呪われた森

 寮の部屋。


 二人室構造で家具はベッドとクローゼット、机程度だけの素朴な部屋だった。それでも貴族用の部屋だからか、使用人が泊まる別室が別に付いていた。


 ロベルとトリアが荷物を下ろすのを見て、嬉しそうに振り返る。


「思ったより行動力がいいわね」


「思ったのはすぐにやらないと気が済まない性格だからな」


 寮までついてきたジェリアは笑いながら答えた。寮についての説明も来る途中で彼女に聞いた。


 そういえば寮に個室はないけれど、四大公爵家の子には最初の一年は無条件にルームメートなしで一人で使えるようにしてくれるという話も聞いた。その言葉通り、私が割り当てられた部屋には他の人がいなかった。


 気持ちよさそうなジェリアとは逆に、ロベルとトリアはまるで梅雨直前の雲のかかった空のように薄暗い顔だった。


「よりによってお嬢様のアカデミー初友達が……」


「世のことって本当に思い通りにいかないね」


 ……あいつら、そろそろ諦めてもいいのに。


 ある意味かなり無礼な言葉だったけれど、やっぱりジェリアは全然気にしなかった……というか、まともに聞いてもいない。彼女はただ目を輝かせて私だけを見ていた。


「それで? 今すぐできるのか?」


「そうそう、ちょっと待ってね」


 ロベルに荷物から『あの品物』を取り出してほしいと頼んだ。彼はため息をつきながらも平気で取り出してくれた。


 私がそれを握るやいなや、ジェリアは輝く目でそれをのぞき込んだ。


「これがその修練場に行く魔道具なのか?」


「うん。『転移』特性の魔力を込めて作った魔道具よ。いつどこにいても、転移受信用の魔道具がある所に瞬間移動できるようにしてくれるものよ。距離によって魔力消耗が増えるけどね」


 帰還用の受信魔道具を部屋に置いた後、部屋の中積り央に行って立った。トリアとジェリアは私の方に来て、ロベルは荷物を整理し続けた。


「僕は荷物を片付けています。大抵にしてください」


「荷物頼むわ」


 魔道具を起動し、必要な魔力量が算出されるやいなや正確に魔力を吹き込んだ。


 すると魔道具から光が出し、私たち三人を包む薄い膜が形成された。そして明るい光が視界を覆い、まるで浮いているような感覚が感じられた。前世のエレベーターのような感じだ。


 その感じと光が消えた後にはとても大きな邸宅が見えた。


 邸宅というか、正確には邸宅を基地に改造したような形をしている。庭には武器箱や警戒所のようなものがあり、敷地外郭には一定の間隔で魔道具が設置されていた。それらを基点に敷地全体を包み込む結界が形成された。


 そして……。


「とても不吉だな」


 結界の向こうを見たジェリアは眉をひそめた。


 まるで始まりの洞窟で見た邪毒汚染地の森バージョンのようだった。鬱蒼とした森が一面真っ黒に染まったまま歪んでおり、時々邪毒がもぞもぞとわき起こった。そして汚染された植物の間に不思議に巨大だったりねじれたり角が生えた動物たち、あるいはねじれた形でうごめく怪しい木のようなものが歩き回っていた。魔物と呼ばれる変異型怪生命体だ。


「ここは……まさか『呪われた森』か?」


「はい。ご主人様のオステノヴァ公爵閣下が邪毒を研究される際に使用される拠点です。結界の外に出るとすぐ邪毒に侵食されて死んでしまいますので、むやみに出ないでください」


 ジェリアの質問にトリアは答えた。


 いくらジェリアでもその光景には圧倒されることがあったのか、少し緊張した顔で拳を握った。魔物さえあれば大丈夫だったけれど、あんなに邪毒がいっぱいな所はどんなにジェリアでも無理だろう。


「こんな所で修練をするって?」


「最高の修練は実戦だからね。ここは森全体が魔物でいっぱいなので、戦いながら経験を積むには最高なのよ」


「いや、それはそうだが」


「そして私は特性が浄化能力だからね。裸で出ても邪毒に死なないわ」


 私が説明する間、トリアは庭の箱からペンダントの形の魔道具をいくつか取り出してきて、ジェリアに二つほど差し出した。


「浄化魔道具です。この研究基地の近くなら一つあたり三時間くらいは持ちこたえてくれます。その中で基地結界にお戻りになるだけなら、少なくとも邪毒に侵食されることはありません」


「まさかこれをつけて外に突撃するってことか?」


「直接ご覧ください」


 トリアは私の方を指差した。その時すでに私は紫光技で作った魔力剣二本を手に持って姿勢を取っていた。紫色の魔力が全身を覆った。


「テリ……」


 呼び声を無視して全力を尽くして地面を蹴飛ばした。


 ――天空流〈彗星描き〉


 私は紫色の閃光になって森の真ん中に突進した。


 轟音と共にあらゆるものと魔物が大量に吹き飛ばされた。しかし轟音に導かれるように、より多くの魔物が異物である私を狙って駆けつけた。同時に邪毒が私の体を侵そうとしたけれど、あっという間に浄化されて私の力になった。


