれたんですよ。嫌な教師としての役割ももううんざりで、そろそろ別の計画に身を入れるつもりです」


 釈然としない返事だった。それが全部だとも思わなかったし。しかし、これ以上追及しても答えてくれないだろう。


 それにそんなこと聞く余裕も、もうない。


「おしゃべりはこの辺で終わりにしましょう」


 剣を持ち上げるピエリを見て、私は緊張で手に力を入れた。


―――――


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