邪毒の剣

「本当にすごかったです、テリア様!」


「私は浄化能力を初めて見ました! 本当にすごいです!」


「テリア様のおかげで邪毒に侵食されませんでした。この恩をどうすれば……」


「ええいっ、みんなうるさいわよ! 私疲れてるからやめてほしいって一体何回言ったらいいのよ!?」


 まったく、調査隊員という人たちがなんでこんなに大げさなのよ!!


 始まりの洞窟での仕事が終わった後、調査員たちは家に帰る途中ずっと興奮していた。それでも途中でこのように声を上げて制止したりもしたけれど、どうして邸宅に到着したらまた大騒ぎなのよ。


 幸い、トリアがそんな彼らを引き止めた。


「さぁ、皆さんやめてください。ただでさえお疲れたお嬢様にこれ以上負担をかけないでください」


 よし、よくやったわトリア!


 幸いにも私が再び声を高めたり、トリアの制止もあって、調査隊員たちはそれ以上大騒ぎはしなかった。


 ……というか、それよりも向こうから母上の姿が見えたからかもしれないし。


「テリア? どうしたの?」


「ただいま参りました、母上」


「いらっしゃい。大きな問題はなさそうでよかったわね。ところで……」


 母上は私のことを注意深く見て、しばらく黙っていた。そして手振りと共に使用人に指示を出し始めた。


「テリアが疲れて見えるから、今日はもう帰って休ませてね。ロベルは専属としてテリアを補佐するようにし、他の使用人たちはテリアが要求しない限り干渉しないで。報告はトリアに聞くわよ」


「ありがとうございます」


 やっぱり母上。気が利く。


 母上の思いやりのおかげですぐ部屋に直行した。そしてロベルに誰も部屋に入れないよう指示し、部屋からみんな追い出してベッドに横になった。


「うぅ、疲れた疲れた」


 正直、このまま寝たい。


 でも堂々と一人で休める今、必ずしなきゃならないことがある。仕方なく疲れた体を起こして準備を始めた。


「まずは、結界、から……」


 部屋全体を私の魔力で包み込んだ。


 特に外壁の方は重要だ。内部に問題が生じるのはさておいても、何が起こるかが外に漏れたら色々面倒になるはずだから。そして、きちんとできているかを三回も確認した後、懐から小さな石を取り出した。


 石を取り出すやいなや頭の中に声が響いた。


【本当に長くかかるわね。もういいの?】


[まったくすまないねぇ。遅くなった子だから]


【そこまでは言ってなかったわよ】


 すると突然、手に持った石がうごめく。そして石から邪毒が上がるかと思ったら、石が膨らんである形を作った。


 それは剣――言うまでもなく、始まりの洞窟にあったその魔剣だ。


【私を持ってくるなんて。度胸が本当にいいね、貴方】


[そうよね。それより私の紹介が遅れたわね。私は……]


【知ってるわよ。テリア・マイティ・オステノヴァ。私の心臓にこの剣を刺したシエラの子孫でしょ?】


[よく知ってるわね。『邪毒の剣』……いや、邪毒竜イシリン]


 そう呼ぶと、邪毒の剣……に宿ったイシリンの魂は小さく鼻で笑った。


 邪毒竜イシリン。五人の勇者の最後の冒険に出た邪悪な竜。莫大な邪毒をまき散らし、ただその場にじっとしているだけで国三つを滅ぼした怪物。その伝説的な災いの末路がこの邪毒の剣だ。


 洞窟で言った通り、この剣の前身は始祖様の聖剣である浄化神剣である。


 でも浄化神剣でイシリンの心臓を刺した瞬間、剣はイシリンが吐き出した莫大な邪毒と共に魂までも受け入れた。そのようにして誕生したのが、この邪毒の剣イシリンだ。


『バルセイ』では六のルートの中で唯一攻略対象者のいない隠しルートでのみ、それも厳しい条件と過程を満たさなきゃ得られなかった武器。過度な性能のためにストーリーモードだけで使えるように制限がかかったチート武器だ。


 それにしては名前が単純だけど、実は『邪毒を代表するそれ自体とも同じ剣なので大げさな修飾語なんて要らない』という理由でこんな名前がついたって。


 このチートすぎてこれ以上ない武器を得ることこそ、私が始まりの洞窟に行った本当の目的だ。


【まさか私の名前まで知っているなんて。……なるほど、いよいよかしら……】


[え?]


