覇王の鎧

 魔道車と魔道バイクの速度は相当なレベルだ。


 地面から低く浮かんだ状態で動くことができ、その気になれば空まで飛び回ることができるので障害物も意味がない。しかも地面と接触しない分、速度自体が速い。前世の単位でいうと、カタログスペックの最高速度が時速七百キロぐらいだったのか。


 もちろん今はその最高速度の半分にも満たない速度だけれど、前世の新幹線並みにはなる。……実際に新幹線に乗ったことはないけど。


 新幹線どころか、現世の公爵令嬢としてもこの速さは初めてだ。魔道車自体は結構乗ってみたけど、こんなに速度を出す理由がなかったからね。


 まぁ、車に乗ったのではなく、自分で飛ぶのなら、これよりずっと早くもできるけどね。


 実際、速度より印象的なのは騎士たちの隊列だった。私たちを乗せた魔道車に百人隊二隊のすべての隊員が各自搭乗した魔道バイクまで、これほどの車両を運行しながらも隊列が少しも乱れなかった。まるで全体が一体のようだ。


「速さがすごいのに隊列がすごく安定的ですわね」


「魔道バイク運用は重要な素養の一つですからね。訓練のレベルもかなり高いです」


 うっかりこぼした言葉にケイン王子が答えてくれた。


 確かに運行自体はとても安定していて、訓練の成果が如実に感じられて好き。


 ただ……この速度自体が大丈夫なのか、少し疑わしいんだ。


「ところで大丈夫ですの? この速さなら到着する前までは周りをきちんとチェックするのも難しそうですけれど」


「お察しのことと思いますが、ターゲットはあくまであの村です。行く道まで気にする必要はないでしょう」


 やっぱりそうよね。どうせ今疑わしいのはその村自体だから、できるだけ早く到着してアジトを急襲することだけに集中するということだね。


 そのように速度を上げたおかげで、時間はあまりかからなかった。すぐに目的の村周辺の山が目に見え始めたのだ。一般の人ならまだ見えないほど遠い距離ではあるけれど、その距離もすぐ狭まるだろう。


 その時、突然隊列全体を魔力の幕が包み始めた。感じられる特性は……隠蔽か。村にいる安息領の奴らにバレないための工作だろう。速く移動する集団全体に被せられた隠蔽膜なのに、かなり安定している。


 やがて山に到着し、比較的低い部分を早く飛び越えると村が見えた。視察団は村が見えるけれどまだ距離が少し離れた所に止まった。


 私は最初に魔道車から降りたケイン王子の後を継いで車から降りた。


「ここから歩いて行くんですの?」


「その予定ですが、その前にやることがあります」


 やること? それは何だろう。


 騎士たちが隙間なく周辺を警戒する中、ケイン王子は魔力を糸のように薄く抜いて村に伸ばした。無数の糸が瞬く間に村のあちこちに広がった。でも途中から目に見えなくなり、魔力の気配も薄くなった。多分一般的な安息領の雑兵ぐらいなら絶対に感知できないだろう。


 あの魔力の糸は一種のセンサーだ。糸が敷かれた場所周辺のあらゆる情報をケイン王子に伝えるセンサー。恐らく今頃、彼の頭にはあらゆる情報を網羅した地図が3Dで描かれているだろう。このような広域捜索の精度だけは私すらも彼に勝てない。


 ……直接戦えばもちろん私が勝つけど。事実よ事実、負けん気じゃないわよ。


 しばらくそのように情報を確認した後、ケイン王子が口を開いた。


「怪しい空間がいくつかあります。あの村に安息領と関連したものがあれば、恐らくこれらの場所が候補地になると思います」


「中に何があるかは確認されましたの?」


 私の質問にケイン王子は微笑んで首を横に振った。


「探知を妨害する結界があって探せませんでした。でも、こういう小さな山間部にそういうのがあるということ自体が怪しいですよ」


「もっともだな。それでどうする? このまま攻め込むのか?」


 ジェリアがそう尋ねたけれど、ケイン王子は今度も首を横に振った。そして突然魔力を大きく高め始めた。


 莫大な魔力が揺れ、まるでお腹の中に鉄の塊が入ったように重い重圧感が周辺に広がった。肌がぴりぴりする。ややもすると隠蔽膜を突き破って気配が漏れるほどだったけれど、ケイン王子自身が隠蔽膜を強化してそれを防いだ。


 かなり突然の行動だったけれど、騎士たちはすでに想定されたことのように平然としていた。ケイン王子の視察に同行した経験のあるジェリアとジェフィスも同じだった。ロベルとトリアだけは警戒するように体を固めたけれど、私が大丈夫だという意味を込めて手招きすると力を抜いた。


