ロベルとトリア

 ――数分前。


 お嬢様の傍から離れて執行部員として警戒する。


 難しいことはないが、お嬢様と別々に動くのがあまり気に入らなかった。


「ロベルって言ったっけ? なんでそんなに膨れている?」


「少し緊張したんです。どうしてもこういうのは僕も初めてなので」


 執行部員の先輩の言葉に適当に答え、北門をもう一度見た。


 アカデミーは目に見えない結界で徹底的に保護され、出入り口はこの北門を含めてたった四つだけだ。許可されていない者の出入りを防ぐのはここも同じだが、少なくとも出入りの余地があるという点で各出入り口は最大の警戒対象だった。お任せいたたく


 特にこの北門はお嬢様が直接僕に任せた場所だから、恐らく何かが起きる確率が高いだろう。


 ……お嬢様は大丈夫だろうか。


 突然魔道具を見つけたようだとおっしゃった時は驚いたが、直接行くとおっしゃった時はそれ以上に心配だった。


 その邪毒陣を設置したのがどこの誰なのかは分からないが、もしかしたらまだアカデミーの中にあるかもしれない。それなら自分を邪魔するお嬢様に逆に危害を加えるかもしれない。もちろん堂々とそんなことをする可能性は少ないが、全然ないとは言えない。


 そしてお嬢様はどうやっていろんなことを知ったのだろうか。


 公爵閣下の指示があったと聞いたが、そんな気配は感じられなかった。 こう見えても、僕もトリア姉貴も公爵家の情報と完全に断絶したわけではない。しかし公爵閣下の情報網がアカデミーで何かを捉えたという話は聞いたことがない。


 まぁ正直、結局お嬢様が何を知ってどんな目標を持っているのかは重要ではない。僕がすべきことは、お嬢様を守ってお嬢様の志を叶えることだけ。


 しかし、お嬢様の目標がお嬢様の安全を脅かすなら、僕はどちらを選べばいいのだろうか。


「ロベル、何をそんなに夢中だ?」


「お嬢様のことが心配で。……あ」


 僕の言葉に先輩がニヤリと笑った。……しまった、思わず素直に言ってしまった。


 案の定、彼は僕の言葉を食い下がってしまった。


「へぇ? 美しいお嬢様の傍が恋しい?」


「いいえ。いいえ、それはそうですが、とにかく先輩が考えているようなものではありません」


「俺が思うようなことは何?」


 ムカつく。初対面のくせに煩わすな。


 気持ちとしては一発殴りたい。しかし相手は僕より先輩にすぎない平民。個人としては殴っても懲戒されて終わるだけだが、お嬢様の執事としては懲戒などとは比べ物にならないNGだ。僕の行動は僕だけの責任で終わるわけではないから。その上、私は単純にお嬢様を仕えるだけでなく、いろいろな仕事をする者なので人脈のためにもここでは我慢しなければならない。


 幸いなのか不幸なのか、僕が我慢しなければならない時間はすぐに終わった。


「先輩、あれ」


 僕の声が真剣になったのを感じたのか、先輩は僕が指した所を振り向いた。振り向く直前まではずっとヘラヘラしていたが、僕が指したのを見た瞬間すぐに表情が真剣になった。……少し感心したのは秘密だ。


 誰かが北門の向こうから近づいていた。真っ黒なマントと頭巾で全身を覆っていて外見は分からなかったが、少なくとも体格がとても大きいことだけは確かに感じられた。北門の警備隊も彼を確認し、警戒態勢を取った。


 その姿を見た彼は、頭巾の下にかすかに見える口を大きく歪めて笑った。


「あの服、安息領特有の服だと思う。早く報告を……」


 先輩が口を開いたが、話を終える前に怪しい者がどこからか長い槍を取り出して突いた。


 その単純な動作だけで、まるでガラスが壊れるような音と共に北門の結界に巨大な穴が開いた。


「わっ?!」


 強力な嵐が吹き荒れて体を支えることも難しかった。その上、強力な破壊力のため、北門自体も壊れて破片が飛び散った。


 警備隊は……!?


