『彼女』の墓

 暗い。


 光なんて一つもない所。でもこの不気味な感じは、ただ暗いからだけではなかった。


 ジメジメと沈んだ空気も、鼻を突く悪臭も、そしてなんとなく感じられる強烈な吐き気とめまいまで、そこは数百年間積もった不快感に支配されていた――という描写がゲームにあったと記憶する。


 もちろん、私は吐き気やめまいを感じなかった。いや、むしろ……。


「うっ……お嬢様、後ろに……!」


 トリアは苦しいように無理やり声を絞り出しながらも私を保護する一方、魔力で明かりを作った。


 明かりの下に現れた姿は、まるで墨を撒いたように真っ黒な空洞だった。


 空間全体を覆った邪毒がうごめいて、奇怪にねじれた尖塔のような何かが不吉さを増した。岩はぐちゃぐちゃに溶けて、まるでウジが絡まったようだ。


 このように邪毒が濃ければ本来『邪毒災害』という大きな災いが起きるものだけど、ここの邪毒は不思議なほど安定したことだけが唯一の慰めだった。


 ここに聖域の清浄さなどまったくなかった。いや、むしろうごめく邪毒が少しずつトリアや他の調査隊員を侵食しようと這い上がっていた。


 しかし、私だけは例外だ。


「どいて、トリア」


「お嬢、様、ダメで……!」


 邪毒に侵食されて苦しみながらも、トリアは必死に私を保護しようとした。


 そんな必要も意味もないのにね。


「どいてってば。私は大丈夫よ」


 力の弱まったトリアを優しく振り払って立ち上がった。瞬く間に邪毒が私にくっついた。


 しかし、その邪毒はまるで熱くした鉄板に撒かれた水のようにあっという間に消えた。それだけでなく純粋な魔力になって私の中に着実に積もっていった。


 ……集中しよう。


 雑念を消し、ひたすら力のコントロールにだけ意識を向ける。


『浄潔世界』を自覚し、その力の実証まで済んだけれど、このような状況で大規模に力を使ったことはない。


 だからこそ、しっかりと力を使うために精神を集中した。そして魔力を十分に集めた瞬間、それを全方位に広めた。


 


 ――光が降臨した。


 


 空洞全体を埋め尽くしてもお釣りが来る光彩。邪毒はまるでその光に追い出されるかのようにあっという間に消え、すぐに完全に消えてしまった。岩が本来の色を取り戻し、奇怪な尖塔のようだった構造物は象牙色になった。すでに歪んだ形はどうしようもないけど。


 明るくなった世界の中で、まず一番近くにいたトリアに顔を向けた。


「大丈夫?」


「お嬢様、これは一体……」


「私の特性が何なのか忘れてしまったの?」


 その時になってようやく、トリアははっと気がついたような反応を見せた。でも驚いたように大きくなった目は相変わらずだった。


「こんなに……大規模な浄化もできるのですか?」


「そうみたいだね。私も実際にやってみたのは初めてだけど」


 そんなことより、と呟きながらその場に片ひざをついた。そしてトリアをいじりながら状態を見ていると、彼女が少し慌てたように体を抜いた。


「ど、どうしたんですか?」


「どうしたって何よ。体調を確認しなきゃいけないんじゃない。さっきまで苦しんでたでしょ?」


「大丈夫です。確かに身体機能が大きく低下していたのは事実ですが、今はむしろその前よりも力が溢れているような……」


 トリアは言い止してまた目を丸くした。私は彼女の目の疑問に声を出して答える代わりに、静かに笑って見せることで答えた。


『浄潔世界』は邪毒を浄化した魔力を還元できる力。優先的な対象は自分自身だけど、必ずしも自分だけに還元できるわけではない。まぁ、人にあげるのは効率が悪いけどね。


 とにかくトリアがよければ、他のみんなも大きな問題はないだろう。私たちが落ちた所が一番邪毒濃度が高い所だったから。


 ……そういえばゲームでは私一人でこの位置に落ちたよね。


 私は立ち上がってあたりを見回した。幸い探していたものはすぐに発見した。


「あれは……剣?」


 トリアはぼんやりと呟いた。


 空洞の邪毒がほとんどなくなった今は明らかに見えた。空洞の真ん中に突っ立てられた剣が。


 まるで邪毒が集まって固まったように黒いし不吉な外形を持ち、私の『浄潔世界』の浄化力さえ拒否する濃い邪毒に包まれていた。


 私がその剣に近づこうとした時、トリアはまた私を止めようとした。でも私は先に唇に指を当てた。


『重要な瞬間だから邪魔しないでね』


 意思が伝わったはずはないけど、それでもトリアは黙ってくれた。


 溶けて絡み合った岩とあちこちにそびえている不思議な構造物をかき分けて進み、剣の前に立った。


 〝イシリン。一人寂しく消え失せた貴方がもし、この世界でも生きていくことを許してもらえるなら……〟


 一瞬頭をかすめたのはゲームのセリフ。家名を継ぐ後継者にだけ秘密裏に伝えられるという始祖様のお話……という設定だったよね。


 この剣を握るということは『イシリン』という名前に込められた始祖様の願いを背負うのと同じだ。


 正直、私はその重みを分からない。そもそもここまで来たのも、ただゲームの要素が必要だからだ。


 だけど……このようにこの剣を実際に目の前に置いたためか、それともゲームでこの剣を手に入れた後のストーリーを思い出したためか。軽い気持ちで剣を握ってはいけないという気がした。


