微妙な悟り

「前から何度も申し上げますが、そんなことはやめられる方がいいです。仕える僕たちも苦労していますし、何よりお嬢様がされるには危険すぎるんですよ」


「大丈夫だってば。私の能力なら何の問題もないわよ」


「そんな問題じゃないんですよ。僕もトリア姉貴もどれだけお嬢様のことを心配しているかお話ししたと思いますが」


「それはありがとう。でもそれが効率的なのは事実なの」


 すると、ロベルは今日何度目か分からないため息をつき、ジェリアを振り返った。


「フィリスノヴァ公女様、お願いがあります」


「角張っているな。ボクはそんなの大嫌いだ。名前で呼ばないと聞かないぞ」


 ロベルが聞くように私に視線を向けた。私は頷いた。


 ゲームでもジェリアは貴族的なものが大嫌いだったし、今でもああ言っているから大丈夫だろう。


「では、ジェリア様と言えばよろしいでしょうか?」


「あまり気に入らないが、さっきよりはましだな。お願いって何だ?」


「お嬢様を止めてください」


「その修練法をやめさせろってことか? 申し訳ないがボクたった今それを一緒にすると許可をもらったところなんだが?」


「直接やってみたら僕がどうしてこうするのかお分かりになると思います」


 ジェリアは苦笑いした。


「善処してあげたいが、あいにくボクも強くなるためなら多少無謀な程度は甘受しなければならないと思うぞ。そこまで言っているのを見ると、相当なことだというのは分かった。だが期待はしない方がいいぞ」


 事実上断られたけれど、ロベルは失望する様子もなく頷いた。多分本当に受諾するとは期待しなかったのだろう。


「それでは、せめてお嬢様の暴走を防いでいただけませんか? どうしても僕一人では限界がありますので。トリア姉貴は演じる役柄上、お嬢様の暴走をすぐに防ぐことは難しいです」


「君もその修練法を一緒にやるのか?」


「お嬢様に巻き込まれて仕方がなく、です」


 ジェリアは興味深がる顔でロベルを見た。彼女はしばらく見て急にニヤリと笑った。


「ほお、君と手合わせしてみるのも面白そうだな」


「お止めください。僕はお嬢様とは違って、力だけを追求する人ではありません」


 誰が力だけを追求ってよ、こら!


 私がお茶を飲みながら震えていると、ジェリアはまた笑い出して私の方を向いた。そして平然と爆弾を投げた。


「あの執事、もしかして君の恋人か?」


 ぶふっ!!!


 ……しまった、貴族令嬢らしくなく盛大にお茶を吐いてしまった。


 いやそれよりこのバカがいったい何の戯言を言っているのよ!?


 でも私が何とも言う前に顔が赤くなったロベルが先に反応を見せた。


「何を仰ってるんですか!? そんなはずないでしょう!」


「そう、いったい頭に何かあったらそんな結論が出るの!?」


「おお、息ぴったりだな」


 反省がないねこいつ!!


 ブルブルしているとジェリアはそっと近づいてきて、男の子たちのように私の肩に腕をかけた。そしてヒソヒソと耳打ちをした。


「いやまぁ、ただ半分冗談だったがな。あいつの反応ちょっと怪しいんじゃないか?」


「怪しいなんて何よ。バカげたことだから驚いただけでしょ」


「うん~? ボクはかなり可能性があると思うぞ~?」


「そんなはずがないわよ。あいつすごい純情派なんだからね。一度ハマった女性以外は振り向かないの」


「それをどうやって知るかはさておき……じゃあ、君にハマったとすればいいよな?」


「まったくバカげたことを……」


 呆れて笑いが出た。


 まぁ、ジェリアは『バルセイ』を知らないから仕方ないね。


 ロベルはハンサムでストーリー評価も良かったけれど、攻略対象者としては悪名高かった。理由はただ一つ、攻略が本当に難しすぎだったため。


 アプローチは拒絶。関心の報いは冷静な眼差しだけ。どんな選択肢を選んでも、いくら時間と努力をかけても、岩のようにしっかりと女性を拒否した攻略対象者だった。


 そういう面が好きなプレイヤーもいたけれど、攻略の難易度が高すぎて嫌がる人の方がはるかに多かった。ひどい場合は、ロベルルートがトラウマになってしまったという人までいたほどだった。


 でも彼が女性に関心のない木石だったわけではない。ただ幼い頃に惚れた初恋にうんざりするほど束縛されていただけだ。


 結局色々あって私と敵対するようになったけど、私が死んだ後も私の堕落を防げなかったとすごく後悔するシーンが……。


 ……。


 ………。


 ……あれ?今すごく違和感が……。


 〝私が死んだ後も私の堕落を防げなかったとすごく後悔するシーンが〟


「ああああああああああっ!?」


「うわっ! びっくりしたぞ!」


 私の悲鳴に驚いたジェリアはびっくりして淑女らしくない悲鳴を上げたけど、到底それを気にする暇がなかった。


 確かに! 確かにロベルは攻略がすごく難しい攻略対象者だったし、初恋に対する未練がいっぱいでアプローチにもまともに乗れなかったし……それは全部ゲームの主人公であるアルカの視点での話で……。


 


 そしてこいつの初恋ってこと……私じゃん!!!