 幸い警備隊は大きく押し出されただけで、全員大きな負傷はなかった。それぞれ魔力で防御はしたが、それ以前に相手の目的が結界を破ることだけだったおかげもあるだろう。


 実際、彼は一撃で穴を開けてすぐに振り向いて離れてしまった。警備隊は彼を捕まえようとしたが、瞬く間に姿を消した。


 しかし安心する余裕はなかった。結界の穴の周りから彼のような服装をした人々が無数に湧き出て、穴から侵入したのだ。そうなると警備隊も不審者を追撃する余裕なんてなくなってしまった。


「部長には俺が報告する! お前も一応オステノヴァ公女に連絡をしろ!」


 先輩はそう叫んでから剣を抜いて僕の前に立った。一応横目でそれを確認してすぐにお嬢様に連絡した。


「ロベル! 安息領の奴らのマントに認識阻害機能があるんだ! 逃したらどこに隠れるか分からないから注意しろって!」


「はい! そして僕も防衛に参加します!」


 お嬢様との通信を終え、トリア姉貴にも短く状況を伝えた後、そう言ったら先輩は難色を示した。多分僕がまだ幼い一年生だからだろう。


「なるべくお前は後方支援を、おおっと!」


 安息領の怪漢が先輩に突進した。しかし先輩は落ち着いて退いて攻撃を避け、逆に剣を振り回した。そして攻撃が防がれるやいなや魔力を爆発させて敵の剣を弾き飛ばし、すぐに胴体を斬った。


 ほぉ、なかなかだ。


「ちっ! 浅い!」


 先輩の言う通り傷は浅かったが、相手は再び飛びかかる気配がなかった。奴はかえって後ろに下がってから胸から小さな宝石のようなものを取り出した。そしてそれを地に投げつけてそっと呟いた。


「解放」


 低く陰気な声。まるでそれに呼応するように宝石から光と魔力が噴き出し、突然中から魔物が飛び出した。


「わっ?!」


 戸惑いながらも正確に剣を振り回す先輩。しかし魔物は硬い。魔物の後ろから安息領の怪漢まで武器を再び握った。


 仕方ないね。


「先輩、どいてください!」


 前に突進して拳に魔力を集中させた。


 狙いのは真ん中。魔物が咆哮して僕に振り回す腕を適当に避け、魔力たっぷりの拳をまっすぐに突き出した。


 ――極拳流〈一点極進〉


 パンチに耐えられなかった魔物はそのまま爆発するように粉々になって散った。先輩が息を呑み込み、安息領の怪漢が動作を止めた。慌てた奴の腹部を蹴飛ばして意識を奪った。


「つ、強いな」


「お嬢様をお迎えするには、これくらいは基本です」


 周りを見回すと、すでに今のような魔物があちこちで暴れていた。幸い一般生徒の被害はまだないようだが、難戦になってしまって今後どうなるかは分からない。


 それより魔物たちの容貌が少しおかしい。


 本来、魔物は邪毒に侵食された動植物が歪んだ存在であり、歪んではいたがある程度一定の原本を垣間見ることができる。しかし、今現れる奴らは見た目が独特だというか、ごちゃごちゃだった。まるで合わない部品を無理やり組み立てたようだというか。例えば今僕が倒した奴はオオカミの頭にゴリラの腕、鷲の足、そして蛇のような尻尾を持った怪獣だった。