 イシリン。貴方の力が必要なのよ。


 心の中でそう呟きながら剣の柄を握った。


 まるで剣が私の『浄潔世界』の浄化力に反発するかのように、津波のように膨大な邪毒が剣から噴き出してきた。しかしその瞬間、私は『浄潔世界』の魔力を全力で吐き出して剣の邪毒に立ち向かった。


 バカげたほどの力比べ。たぶん普通の浄化能力だったら、少しも耐え切れずに負けてしまっただろう。しかし、剣が吐き出す邪毒も私の魔力に還元される以上、この対決では私が負けることなんてありえない。


 手に力を入れて剣を一気に抜いた。


 長くて鋭いけど、どこか妙にねじれた剣。その形状も、不吉な力も魔剣と呼ばれるに値する。


 ただ握っているだけでも、まるで堰を切ったように邪毒が殺到した。そしてそのすべてが純粋な魔力で浄化され、私の中に積もった。


 ……こんなに力が溢れてるなんて、逆にちょっと怖いんだけど。


[ちょっと落ち着いてくれる?]


 剣に向かって魔力の思念を送った。


 剣に話しかけるなんて、普通ならバカみたいことだ。でもその瞬間、まるで私の意思を察知したかのように剣が噴き出す邪毒が減った。おかげで私も浄化の魔力を噴き出すのを止めた。


 握るだけでも流れ込む邪毒だけは仕方がないけどね。


「お嬢様、その剣は一体何ですか?」


 トリアはそう尋ねたけれど、私は呆れたふりをした。


「今日初めて見たのに分かるわけないでしょ」


「あ……そうですね。考えが足りない質問でした」


 まぁ実際には知っているけどね。


 当然この剣はゲームにも出てきた要素であり、それ以前にこの世界の伝説にも出てくるそれなりに有名な剣だ。もちろん今はひどく歪んで元の姿は跡形もないけどね。


「これは恐らく始祖様が使ったという『浄化神剣』だと思うわ」


「浄化神剣……始祖オステノヴァ様の二大聖剣の一つのことですか?」


「多分ね。伝説では始祖様は聖剣を二本使ったけれど、浄化神剣は邪毒竜との死闘の際に消失したというじゃない。多分これがあの剣だと思うわよ」


「でもそれは……聖剣というにはあまりにも……」


 トリアは言い止したけれど、言いたいことは大体分かった。剣の姿も魔力も、聖剣というにはひどく不吉な魔剣だから。真相を知っている私も話しながら苦笑いするほどだ。


「多分これは邪毒竜の魔力に汚染されたからだと思うわ。伝承では邪毒竜の心臓を浄化神剣で刺したと言うじゃない」


「邪毒竜の心臓を刺した際、聖剣も手に負えない邪毒にさらされて魔剣になった……ということでしょうか?」


「私の推測だけど」


「信憑性がありますね」


 トリアが納得すると、私はまた剣に目を向けた。そして剣に私の〝意思〟を伝えると剣が少しずつ減り始めた。


 恐ろしい魔剣が次第に消えていく姿にみんなが当惑した。


「お嬢様? 剣が……」


「この剣が本当に始祖様の剣なら、こんな風に堕落して人々を傷つけることを始祖様も望まないでしょ。こんな魔剣を放置するわけにもいかないし。だから剣を浄化した方がいいんじゃない?」


 トリアは私の言葉に頷いた。


「そうですね。聖剣自身もこんな末路は望んでいなかったはずです。聖剣に自我があったという伝説などはありませんが」


 そのような会話を交わしながら、私たちは剣が次第に小さくなるのを見守った。結局剣は私の浄化の魔力に包まれたまま完全に消え、最後まで異変のようなことは発生しなかった。


 それを確認するやいなや緊張が解けてその場に座り込んだ。


「お嬢様!」


 私を心配した調査隊員たちが一斉に駆けつけた。一応微笑んで彼らを安心させて立ち上がったけれど、まだ足に力が入らない。


 ……やったよね。


 正直うまくいくか不安だったけど、幸い些細なトラブル以上の問題はなかった。


 ゲームでは私一人で剣の近くに落ちただけでは足りず、思わず剣を触った私のせいで邪毒が津波のようにあふれ出た。当然、調査隊員の大半が死亡または病気にかかった。


 そんな中、私だけは元気だった。でも特性をまともに使えなかった私は浄化能力であることを立証できず、大きな被害を誘発しながらも一人だけ元気な疫病神扱いを受けてしまった。


 結局いじめに耐えられず堕落したゲームに比べれば、この程度なら十分ではなく過分な成果だろう。


 私が一人で余韻に浸っている間、トリアはここから抜け出す方法を調査隊員たちと話し合った。そしてロベルはヨロヨロする私をそっと支えてくれた。


「ありがとう」


「僕の仕事をしただけです」


 気のせいか、ロベルの顔は少し赤く見えた。


 何か違和感があるんだけど……気のせいかしら?


 出発直前、剣があった場所周辺の奇怪な構造物を眺めた。崩れたアーチのようでも、ねじれた尖塔のようでも見えるそれらは……。


【私の骨に用事でもあるの?】


 頭の中で声が響いた。その言葉に答えるように首を横に振り、調査隊と一緒にそこを抜け出した。


 ……目標、達成。


―――――


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