【何でもないわ】


[いや、何でもないわけじゃないでしょ! 今の言葉は……]


【いいわよ、気にしないで】


 そしてイシリンは口をつぐんだ。何度も問い詰めたけど、結局自白は得られなかった。案外意地っ張りね、こいつ。


【それよりどうして私を持ってきたの?】


[単刀直入に言うわよ。貴方の助けが必要よ。私の力になってほしいわ]


【大胆だね。貴方、私の力ってどういう意味か分かるの?】


[貴方こそ私の特性が何なのかはもう知ってるでしょ?]


 ゲームでも彼女は『浄潔世界』の権能を知っていた。自分が死ぬ時に最後の一撃を食わせた能力だから、機能的な特徴くらいは大体知っているだろう。


 予想通り、彼女は私の力については問わなかった。


【具体的には何が欲しいの?】


[普段は貴方の力である形状変換で隠れていてね。そして私に貴方の邪毒をずっと提供してほしいわよ]


【邪毒を……貴方、能力で私をバッテリーとして使うというの?】


 その通りだ。


『浄潔世界』を持つ私は、とある条件を満たさない限り絶対に邪毒に染められない邪毒免疫の身だ。甚だしくは自分の体に限っては魔力も消耗しない。


 それに『浄潔世界』は邪毒を浄化した魔力を私のものに還元する力。


 邪毒の剣は無限の邪毒を吐き出す最強の魔剣であり、それを持っているだけでも私は無限の魔力を得る。チート能力にチート武器を重ねたらこうなるのよ。


[もちろんそれだけじゃないのよ。本当に必要な時は邪毒の剣として貴方を使うこともできるわ]


【正気なの?】


[まぁ、人前で貴方を取り出すことはめったにないけどね。今の貴方はどう見ても呪われた魔剣だから。それでも貴方の形状変換能力で他の道具に変身できるじゃないの?]


【私の能力をどう知るかはさておいて……形状変換で他の形状を取れば全力を発揮できないわよ】


[構わないわ。本当に貴方の全力を使う事態はなるべくないはずだから。そして、その程度の事態が起こったら人目を気にする暇なんてないでしょ]


【……適当にやりたいことが何なのか分かったわ。ところでどうして私の力が必要なの? 何をするつもり?」


 ……何をするつもり、ね。


 単刀直入に言えばゲームに出てきた悲劇を防ぐことだけど……そんな話を素直にしてもいいのかしら。


 そもそも転生ということ自体がこの世界にはない概念で、特に証拠なんかもない。むしろ「貴方は変だから力を貸してあげられない!」と断る可能性もあるし。


 そんな悩みを少ししたけれど、それもつかの間だけだった。決心してイシリンに私の転生に関することと『バルセイ』について話した。


 ……最大の理由は実は寂しさかも。


 これからも転生の話を人に打ち明けることはないだろう。こんな変なことを信じてくれるなんて愚かなことは考えない。


 もちろん未来に起こることを全て隠すことはない。しかし、転生者であることまでは明らかにできない。明らかにしなくても未来の情報を活用する方法はいくらでもある。


 つまり、私は具体的な計画を一人でやり遂げなければならない。でもこんな重いことを相談できず一人で決めることはできない。前世も現世も、私はまだ大人になっていない子供だから。


 私の話を最後まで聞いたイシリンはしばらく間をおいて口を開いた。


【……本気でそれを信じてほしいということ?】


[貴方を連れ出す大事故をつまらない冗談のためにしたと思うの?]


