巻き狩り

 バルメリア王家の始祖武装、『覇王の鎧』。


 ケイン王子の天才性を証明する物でもあるけれど、実はゲームの攻略対象者五人と主人公のアルカはみんなストーリー後半に二つの始祖武装を全て発現する規格外のチートだった。そういう点で見れば、天才性の証としては大きな意味はないだろう。


 今考えてみると本当に呆れる。バランスを考えなさいよ、製作者たち。


【というか、それすらなかったらみんな死んでたんじゃないの? むしろ適切なバランスだったのかもしれないわね】


[そこ。こういうところでファクトで叩くなよ]


 冗談を言ったけれど、実際にゲームで起きた悲劇はそんなチート級の才能と力を持った主人公と攻略対象者たちにも手に負えなかった。むしろそのような力がなかったら、とっくにみんな死んでいっただろう。


 とにかく、今重要なのは始祖武装を発現した不思議さなどではなく、『覇王の鎧』そのものの能力だ。


「ここに貴方の魔力を入れてもらえますか?」


 ケイン王子は出来立ての魔力の玉を指差しながら言った。私は彼の言葉に従って『浄潔世界』の魔力を少し加工してそこに注入した。


 架空とはいえ、正確に言えば一種のダウングレードだ。浄化した邪毒を自然に還元せずに自分の魔力として受け入れるのは、ただ『浄潔世界』だけが持つ能力だから。それがバレてしまえば私の特性が『浄潔世界』ということも明らかになってしまうので、隠すためにはダウングレードが必須だ。


 しかし、ケイン王子はわざとダウングレードした魔力を受けたにもかかわらず、むしろ感嘆した。


「ほう、確かに純度がとても高いですね。正直、これくらいだとは思いませんでした」


 当たり前でしょ。『浄潔世界』は名実共に世界権能だもの。ダウングレードを少ししたからといって、レベルが大きく下がるわけではない。


 一方、ケイン王子は魔力の糸を大量に伸ばした。糸は瞬く間に村全体を覆った。その糸を基点に目に見えない力場がまるでドームのように村を丸ごと覆った。ものすごく巨大な結界だ。


 彼は私が提供した魔力を結界に注入して口を開いた。


「貴方は独特ですね」


「はい? 急にどういうことですの?」


「普通は自分の魔力を借りると頼まれるなら、どこに使おうとしているのか気になることもありますから。ところで貴方は一言もしないじゃないですか」


「大体何をするか予想されますからね。それに殿下が変な目的で使う御方でもないでしょうし、たとえ変な目的があったとしても浄化の魔力を悪用する方法なんて思いつきませんよ」


「予想ですか。それも前に言ったあれですか?」


「これくらいは普通の予想なんですわよ」


 何でも未来の情報につなげようとしないで、このご都合主義王子め。


 彼が何をしようとしているのかは言った通り大体予想できる。恐らく浄化の魔力を結界に混ぜて浄化結界を展開しようとしているのだろう。


 浄化結界はただ内部の邪毒を浄化するだけだけれど、浄化が起きる位置を把握することができる。そして安息領は邪毒神を崇拝する奴ららしく、邪毒と関連した物を非常に多く持っている。


 すなわち巨大な結界を広げて浄化が多く起きる地点を特定すれば、そこに安息領のアジトがある可能性が高い。おまけに安息領が持つ邪毒魔道具のようなものを無力化し、戦力損失まで引き起こせるので一挙両得だ。


【それにしてもすごく単純な方法だね。効果は確かだけど、あんなに巨大な浄化結界を展開するには必要な人数が一人や二人ではないはずなのに】


[だからケイン王子本人が直接乗り出したのよ。結界は彼の……いや、バルメリア王家の得意だから]


 そう。王家の開祖である始祖バルメリアは最高の結界師だった。彼が駆使した数多くの結界術は今も続いており、『覇王の鎧』は世界最強の結界強化魔道具だ。


【結局王子がいないとこんなに簡単に使えない方法ってことでしょ? 王子が毎回助けてくれるわけにもいかないしね】


[それはそうよ。そもそも区域をこの程度でも特定しないと魔力効率がすごく低いから]


 イシリンとそのような対話を交わしている間、結界内部に魔力が激しく揺れ動く地点が感じられた。 同時に、騎士たちの報告が飛び込んできた。


[報告! 北西区画から大量浄化が発生した家屋を確認! 直ちに該当家屋を包囲します!!]


[報告! 南東区画から浄化が確認されました!]


[報告! 村の中央から――]


 そんな感じであちこちから報告の思念通信が続々と入ってきた。


 ……何かおかしいわね。


「ケイン、これは……」


 ケイン王子はジェリアの言葉に不快そうに眉をひそめながら頷いた。


 村のあちこちで邪毒陣や邪毒魔道具の浄化反応が観測された。いや、ぶっちゃけに言えば村全体ですごく感じてる。だからといって民家から反応が出るわけではなく、まるで村全域の地下が占領されたような感じだ。


 あれ? ゲームでこの村のアジトがこんな感じだったっけ?