 頭上を狙う大きなオオカミを一刀で真っ二つにして、後ろを向いて一閃。切断されて倒れる死体を足で蹴って集団を乱した後、そこに飛び込んで剣を振り回す。さらに魔弾を四方に撃って牽制も忘れない。


 冷静な目で周りを見回しながらも、口元にそっと笑みが浮かんだことを自覚する。


 多くの敵に包囲された状況には確かに緊張したけど、一方では私が奴らより早くて強いという事実が少し嬉しい。


 前世の力のない私だったら想像もできない姿。実際、前世の記憶には思う存分走り回りながら敵と戦えるキャラを羨む気持ちもあった。あまりにも悪徳な悪役で嫌がっていたテリア……つまり今の自分自身さえも。


 いや、むしろその悪徳が嫌いだったので、自分でそれを変えられるということだけは神様に感謝したい。


 そんなことを考えながらしばらく暴れ回っている途中、タイミングを見て魔力を周辺に広める。それで網を作った後、私が討伐した魔物の死体を全部引いて基地結界に戻った。


 私は爽快な気分でジェリアを振り返った。


「どう? 強くなりそうじゃないの? 魔力網で死体を引いてくるのも魔力制御の練習にいいわ。魔物死体はいろんな素材で使われることもあるから一石二鳥よ」


 ジェリアはどういうわけか返事もなくじっと私を見つめていた。


「どうしたの? 何かあったの?」


「いや……ただ少し驚いたぞ」


 彼女は私が引いてきた魔物の山を見た。ちょうどトリアがそちらに行って処理を始めたところだった。


 適当に使えそうなものを分類して父上に送れば父上が有用に使ってくれるだろう。


「あのメイドは魔物処理のために連れてきたのか?」


「それはおまけで、元の役割は保険だよ。もし私に事故が起きたら、すぐに駆けつけて救出するの。実はいらないって言ったのに、その程度の安全装置でもないと絶対許せないってことでね」


 ジェリアは私と違って浄化能力がないから魔道具を使わなければならない。ちょうどさっきトリアがくれたものを首につけていた。


 しかし、ジェリアは飛び出す気配がなかった。


「どうしたの?」


 ジェリアの視線は妙に真剣だった。怒ったり心配したりはしていないようだったけど、どこか疑っているような……あるいは理解できないと思うような感じだった。


「君、大丈夫か?」


「うん? 言ったでしょ。私は浄化能力があるから出てもいいんだって」


「そんなことじゃないぞ」


 ジェリアはまた魔物の死体を見て、その後私がひとしきり荒らして外に視線を移した。荒らされた跡が残ってはいたけど、すでに傷が癒えるように消えていた。


「……ボクが魔物を初めて相手にした時は十歳の頃だったぞ」


 ぽつんと、独り言のように話が流れ出た。


「覚えてないが、歩き始める前から魔力を扱い始めたと聞いた。特性を覚醒したのは六の時だったのか。とにかく幼い頃からボクは家の気風以上に強くなるのが好きで鍛えてきた。運良く才能というのもちょっとあって、よほどの奴らよりは早く強くなったと思うぞ」


 ジェリアは自分の手を見下ろした。


 たくましい腁胝ができた手。貴族令嬢というには険しい手だったけれど、ゲームで彼女はその手を誇りに思っていても否定的に言ったことはなかった。その気持ちは今も同じだろう。


「自信もあったな。しかし、そんなボクも初めて魔物を相手にした時は少し怖かった。言葉も通じない怪物と命をかけて戦うんだから。今はそこまで怖くはないが、気をつける気持ちはいつも忘れないぞ」


 ジェリアの視線が私の方に向けた。


「しかし、君がさっき戦った時はそんな恐怖や警戒心が一つも感じられなかった。もちろん今日初めてやってみたのではないから適応したこともあるだろうが……君が初めて魔物に会ったからといって怖がったり縮んだりする姿が全く想像できないな。抽象的な感じですまないが」


 そういう話だったよね。


 やっと私はジェリアが言いたいことが何なのか分かった。


 私がこの呪われた森の鍛錬を始めたのは九の時だった。ゲームでも呪われた森は効率の良いレベルアップ地域であり、果てしなく実戦を繰り広げることができる所なので、実際にも効果があると思ったためだった。


 実は私も実際にやってみる前は心配していた。命をかけて戦うのが怖かったし、魔物もひとまず生きている生命体なので、それを斬ることに迷いもあった。


【そういえば、そのために私と相談も何回かしたよね】


 イシリンの言葉どおり、彼女に悩みを打ち明けたこともあった。


 ……でも、結果を言えば。


 いざ魔物を前にした瞬間、私は何の恐れもためらいもなく剣を抜いて魔物の首を打った。


―――――


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