安息領の村

【いくら考えても理解できないわよ】


[何のこと?]


 建物のドアを開けながら進んでいた私に、イシリンがまた話しかけた。


【そのオメガ実験って、あえて王都の人を捕まえる必要はないじゃない? どこか物静かの田舎で密かにした方が安全なのに】


[……それはそうだね]


 そもそもゲームでは王都周辺でこのようなことはしなかった。特にオメガ実験はイシリンが言ったように田舎で行われ、王都とその周辺はオメガ実験とは縁がなかった。


 そうだったのが急にこんなに変わった理由なら……。


【何か外部の何かが働いた、みたいなものかしら?】


[多分ね。誰の仕業かはわからないけど]


 今回もピエリ……というには曖昧だろう。可能性はあると思うけれど、物証どころかはっきりとした心証もない。何よりもゲームでは生物の範疇を完全に越えた存在が介入したりもした。たとえば邪毒神とか。


 そのような存在がこの時期に活動をしたことはなかったけれど、そもそも今の状況自体がゲームにはなかったイレギュラーだ。原因もまた、イレギュラーである可能性も排除できないだろう。


 一方、建物の中では突然入ってきた私を見て動揺が広がっていった。さっき全部出たと思ったけど、まだ残った奴らがいたようだ。


「貴様は誰だ!? 騎士団の奴らの仲間か!?」


「チクショウ、材料を早く運べ!」


 安息領の雑兵たちは動揺しながらも機敏に動いた。それぞれ武器を取り出し、ローレースアルファの群れを遅滞なく解放したのだ。一部は上の階に移動する気配もあった。その上の階に抑留されている気配は民間人だろう。


 魔力を見ても装備を見てもそんなによく訓練された奴らのようではない。それでも動揺する感じが少ない。むしろ、奴らの態度はすでに知って備えていたような気さえする。ここまで来ることも予想していたということかしら?


 ――紫光技特性模写『万壊電』


 閃光が鳴り、轟音が響いた。恐ろしい雷鳴のせいで雑兵たちの悲鳴など消えてしまった。恐ろしい雷電が建物全体を焼き払った。いや、焼くことを越えて建物を粉砕してしまった。


 上の階にいた人質は雷電のターゲットではない。それだけでなく、私の魔力で安全に守って地面に着地させた。おかげで誰も怪我をしなかった。


 一方、安息領の奴らは全員私の攻撃に食って倒れた。


 まぁ、できるだけ力を調節してくれたのに、これ一発で全部倒れるなんて。わざと死なないように調節したのに。


 それでも派手にやらかしてしまったのかしら。周りから安息領雑兵たちが集まっていた。


 建物は完全に壊れて粉になってしまい、雷電に焼かれてしまった建物跡に私と人質だけがぽつんといる状況。そしてこっちを包囲する敵たち。戦術的にあまり良い状況ではない。


 そして雑兵たちは私を見るやいなや一言も言わずにいきなり銃を撃った。


「みんなさん、大人しくしてくださいませ」


 人質たちに警告して結界を展開。奴らの魔弾を全部食い止めた。そして上空に数百本の魔力剣を展開した。


 ――天空流〈ホシアメ〉


 降り注いだ魔力剣が雑兵を襲った。


「ぐわぁ!」


「な、何だこれ、クエッ!?」


 魔力剣は奴らの命を奪わないところだけを正確に刺した。そして刺す瞬間魔力の鎖に変わって奴らを拘束した。一瞬にして周辺の安息領雑兵たちが無力化された。


 しかし、やっぱり村を占領した奴ららしく、雑兵たちは次々と出てきた。いや、村だけでなく、周りの山に隠れていた奴らまで全部飛び出してくるみたいだけど。


 奴らはローレースアルファの群れを前面に押し出し、後ろから銃を撃ち続けた。ローレースアルファたちと魔弾の弾幕が一気に降り注いだ。


 面倒な奴らだね。


 ――天空流〈月光蔓延〉


 もう一度乱舞技を展開してローレースアルファを全て殺し、雑兵の銃を正確に切り取った。奴らが動揺し始めた。


 こっちの奴らはプロトタイプ再現体は持っていないのかしら?


 そう思っていたけれど、奴らの向こうから怪しい動きを見せる奴らがいた。


「大人しくしていなさい!」


 ――紫光技〈奈落の鎖〉


 無数の魔力の鎖が現れた。鎖は瞬く間に雑兵を無力化した。でも怪しい動きを見せる奴らを制圧しようとした瞬間、突然遠くから飛んできた魔弾が鎖を弾き出した。


 狙撃手?


