ボロス

〈雷神化〉の速度のおかげで、目標地点に到達するのはあっという間だった。


 行く途中で出会ったローレースアルファたちはすべて粉砕した。けれど、見えるのはあくまであいつらだけ。奴らを解放したはずの安息領雑兵たちや奴らと戦う『隠された島の主人』の信奉者たちは一人も見えなかった。


 ただ、この一帯にないわけじゃない。雑兵や信奉者と見られる大小の魔力が全部片方に集中していただけ。そして安息領の奴らの頭もそこにいた。


【戦いに気を取られて魔物の管理がうまくいかないのかしら?】


[そうだろうね。もともと安息領はレースシリーズを完璧に統制するものじゃないから。それでも戦いを統制できる状況ならこんなにだら漏れなかったはずよ。それだけ『隠された島の主人』の信奉者たちが激しく攻撃しているという意味かも]


 意図したものじゃないかもしれない。でもこのように統制不可能な状況を誘発すること自体が悪い。それを自覚してほしいんだけど、信奉者の奴ら。


 そんなことを考えながら目標地点に到着すると、多くの人が集まっているのが見えた。


 集まっているというか、絡み合って戦っていた。数は人間だけ見ても安息領の方が多かった。しかも奴らが解放しておいた魔物のキメラまで含めると格差は倍以上。けれど、『隠された島の主人』の信奉者たちには数の劣勢にある程度対抗するほどの力があった。


「はあっ!」


 信奉者たちが剣や銃で攻撃を浴びせるたびに、ローレースアルファが死んでいった。安息領雑兵さえも例外じゃなかった。


 しかし、そのような力の差でも完全に克服することはできないほど頭数に差があった。しかも安息領の方にも虚弱なザコばかりいるわけじゃなかった。


「バオオ!」


 ある魔物が鳴き叫びながら前に出た。ローレースアルファに似ているけど微妙に違っていた。具体的には体がもう少し小さくて……シルエットが、人間に似ている。


【あれは……まさか】


 その魔物は信奉者の剣を手で受け止めた。長続きはしなかったけど、少しでも攻撃を阻止した。それだけ見てもローレースアルファよりは強いことが分かった。


 けれど……それは重要なことじゃない。


 人間に似た形状。そしてアルファより微妙に強い力。その一方で理性と自我がないのはアルファと一緒だ。直接見るのは初めてだけど……前世のゲームで飽きるほど見た存在。


 ローレースベータ。純粋な魔物の合成体であるアルファタイプと違い、ベータタイプはオメガ実験……の失敗作だ。


 本来の自我と形状を失い、事実上人間としてはすでに死んでしまった犠牲者たち。


「……貴様ら」


 頭の中から怒りが沸き起こった瞬間、私はすでに栄光の剣の柄に手を当てていた。そして私の体が動いた直後、その場にいたすべての魔物が絶命した。


「え……!?」


 すべての魔物が粉々に分解されて死に、奴らの間にはいつの間にか私が立っていた。その姿に安息領の奴らが驚いて息を呑んだ。『隠された島の主人』の信奉者たちも当惑したようだった。


 ……この程度の動きも目で捉えられないザコには用事なんて全然ないわよ。


 私はすぐに〈選別者〉の出力を最大に上げた。周辺一帯を重い威圧感が支配した。安息領雑兵たちはみんな泡を吹いて卒倒した。信奉者たちもほとんど同じだったけれど、二人程度はぶる震えながらも何とか持ちこたえていた。まぁタフな奴らもいるわね。けれど、あの状態では割り込めないはず。


 そのように周りを整理した後、私はまずロベルに思念通信を送った。


[ロベル]


[お嬢様! また一人で……!]


[いいわよ。この周辺一帯に監視の魔道具を設置してちょうだい。記録を遠距離で転送してバックアップできるものでね]


[今回はまた何の……いえ、かしこまりました。他の皆はお嬢様の方に見送ります]


 私がそのように事前作業をしている間にも、安息領の奴らの頭は遠く離れて見物ばかりしていた。


 非常に巨大な男だった。二メートルをはるかに超える身長で、私の腰より前腕が厚く見えるほどぎっしり詰まった筋肉。まさに野性の象徴のような男。乱雑に乱れた金髪がまるでライオンのたてがみのようだ。


 雑兵たちがどれだけ怪我をして死んでも、あいつは気にしないだろう。実際、あいつはニヤリと笑いながら眺めているだけで、私の乱入にもただ楽しがっていた。私が〈選別者〉で一帯を制圧した時も面白がる目で眺めるだけだった。


 私もあいつを〈選別者〉で制圧できるとは期待しなかった。奴は〈選別者〉の選別を通れる敵手だから。


「よお。誰なのかは知らねぇが、ガキのくせになかなかやるじゃねぇか、コムスメ」


「何しに来たのかしら? 迷惑だから早く消えてほしいんだけど」


「そりゃあ答えられねぇぜ。言わねぇって頼まれたんだよ。そしてどォせ死ぬ奴に言う意味もねぇだろ? オレが誰なのかわかんねぇはずだが……」


「獅子槍王ボロス・ラグランズ。安息領の最高幹部、安息八賢人の一員。八賢人でも最も暴力的で自信に満ちた男。貴方に対する情報はこれくらいで十分じゃない?」


「……なぁぜそれを知ってんのかはわかんねぇが、それを知るくせにこんなに堂々としたんかよ? なかなか面白ぇコムスメだぜ」


 ボロス・ラグランズ。


 ピエリ・ラダスと同じ、安息八賢人の一員。すなわち職位上ピエリと同級であり、力も同じだ。ピエリと同じく、限りなくラスボスに近いと評された強者だ。彼の自信には根拠があるのだ。


 今の私は年齢に比べると異常な強さを持っているけど、本来なら安息八賢人を相手にするほどではない。それも当然だろう。彼らはゲームの主敵だった安息領のトップだから。


 しかし、そこにはたった一人のがある。


「おい。何が面白ぇんだ?」


 ボロスは眉をひそめながら尋ねた。私の顔に浮かんだ微笑みが気に障ったのかしら。


「ああ、私は運がいいと思って」


「何だって?」


「当たり前じゃない。だって……」


 私は右手で栄光の剣を握り、左手には〈一つの星〉で作り出した強力な魔力剣を握った。


 口元にはボロスを挑発する笑みを浮かべて。


「安息八賢人でも一番奴が自ら来てくれたからね」


―――――


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