 その上、見た目だけが変なのではなく、肌の硬さも感じられた魔力も普通の下級魔物よりは明らかに強かった。


 もしこれよりもっと強い奴らがお嬢様のところに行ったら……。


 いや、僕も一撃で倒せる奴らを相手にお嬢様がどうなるわけもないし、もっと強い奴がいてもやられることはないだろう。それに、なによりも……。


 そこにはトリア姉貴がいるから。




 ***




 ――極拳流〈一点極進〉


 拳が噴き出した巨大な衝撃波が魔物十数匹を一度に粉にした。


「ば、バケモノめ……!」


「バケモノを組み立てておいた奴らが何を言ってる」


 生意気なことを言った奴を蹴飛ばして気絶させ、後ろから飛びかかった魔物の攻撃を躱して頭をつかんだ。そのまま握力だけで頭を潰すと、奴は血を噴き出しながら倒れた。


 しかし、その首がうごめくって再生が始まった。試しに足蹴りで上体を完全に撲殺したら、断面で再生しようとするように肉がうごめいたがすぐ止まった。


「ふむ。普通のザコ魔物より強力な再生力を持ったが、上半身が丸ごと粉砕されたのを復旧するほどではない……か。素体は確かにザコ魔物なのに、それを一つに合わせて魔力を増幅させたね。なかなか面白い発想だよ」


「貴様、よくも余裕を……!」


 そんなにしゃべった奴はブルブル震えるだけで近寄らなかった。私に積極的に飛びかかってくるのはキメラのような魔物たちだけ。


 ……ふむ。


「プレゼントだよ」


 一匹の魔物を殺さないように気をつけて蹴飛ばした。


 安息領の下っ端の傍へ落ちた魔物は目を白黒させて下っ端を襲った。周りにいた奴らは慌てて距離を置いた。


「敵味方識別はいかず、ただ近くにいる奴を攻撃するだけだね。まぁ、動く方向くらいはある程度誘導できるようだが」


 安息領がこのような魔物を運用するという話は聞いたことがない。だからこそ今運用されているこいつらは貴重なサンプルになる。


「おおっと、そこで止まって」


 空中に魔弾の弾幕を撒いた。弾幕は瞬く間に講堂の建物を越えて反対側から建物に侵入しようとした安息領の下っ端を無力化させた。


 本当に、久しぶりの実戦なのにこれはウォーミングアップすらできないね。


「あんたたち、何の度胸で弱いくせにこんなことをした? 頭数だけ信じれば全部できそうだった?」


「黙れ!」


 再び続く物量攻勢を〈一点極進〉で吹き飛ばして、懐から魔物を閉じ込めた宝石を取り出していた下っ端に近づいた。奴は一瞬にして目の前に現れた私に反応さえできず固まってしまった。


「もらって行くよ」


 気絶させて宝石を奪った。見たところ、所有者が魔力を入れて起動させなければ魔物を解放できないようだった。研究用にあといくつ奪っておこうか。


 安息領を適当に相手にして講堂に侵入する奴がいるかどうかだけを調べた。そして心の片隅ではお嬢様のことを考えた。


 ……お嬢様はどこまで見通すのだろうか。


 邪毒陣についてはご主人様から聞いたとおっしゃったが、恐らく嘘だろう。


 そもそもお嬢様と公爵家を結ぶパイプラインは私とロベルの所管だ。特に私は自分の口で言うのはちょっとアレだが、公爵家でもほぼ最高レベルの機密業務まで担当するほど特別な地位にある。そんな私だからこそ分かる。少なくともご主人様の目はここ数年アカデミーに向けられたことがなかった。


 まぁ、それでもお嬢様の真意を密かに掘り下げるわけではない。変な意図を抱く御方でもないし、必要になったらお嬢様が先に説明してくれるだろう。


 私がすべきことはお嬢様を疑うのではなく、お嬢様に迫る危険を防ぐことだから。どんな脅威があっても、私の手で全部壊してお嬢様の意思を果たすだけだ。


 それより、奪った宝石をちらりとのぞき込みながら眉をひそめた。


 このキメラのような魔物、妙に気分が悪い。見た目や発想が不快でもあるが、何というか……それよりもっと根本的な本能や生理的な部分の嫌悪感というか。私自身も何なのかは分からないが、ただ不快でイライラする感じでいっぱいだった。


 ――今になって後悔しても意味がない。


「……?」


 今のそれは……?


 何か重要なことが思い浮かんだような気がしたが、しきりに煩わしくさせる安息領の奴らのせいで考えを深める余裕がない。


 しょうがない。宝石もいくつか奪ったから、あとは状況を整理して考え直してみようか。


―――――


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