 私が一人で混乱している間も、状況は勝手に動いていった。


[ここはノーカード。浄化反応のある区域の一部で不審な気配が感知されています。高い確率で安息領の奴らの動きだと推測されます]


[予定通りだね。全騎士隊は事前に樹立した作戦通り直ちに行動を開始するように。安息領を一人も逃すな]


[は!]


 騎士たちは命令を受けるやいなや瞬く間に村に突入した。村を包囲することもなくここで直ちに行われた突入だったけれど、村の内部で陣形を展開して全域を封鎖するまで五分もかからなかった。やっぱりすごいわね。


 続いてケイン王子は私たちを振り返り、直接話した。


「安息領の隠れた区域が思ったより広いですが、それ以外は予定通りです。安息領の奴らに慈悲を施す必要はありませんが、罪のない住民たちには害が及ばないように注意してください。では突入しましょう」


 我々の誰も、直接突入しようとするケイン王子を阻止しなかった。そうする必要も、意味もないから。


 結界の中に飛び込むやいなや見えたのはあちこちで戦闘中の安息領雑兵たちと騎士たちだった。


 進行が早い。騎士たちの行動が早いのは当然だけれど、安息領雑兵たちもあちこちで騎士たちを迎えて戦っていた。さらに、一部では早くもローレースアルファの姿まで見せた。


 まさか視察情報を前もって知って……!?


 一瞬そう思ったけれど、もう一度見たら違うようだ。安息領雑兵たちの顔に浮かんだ感情が戸惑いだけだったから。


 しかし、奴らの熟練度は本物だった。


「チクショウ、急に何だ! しょうがない! 戦え!!」


 団結して戦っていた集団から、一人の中年男性がそのように叫びながら飛び出した。そしてその勢いで我々の方に突進してきた。正確には先頭にいたケイン王子へ。


「貴様が指揮、くあ!?」


「貴様がここの統率者なのか?」


 男は剣を振り回したけれど、ケイン王子は平気で腕を伸ばして剣を壊し、男の口をつかんだ。そして彼の頭を容赦なく地面に打ち込んだ。くあっという悲鳴すらケイン王子の手に押しつぶされた。


「答えろ。貴様が統率者なのか? そうでなければ統率者はどこにいる?」


「くっ……どうせ貴様は見つけな……」


「答えなければ用はない」


 男は瞬く間に拘束結界に閉じ込められた。それだけでなく、彼の周りにいた安息領雑兵たちの足元から魔力の糸が飛び出し、奴らを串刺しのように刺した。そして糸を中心に発生した力場が奴らの動きを完全に奪ってしまった。


 結界の糸をピンポイントで拘束用に使うだけでなく、これだけの大人数と範囲を対象に同時に使うなんて。やっぱりケイン王子と『覇王の鎧』の力は本物だ。


 もちろん私たちも遊んでばかりではなかった。そもそも休んでいるほど状況が暇でもなかったから。それだけ安息領雑兵たちはまるでウジが涌くように絶えず飛び出してきた。


「ちっ、この小さな村のどこにこれくらいの人数が隠れていたのかよ?」


「姉君、問題はそれではありません。住民たちが……」


「ボクも知ってるぞ!」


 フィリスノヴァ姉弟の言う通りだ。


 安息領雑兵は非常に多いけれど、それに比べて住民たちはどこにも見えなかった。隠れていて出てこないなら大丈夫だけど、問題は住民と見られる魔力の気配自体がない。


 ……いや、違う。ないわけじゃない。


「あれは……」


「ふむ? テリア、どうした?」


「お嬢様? どうされましたか?」


「あっちの魔力の気配を見て」


 それぞれ私が指した所を振り返った。その中でもトリアとジェリアが一番先に眉をひそめた。


「なるほど。確かに」


「テリア、あれまさか……」


「私もそう思うわよ」


 ロベルも少し遅れたが気づいたかのように表情が険悪になった。でもそんな三人とは違って、ジェフィスはよくわからないように首をかしげた。


 私が説明する前に横から割り込む声があった。ケイン王子だった。


「民間人に見える気配が一つの建物に集まっているね。数はこの村の住民よりも少し多い。多分村の住民たちと拉致された人々を一つに集めておいたようだけど」


 いつになって話を盗み聞きしたのよ、この人。


 彼はジェフィスに説明した直後、思念通信で騎士に命令を下した。十人隊四隊ほどが素早く動いてそちらに向かおうとした。しかし騎士たちの動きが変わると、安息領の奴らも何かを感じたように抵抗が激しくなった。


「邪魔するな!」


 ケイン王子が号令して手を振ると、周辺にいた雑兵たちとローレースアルファたちが全部彼の結界術で拘束された。


 やっぱりケイン王子だね。多数の雑兵を非殺傷で制圧する能力だけは最強に等しい。だからといって弱者にだけ強いのではなく、強者にも強いというのが彼の恐ろしい点だ。


 しかし安息領雑兵たちも素直にやられてはいない。


「チクショウ! 大事にしている場合じゃない! 全力で奴らをやっつけろ!」


 指揮官のように見える男がそのように叫ぶと、安息領雑兵たちの空気が一気に変わった。


 これからが本物だよね。


―――――


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