【それでも……。……。……いや、そうよね。そうなったんだよね】


 またわけの分からないことを言うわね。


 しかし、聞いたところでさっきのようにごまかしそうだから、今は重要な話を続けることにした。


[で、手伝ってくれるの? ないの?]


【私がどうして助けてくれると思ったの? 貴方たち人間は私を邪悪な災いだと言うでしょ?】


[さっき言ったゲームで貴方の真実を見たから。……そのゲームの内容がすべて事実ならね]


 イシリンが〝じっとしているだけで国三つを滅ぼした災い〟と呼ばれるのは理由がある。


 ……当初、彼女はこの世界に降臨して以来、何かを自ら破壊したことはなかった。


 思いがけず世界に落ちてしまった竜。傷つく者たちを可哀そうに思う優しい強者。でも自分の体から勝手に漏れる邪毒を制御することができず、せめて自ら命を絶つことさえできなかった存在。


 そのため、彼女は哀れな弱者のためにすべての活動を止め、自ら五人の勇者の刃に命を投げつけた。


 そんな優しい彼女だからこそ、事情を話せば助けてくれると思った。予想ではなく、ただ信じていた。信じたかった。私がこれから歩いていく苦行を彼女だけは一緒に背負ってくれると。


 イシリンは長い間黙っていた。


 ……いや、時間かかりすぎじゃない? 何か問題でも起きたのかしら?


 もう一度声をかけてみるべきか悩む頃になってようやく彼女はまた話した。


【いいわよ。ただし、条件があるの】


「何?」


【貴方の転生のことが事実だとしても、それが貴方の目的を証明するものではないわよ。その知識を利用して何か違うものを狙うのかもしれないからね。だから貴方の人生をずっと見守るわ。もし貴方が別のことを狙っていることが判明したら……その時は覚悟した方がいいわよ】


 それを聞いてかえってほっとした。


 この程度なら予想していた反応だ。もちろんそんな観点なら私もイシリンを疑わなきゃならないけどね。


 しかし、そろそろ前世とゲームに関する記憶を事実だと受け止めている私としては、それほど疑いたくない。


 ただ、これだけは言わなければならない。


[それくらいなら望んでいた条件よ。ただ、私も一つお願いしたいことがあるの。もちろんこれはただのお願いだから聞いてくれなくても恨んだりはしないわ]


【言ってみて。一応聞いてあげるから】


[私の話を聞いてほしいわ]


【……? もう十分聞いたんじゃないの? また何の話を聞けって?】


[今のことじゃないの。これからも私と疎通して……できれば私の味方になってほしいの。貴方も理解するだろうけど、転生とか前世とかの話は人にできないわよ。だから私の事情を知っている人……いや、人じゃないかしら? とにかく私の事情を全部理解してくれるのは貴方だけなのよ]


【それはまた人間的なお願いだね】


 そのままイシリンはしばらく黙っていた。特に何の音もなかったけれど……なんだか彼女が笑ったような気がした。


【いいわよ、ちょうど私も五百年間洞窟に閉じこもって出てきたところだからね。むしろ望んでいたところだわ】


[五百年も一人でいたのに正気維持してる?]


【私が貴方たち人間のように弱いと思ったの? 五百年ではなく五千年でも問題ないわよ。退屈ではあるけど】


 そして、イシリンは形状変換で私の心臓と同化した。


 装身具のような形で着用してもいいけど、急に装身具ができてしまうと後でごまかしにくいと思って、最初から体内に入れることにした。こっちの方が邪毒供給効率もいいし。


 イシリンを心臓に移し、結界を撤去した後も、私たちは多くの対話をしたまるで、それぞれ積もった話をしたくてたまらないように。その話は私が眠るまで続いた。


【おやすみなさい】


 頭に直接響く優しい声にあまりにも安心した。その考えを最後に私は眠りについた。


―――――


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