 鎖を弾くだけでなく、魔弾がずっと私に飛んできた。 どうやら狙撃手は一人ではないようだね。あまり大きな脅威ではなかったけれど、だからといって無視するには微妙に強い威力だった。


「ちっ」


 ――天空流〈流星雨〉


〈流星撃ち〉を雨のように連発する〈流星雨〉を四方に飛ばした。殺さないように威力を抑えたけれど、圧倒的な射程の突きが狙撃手をすべて無力化した。


 でもその短い瞬間、怪しい動きを見せていた奴らは作業を終えた。


「女、死にたくないなら消えろ!」


 奴らは魔物を閉じ込めた宝石を地に投げ、慌てて後ろに逃げた。


 投げられた宝石の数は二つ。その中から魔力が一瞬にして膨らみ、宝石の輪郭が急激に崩れた。魔物が解放される信号だ。


 その魔力を感じた瞬間、私は直ちに人質を守るための結界を展開した。


 ――紫光技〈ひとりぼっちの聖域〉


 四角い紫の結界が人質を一人一人包んだ。一人の人を保護するための最高の結界だ。安息領雑兵やローレースアルファ程度のレベルでは外部からは・・・・・破壊できない。


 残った雑兵たちもいつの間にか逃げていたけど、依然として周りに隠れている気配は感じられる。もし奴らが人質を脅かそうとしても、〈ひとりぼっちの聖域〉が守ってくれるだろう。


 ……しかし、今私の前から解放された魔物だけは、この結界を壊すこともできる。


 周囲に広がる重圧感。その正体は強大な魔力の気配だ。二つの宝石から解放された二匹の魔物が、今までで最も強力な魔力を抱いて私を睨んでいた。


 全体的な姿は今、村のあちこちで暴れているプロトタイプ再現体と似ている。でも体が家よりも大きかったあいつらとは違って、あの二匹はローレースアルファよりやや大きい程度の体に過ぎなかった。


 しかし小さくなった体格に比べて感じられる魔力ははるかに濃密だった。それだけでなく、まるで筋繊維の一つ一つに魔力を限界まで含んだように全身に魔力が脈打っていた。おそらく、ある程度の人間や魔物ぐらいは指一本でも撲殺できるのじゃないかしら。


 間違いない。四年前に殺したプロトタイプなどとは格が違う完璧なキメラ、ミッドレースアルファ完成体だ。それも二匹。


 それを確認した瞬間、すぐに魔力剣を捨てた。そして腰についた二本の剣を抜いた。イシリンの一部を使って作り出した『浄化神剣』レプリカと、父上が私に作ってくれた『栄光の剣』を。


 その時、息を呑む音が私の耳に届いた。


「ひ、ひぅっ……!」


 人質たちは私の後ろで怯えていた。


 戦えない民間人でさえ怯えるほど、完成体の魔力は膨大だった。多分あれ一匹が三、四匹のプロトタイプくらいは相手にしてもお釣りがくるのだろう。


 私は〈ひとりぼっちの聖域〉を更に強化し、奴らの気配を結界で中和した。そしてわざと声に力を込めて口を開いた。


「ご心配なく。あいつらはみんなさんに触ることすらできませんから」


 私の言葉なんかで安心させることはできないけど、少しでも安心できるように。


 ……人質たちにはすまないけど、これ以上は気にしてあげられない。そろそろミッドレースアルファたちも駆けつける態勢だしね。


 ミッドレースアルファは四年前相手にした不完全なプロトタイプなどより強力だ。それが一匹でもなく二匹。その上、安息領雑兵たちもまだ周りにいる。


 幸いなことに、雑兵たちがこっちと距離を置いているということ。おそらくミッドレースアルファを完璧にコントロールすることはできないからだろう。しかし奴らは遠くからでもこっちを見ながら状況を見守っている。いつどんな手段で干渉してくるか分からない。


 ……力を節約したり遊んでいる余裕はなさそうだね。


 判断を下した瞬間、私は決心して力を開放した。


 ――紫光技〈選別者〉


 その瞬間、私を中心に莫大な魔力が爆発した。


 紫光技の強力な魔力が体内を湛え、右目から紫色の眼光が噴き出した。そしてまるで鉄の塊が押し下げるような重圧感が周辺一帯を覆った。


 紫光技最高の身体強化であり、資格のない者は前に立つことさえ許さない極端な技。遠くから状況を見守っていた雑兵たちは〈選別者〉の威圧感に押さえつけられて倒れてしまった。


 でもミッドレースアルファは弱い雑兵とは違っていた。奴らは平気だった。いや、正確には私の存在感に刺激を受けたように好戦的な咆哮を上げた。同時に奴らの体内でも莫大な魔力が沸き上がり始めた。


 まるで肌に電気が流れるようだ。私が今まで生きてきて相手にしたすべての敵の中で最も強い魔力だった。……私の前で全力を発揮したことのないピエリを除いて。


 だけど……負けそうな気は少しもしない。


 そう思った瞬間、とても好戦的な笑みを浮かべてしまった。それを自覚しながら、私は奴らを挑発するように勢いよく叫んだ。


「かかってきなさい!!」


 私の言うことを聞き取れたのか、それともただ魔力に刺激されたのか。ミッドレースアルファたちは鋭く鳴き叫びながら飛びかかってきた。


―――――


読んでくださってありがとうございます!

面白かった! とか、これからも楽しみ! とお考えでしたら!

一個だけでもいいから、☆とフォローをくだされば嬉しいです! 力になります!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る