 実際に見るのは初めてだけれど、大体彼が何をしようとしているのかは予想がつく。


 やがて莫大な魔力がケイン王子の体を包んだ。そして彼の首の下を完全に包む鎧に変わった。


 王子が使うものにしては少しごつい鎧だった。装飾もほとんどなく、隙間はほとんどなかったけれど、その代わり少し重く見えた。形状だけは素敵なロボットのように見えるけれど、あまり指揮官が着るような物ではなかった。


 しかし、その鎧に内在する魔力だけは圧倒的だった。眺めるだけでも覇気に押されるような感じがするほど。その魔力量と圧倒感は……リディアが見せてくれた『武神の指輪』と同級だった。


 ケイン王子は私を見て、小さく微笑んだ。


「やっぱり驚かないんですね」


「殿下のそれは有名ですから」


「それでも普通は直接見るとたくさん驚く方なんですけど」


「ご心配なく。それなりに憧れはありますからね」


 ケイン王子は苦笑いした。しかし、私の立場ではあまり驚くことではない。それでも私の平然たる態度に反対に驚く彼の心は理解できる。




 なぜなら、その鎧こそバルメリア王家の始祖武装である『覇王の鎧』だから。




 王家と四大公爵家の始祖武装は家ごとに二つずつ存在する。『覇王の鎧』は王家の始祖武装の一つだ。さらにゲーム設定によると、ケイン王子があの鎧に覚醒したのはなんと八才の時だった。ゲームより早く覚醒したリディアの十三才さえ歴史的な記録だけれど、ケイン王子に比べればどうしても色あせる。


 そんな考えをしていた私にケイン王子が再び話しかけた。


「そういえばテリア公女、特性が浄化系とおっしゃいましたよね?」


「ええ、そうなんですけれども」


 一応返事はしたけれど、多分本当にわからなくて聞いたのではないだろう。


 もちろん私の特性が『浄潔世界』ということは王家にも秘密にしてほしいと父上に頼んだ。多分ケイン王子もそこまではわからないだろう。しかし、非常に強力な浄化能力というのは報告が入っていた。


「貴方の魔力、少しだけ貸してもらえますか?」


「魔力を?」


「はい。ちょっと使うところがあります」


「浄化が必要なのであれば、現役の騎士さんに助けを求めた方がいいのではないでしょうか?」


 当然だけど、今この場にも浄化能力を持った騎士ぐらいはいる。そもそも邪毒神を崇拝する集団である安息領を攻撃する予定なので、邪毒に対抗する浄化能力を持たないのがむしろおかしい。あえて私に頼むほど近い間柄でもないし。


 私の言葉にケイン王子は「ああ、ありますが」と話し始めた。


「しかし残念ながら、貴方のものほど強力な特性はありません。特に浄化系はいくら修練や経験を積んでも、同じ魔力量のときの浄化効率は特性の優劣のみに決まりますからね。今必要なのはできるだけ強い浄化力です」


 何を言いたいのかはわかるけど、それいいのかしら?


 端的に言えば、まだ生徒である私の能力を騎士たちの能力より高く思うという意味だ。その判断の正しさはさておいても、騎士たちを率いる立場である王子が言っても良いことではない。


 しかし、単純なミスでそんなことを言う人ではない。そして騎士たちも平気だった。むしろ周辺に配置された騎士たちの神経が周りよりも私に集中した感じさえする。


 ……なるほど。そういうことだね。これも私に対する試験の一環なのか。


 こんなことまでいちいち暴こうとは、正直そんなに気分がよくはない。しかし、ケイン王子がこのような人だということはすでに知っていたし、彼がこれから何をしようとしているのかも大体予想はつく。断ったって利益もないし、断る気もない。


 ……ただ、一人で嫌いなのは私の自由だよ。前世の私が〝攻略対象者ケイン〟を嫌っていた理由の一つもこれだったし。


 でもまぁ、別に私がケイン王子に攻略されたりする立場でもないから、私の好感度くらいは落ちても構わないじゃない? 必ずしも私の好感度が高くてこそ彼の協力を受けることができるわけではないから。


 うん、そういうことにしよう。


「ええ、そんなことなら構いません。いくらでも協力しますわ」


「ありがとうございます。少々お待ちください」


 ケイン王子は再び顔をそむけて魔力をさらに高めた。


 その間、イシリンが声をかけてきた。


【あいつ、貴方がどうするか見ようとしてるのよね?】


[多分私の能力に対する確認と、私が何か不穏なことをしないか見ようとしているのだろう。まぁ、たとえ私にそんな考えがあるとしても、こんなところで堂々とバカなことはしないけどね]


【そんなバカかどうかを確かめようという目的もあるだろうね】


 それはそうかも。


 とにかく、ケイン王子が準備を終えて私の魔力まで借りていけば、いよいよ本格的なスタートだ。


 どうなるかはわからないけれど、もし村の中に安息領の奴らがいたら……どうか敗北を直感して大人しく出て地に頭を突っ込むことを願うわよ。


 実際にそうするはずはないけどね。


―――――


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