ジェフィス
「うわー! ならジェフィス様はもう卒業後に騎士団入団が内定したんですか?」
「すごいです。リディアはまだどこへ行くのか見当もつかないのに」
「はは、半分くらいは後ろ盾ですよ。それに姉君に比べると僕は何でもないです。姉君はむしろ六大騎士団全体が目をつけていて内定をもらえなかったんですから」
「あっ! それお姉様も同じです! スカウトの話が毎年出ているんですよ!」
「ふふふ、テリアもすごいですよ」
「楽しみですね。姉君がそんなに褒めていた御方ですから、きっとすごいでしょう」
そんな会話を聞きながら、私は少し苦笑いしたい気持ちでお茶ばかりすすった。隣ではジェリアも私と同じ表情で見守っている。
アルカとリディアはさっきからテンションがすごく上がっていた。どうやら男性とこのように話を交わすこと自体が初めてだからかしら。それにジェフィスはイケメンで性格も良く、ジェリアの弟なので親しく接することができる。どこかの腹黒な王子様とは違う。
そんな中、私は会話には入れないままジェフィスのことを考えていた。
ジェフィス・フュリアス・フィリスノヴァ。現フィリスノヴァ公爵の子供たちの中で末っ子であり、兄弟姉妹の中で唯一ジェリアと仲が良い子だ。末っ子といっても私と同い年だけどね。
イケメンで才能も姉のジェリアほどではないだけ、なかなかの優秀な人。それに友人のケイン王子と違って、まっすぐで優しい人なので『バルセイ』の女性プレーヤーの間では人気も高かった。彼が攻略対象者ではないということを多くのプレーヤーが嘆いた。
……他人事のように言ったけれど、実は前世の私もそんなプレーヤーの一人だった。
でも彼にはたった一つ、攻略対象者になるには致命的な欠格事由があった。いくらイケメンで性格が良くて能力が優れていても、一応
そう、ジェフィスはゲームストーリーが始まった時点ではすでに故人だった。
『バルセイ』のプロローグを基準に一年前、つまりこの現実では来年発生するある事件。その事件でジェフィスは人々を救うために必死に戦った。
その結果、彼は人々を守ることには成功したけれど、代わりに彼自身が息を引き取ってしまった。そのことは姉のジェリアと友人のケインだけでなく、攻略対象者全員に拭えない大きな傷を残した。
……そして彼の死を引き起こしたのが、誰でもなく私だ。
事件そのものを私が起こしたわけではない。しかし、私が暗躍したせいで事件はさらに難しくなり、その結果ジェフィスが死んでしまった。おまけにそのことのせいで攻略対象者たちが私を本格的に憎悪するようになった。つまり、彼の死は様々な意味で重要なキーポイントだ。
ゲームの内容ではあるけど、彼の死に責任があった私としては、彼が再びそのように横死するように放っておくことはできない。
幸いなことに、来年の事件の最も有力な原因は、私が入学初年度に捜し出して無力化させた邪毒陣だという点だ。その邪毒陣が本当に原因であれば、事件が発生する可能性を一度は遮断したということになる。
もちろん首謀者であるピエリは依然としてアカデミーにいるし、邪毒陣が本当に原因であるか確証がないので注意は続けているけれど。
もちろん、最も直観的な方法はジェフィスをゲームより強くすることだ。でもそれを誘導することは容易ではないのよ。
「テリア様?」
しまった、一人だけ考え込みすぎたようだ。ジェフィスが心配そうな目で見ている。
「何かあったんですか?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと考えることがあったんですの。もう大丈夫ですわ」
それでもジェフィスの表情はそのままだった。安心させようとする嘘だと思ったのかしら。
傍で見守っていたジェリアが支援射撃をしてくれた。
「大丈夫だ。こいつはいつも考え込んでるんだぞ。いちいち心配しても損だぞ、損」
「それなら良かったのですが」
うむ、それでも何か気まずいみたいだね。放っておけば私も気まずいけど、いっそ話題を変えてみようかしら。
「卒業後に入団が内定していると言いましたよね? ジェリアの弟君でもあるので、ジェフィス様も実力が優れているでしょうね」
「姉君に比べるとまだまだです。それより敬称をつける必要はありません。僕のことは気楽にジェフィスと呼んでください」
「本人はきちんと〝様〟をつけながらですの?」
「あ……はは、すみません。癖なので。それでもテリア様は名声のある方でもありますし、僕とは違って爵位を引き継ぐ可能性も高いですからね」
私はそんなことをいちいち問うのが嫌いなんだけど。この国が爵位継承に性別を問わない気風でもあり、私に男兄弟がいないからそうなっただけよ。
「名声なんて、大げさですわよ。とにかくジェフィス様も敬称を外してくださらなければ、私も外しません」