 


 そう! なんで今まで気づかなかったの!? こいつ、私が堕落するのを見守りながらずっと残念がっていた! それで他の女性に目を向けることもできなかったし!


 ところで私があのテリアじゃない!!


 何もしなかったのに一人で勝手に攻略されたバカがいる……!!


 ひどく当惑してロベルを見たけれど、彼はただ疑問ある目で私の視線を返すだけだった。


 その代わり、ジェリアが私のわき腹をつついた。


「おや? 何か思い当たることがあるみたいだな~?」


「……ジェリア様、変なことしないでください」


 どうやらロベルは私の態度が急に変わった理由を知らないようだった。


 まぁ、耳打ちだからまともに聞こえなかっただろうし、聞こえたとしてもジェリアの冗談と見なしただろう。


 見守っていたイシリンが呆れた声で話しかけた。


【そろそろこんな子が本当に悲劇を防げるのか懐疑的だね】


[うぅ……いや、でもゲームでは私が堕落するのを傍で見守りながら憐憫を感じてもっと心を用いたという描写もあったし……今はその程度じゃないんじゃないのかしら?]


【感情の強さまでは分からないけど、気持ちがあることだけははっきり見えるわよ。そろそろ認めたらどう?】


[いや、認めというか……片思いになったら可哀そうじゃない?]


【貴方もあの子気に入ったじゃない。前世では最推しだったんだって?】


[異性としてはよく分からないわ。実はこれからすることのせいで恋愛はわざと無視しようとしたし]


【人の心ってそんなに思い通りになるの? まぁ、別に受け入れようが、振ろうが無理やり強要するつもりはないけどね、少なくとも真剣に考えて結論を出して。片思いになるのが可哀そうなら、確実に心を整理して振った方がいいじゃない。相思相愛になったらそれはそれなりにいいことだし】


 これが五百年間洞窟に閉じこもっていた竜?


 真剣に、実はこいつも前世で人間だったんじゃないかと思った。


【殴るわよ?】


[手もないのにどうやって殴るの]


【何でもやってみれば分かるものね】


 くくっと笑いが出た。くだらない考えをしたせいか心が少し落ち着いた。


[ありがとう。まだちょっと戸惑っているけど……考えてみればあえて今すぐ結論を急ぐ必要はないわね]


【そういうことだわ】


 一人で安堵の息を吐きながらティーカップを口にすると、私を見守っていたジェリアがまたわき腹をつついた。


「何だ何だ。何か心が整理された表情だぞ?」


「気にしないで」


「ここまで来て気にならないわけがないだろ」


 ジェリアは何度も私の心を探そうとした。でも答えを拒否し続けたので、ニヤニヤ笑って席に座った。そしてずっと黙って立っていたティロンを振り返った。


「君も見習ってボクを楽しませてくれよ」


「私には荷が重すぎますが」


「まったく、意気地がない奴だぞ」


 ティロンか。そういえば、彼はゲームには出たことがない。正確には過去の事件の犠牲者として名前だけは何度か言及された程度。その事実を思い出すと彼が少し可哀そうになった。


 だけど……そもそもその事件は私が起こしたのではなかったけれど、私のせいでさらに悪化した事件だった。だから今回は上手くいけば彼が死なないようにすることはできるだろう。


「そういえば、ティロンさんは貴方の執事なの?」


「とりあえずはな。ボクの世話をしようと同じ科に入学した。そっちの赤髪も同じだろう? ……まぁこいつはそっちの奴と違って戦闘は下手だがな。それでも頭はいい奴だから戦術や指揮のような方では成績がいいぞ」


「へぇ。シンクタンクみたいな人?」


「だいたいな」


 その時、ティロンは小さくため息をついた。本人はそれなりに抑えようとしていたようだけど、その音が聞こえるやいなやジェリアが振り返った。


「何だ、不満あるのか?」


「いいえ、ただのシンクタンクというか……私がいくら考えてもお嬢様には伝わらないというか……」


「何だ。けっこう参考にしてくれたはずだ」


「参考だけだというか……」


 何だろう。ティロンが何か悟りを開いたような顔をしている。それにロベルとトリアまで頷いていた。


「理解します。貴方もご苦労様ですね」


「ティロンさんって言ってましたよね? これから話すことが多そうですね」


「貴方たちも大変そうですね。いつか私たちだけで席を設けてみましょう」


 仕える主人たちの目の前で平然とそのような会話をする使用人たちだなんて。呆れて苦笑いが出る。


 それでもロベルとトリアはともかく、ティロンも平然とそうしているのを見れば、ジェリアと仲は良いはず。ジェリアも呆れたようだったけど、不快どころか少しだが嬉しそうに見えた。


 私たちはお互いを見つめて同時に苦笑いした。


「これ何かすごく喧嘩を仕掛けられる気分だな」


「まぁいいじゃない。仲良くなればいいのよ」


 結局、私たちはその後も長い間話をしながら時間を過ごした。ジェリアがティータイムを口実に講義をすべてサボったということは終わってから分かった。


 ……それでいいの、執行部?


―――――


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