不穏な組織

「……『隠された島の主人』?」


 私は心から驚いた。


 知らない名前ではない。いや、むしろこの四年間、心に留めておいた名前だった。


 私が新入生だった頃に注目していた何人かの邪毒神たち。五人はゲームにいなかった新しい存在であり、一人はゲームにいたけど修飾語が違った存在だった。そして『隠された島の主人』はその修飾語が違う邪毒神だ。その名前を今さら聞くとは。


 四年間心に留めておいたけど、調査する方法があまりなくて放置しておいた。まさかこんな風に情報を得ることになるとは。


「何だよ、思い当たることでもあるか?」


 私の表情を見て誤解したのか、アルギスさんがそのような質問をした。


「いいえ、そうじゃありません。ただ……『隠された島の主人』はもともとそんな邪毒神だったのですの? アカデミーの授業でその神のことを聞いたことはありますけど、その時はそんな邪毒神だっての話はなかったようで」


「あ、名前くらいは聞いたことあるだろうな。そして……とても正確な指摘だぜ」


 アルギスさんの表情も一緒に真剣になった。そして彼の次の言葉は私の予想通りだった。


「もともとは他の邪毒神たちと同じだった。ほとんど名前が知られていただけだった。ところが、いつからか急にあいつに仕えるという信者が現れ始めた」


「いつからでしたの?」


「記録上では三年前から。ただ、その時はありふれた安息領分派程度として扱われていたらしいぜ。騎士団が奴らを安息領と他の組織と見なし始めたのは最近のことだからさ。もし三年よりずっと前からあった可能性もあるけど、騎士団が記録を分析して調べることができた期間は三年前までだぜ」


 確かに、邪毒神に仕えるのは基本的には安息領の特徴だから。それに小規模組織はどうせ安息領に吸収される場合が多いから、少し変わった主張をする人がいても注目はしなかっただろう。


 でもそんな存在感のない形で消える組織だったら、今さら騎士団が注目しなかっただろう。


「先ほど特別な対外活動がないとおっしゃいましたよね? それでも騎士団が彼らを安息領と区別して注視しているってことは……その特異な教理の他にも何かあったんですの?」


「気が利くね。そうだよ。半年くらい前に事件があったぜ。世間に公開されてはいないが、安息領の秘密アジトを一つ見つけて掃討したんだ。かなり奥地にあったし、一般人の往来もほとんどない所だった。ところで……騎士団が到着してみると、騎士団よりも先にアジトを襲撃して戦っていた人たちがいた」


「それがその組織だったんですって?」


「そう。もう一度言うけど往来もほとんどない所だったぜ。そして情報統制もちゃんとできてたよ。ところで、その組織はどうやって騎士団よりも先にアジトを襲撃したのだろうか?」


「……平凡に考えると、騎士団内部にその組織の信者がいるかもしれません。情報が漏れたと考えるのが一番合理的でしょう」


「そう。でも残念ながら騎士団内部に内通者は見つからなかった。まぁ、うまく隠したのかもしれないけどさ」


 騎士団に信者がいるのなら、それでもマシだ。情報を漏らしたのは問題のある行動だけど、その人を探して処罰すればいいから。しかし、もしそうでなければ……。


 ここからは直接聞いてみようか。


「騎士団ではどう判断していますの?」


「可能性を半分ずつ分けて見ている。情報流出の可能性もまだ高く見ているし……もう一つは奴らが自主的に情報を得た可能性だ」


「もし後者なら、どのような方法で情報を得たと思いますの?」


「さぁな。半年前のあの事件当時に奴らの中の一部を逮捕したんだ。とにかく無許可戦闘行為だからさ。あの時尋問した奴らはみんなこう主張したぜ。『我らは神様の啓示を受けて動いただけだ』……と」


「神様の啓示……。『隠された島の主人』が指示を出したということですの?」


「奴らの言い分ではな。本物なのか確認する方法がなくて、騎士団ではその発言自体は無視してたらしい。でも……個人的にはちょっと気になるんだ」


 気になる、か。私もその心には同感だ。


 神の啓示ということ自体は意外と珍しくない。邪毒神が特別な制約なしにこの世界に介入できる唯一の手段であるためだ。実際、安息領は何人かの邪毒神の啓示を直接受けている。


『隠された島の主人』の具体的な目的は不明だけど、彼らの教理が安息領との敵対である以上は何か理由があるだろう。ならば、本当に何か意図を持って安息領のアジトを教えた可能性もある。


 その時、黙って聞いていたロベルが口を開いた。


「そういえば、僕があいつらに会ったことがあるようです」


「え? 貴方が? どうやって?」


「正確にはお嬢様の寮の部屋に布教師が訪ねてきたことがありました。『安息領をこの世界で滅ぼすために私たちの神様の啓示に従おう』……とか言っていました。普通のインチキだと思って追い出したんですけれども。ちなみに騎士科の上級生でした」


「生徒たちにも思想が浸透したってこと? 思ったより影響力がかなりあるようだね」


 ゲームでは何もしなかった邪毒神がこれほど影響しているなんて。不安極まりない話だけど……啓示を下して人を集めているのなら、逆にその人たちを通じて情報を得ることもできるだろう。そう考えるなら、むしろ手がかりが勝手に私に来たのを好むべきかもしれない。


 私の表情を見たアルギスさんはニヤリと笑いながら口を開いた。


「やる気が出たみたいだね。よし、その勢いでよろしくよ」


「……よろしくお願いしますわ」


 どうせゲームでは今年は大きな事件は起きなかった。それなら、しばらくわき道にそれても構わないだろう。


―――――


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