「うむ、分かりました。それでは気楽に呼んでください、テリアさ……テリア」
よし。どうせならこの勢いで親しくなろうよ。
それにしても爵位か。考えてみれば私の目標は『バルセイ』に出てきた災いと悲劇を防ぐことであり、それらは全て私が二十才になる前に出てくる。そこにだけ気を取られて、後のことは考えたことがなかったわね。
……まぁ、実際に引き継ぐことはないけど。
【……】
[イシリン、言いたいことがあるならちゃんと言って]
【いや、何も】
くだらないわね
こいつ、三年間こんなことが多い。何か言いたいことがあるような気配なのに、いざ聞いてみれば何も言わない。一体何をしたいのだろう。
それより話が変なところで途切れそうだ。アルカとリディアが割り込む前に、もう少し足を踏み入れてみようか。
「それにしても、貴方はなんで騎士を目指すのですの?」
「理由……そうですね。明確にこうだから騎士にならないと! って思ったことはありません。ただ、僕には能力と環境が整っていて、それで人々を助けることができればと思ったことがありました。多分その延長だと思います」
「あら、見習うべき心構えですね」
「褒めすぎです。そういうテリアも人を全力で助けると聞きましたが?」
「私はただ自分の持つ力を有意義に使いたいだけですわ」
というか、意味のあることをしようと力をつけるんだけどね。ジェフィスもゲームで描写された通りなら私と同じだろう。
「ジェフィスも同じでしょ?」
「そうですね。ただ、まぁ……姉君に比べるとやはりいろいろ足りない部分があるんですけれども」
あら、これ私が望む方向に話を誘導できそうだけど?
私が話を持ち出す前にジェリアが先に出た。
「心配いらないって言っただろ。君はもう強いぞ。本当に不安なら一緒に修練でもしよう」
「修練なら、いつも姉君が教えてくれるじゃないですか」
「それじゃなくてボクたちと一緒にな。みんなで一緒にやることがあるぞ。ボクもかなり助けてもらった。それに……」
ジェリアはフォークでケーキを一口食べて、フォークで私を指差した。
「こいつ、まだボクより強いんだ。こんな奴がいるのはかなり役に立つぞ」
ナイス、ジェリア!
私が先に話を持ち出すと流れに乗るのが難しくなるけれど、私の代わりにこちらの方向に話を整理してくれれば私はいい。
「いらっしゃるなら私もいいですよ。一緒に修練する人は多いほどいいから」
「それはいいと思います!」
ジェフィスよりもアルカが先に声を上げて賛成し、リディアも頷いた。よし、もっと追い詰めろ!
「招待していただけるなら僕は嬉しいです。それではお世話になります」
よし、ジェフィスGET!
来年の事件が本当に起こるかは定かではなく、なるべく起きないのがベストだ。でも、それが自分勝手にできるわけではないから、万が一起きた時のための保険をかけておいた方がいいだろう。
当然だけど、一番の保険はジェフィス自身が強くなることだ。彼の死は根本的に一人で戦って耐えられなかったのだから。そういう意味で彼をめちゃくちゃにして強くしてあげたい。
「うふふふ……」
「テリア、テリア! 変な笑いが漏れているの」
「あっ……ごほん。どうぞよろしくお願いします、ジェフィス」
「よろしくお願いします。ただ、僕が役に立つかどうかはよく分かりません。姉君から聞いたところ、貴方たち全員が僕より強かったようですが」
「大丈夫です。みんなで強くなる方が人を守るにもいいでしょ。そして一緒にいれば十分強くなれます。強くならないといけませんし」
「……?」
ジェリアは突然奇妙な目で私を振り返った。なんでだろう? 何か変なことでも言ったのかしら?
「どうしたの?」
「いや……何でもないぞ」
何よ、何かおかしいんだけど。後で個人的にまた聞いてみよう。
とにかく、そんな感じで会話が熟しつつあるところに近づいてくる人がいた。ケイン王子だった。
「遅くなって申し訳ありません。王族としてアカデミー学長との面談が慣例ですので」
彼は照れくさそうに笑いながら、自分で空の椅子に座った。
……あれ。ジェフィスやジェリアの隣も空いているのに、なぜ私の傍に?
「楽しそうですね。私も割り込んでもいいですか」
至近距離から王子様スマイルが放たれた。それもピンポイントで私に向かって。アルカとリディアは隣で目を輝かせたけれど、私は全然そんな気じゃなかった。
うわぁ、この野郎、急に気持ち悪い。
反射的に気持ち悪い表情が出そうとするのをかろうじて我慢し、何とか営業スマイルを作って応対した。
……イシリンが女子力が何だかんだとツッコミする気がするけど、気のせいだとしよう。
―――――
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