第17話 日の昇る地〜『暗黒城の城主』最終話

 ウィルトンは妹オリリエを連れて村に戻った。戻る頃には、すでに朝が来ていた。四百年ぶりの朝が。


「一年に一度の陽光の射す日が終わったが、もう夜だけが延々と続くことはないんだ。ついにやった。そうだ、ついにやったんだ」

 

 ウィルトンは、疲れ切っている妹を寝台に寝かしつけながら言った。その声は喜びにふるえている。


「そうよ、兄さん、兄さんがやってくれたのよ。それに、あの人が」


 オリリエの目にも涙があふれる。もちろん喜びの涙だ。


「それに、エリアーナさんも」


 その声にだけは悲しみの色がある。


 エリアーナは消えた。完全に消滅してしまったのだ。デネブルが滅びたのを見届けて、彼女はこの世界への未練を無くした。


「デネブルの宝物庫とその開け方を教えるわ。それで、あなた方とはさようならよ」

 

 エリアーナはその言葉通りにしてくれた。


「『デネブルに永遠の栄光あれ』」


 エリアーナがそう唱えると、螺旋階段の一番上まで上った階にある宝物庫の両開きの扉は、重くきしむ音を立てて開いた。


「何が、『永遠の栄光』だよ、じじいめ」


 憎まれ口を叩いているウィルトンも、実際に中を見て、たちまち機嫌が直った。


 宝物庫は、古王国時代の金貨と銀貨、大粒の様々な宝石でいっぱいだった。


「すげえな! これなら村もこれまでになく豊かになる!」


「残念ですが、デネブルが支配下に置いていた土地全体で分け合わなければ、後々面倒なことになるでしょうね」


「まあそうだろうな。永年の間、苦労を共にした同士だ。いくら俺たちがデネブルを倒したとは言っても、俺たちの村だけで独り占めには出来ないだろう。だけど取り分は多くしてもらう、それは当然の権利だ」


 そうしているうちに、エリアーナはいつの間にか姿を消していた。会ったばかりで、もう会えなくなってしまったのだ。


「なあ、こう考えるんだ。エリアーナはもう、苦痛に満ちた幽霊としての偽りの生から解放されたのだと」


「そうね、きっと。そうなのよね」


 オリリエは自分に言い聞かせるようにつぶやき続けた。


「これがお前の取り分だ。エリアーナがお前にくれたんだと思えよ」


 大粒のダイヤモンドとルビーとサファイアとタンザナイトが、一抱えも皮袋の中に入っている。皮袋のありかもエリアーナは知っていて、自分たちの取り分として持っていくようにと告げたのだ。それが彼女から聞いた最後の言葉になった。


「俺も、もっとちゃんと礼を言いたかったけどな」


「ありがとう、兄さん。宝石は地下室に隠しておいて」


「ああ、ワイン棚の奥に入れておく」


 ウィルトンは自分と妹二人のための部屋を出た。妹の寝台は、仕切りでウィルトンの寝台がある入り口側からは見えないようになっていたが、今は特別だ。


 他の部屋は二つ、今は使う者がいない両親の部屋と、台所と暖炉と家への出入り口がある居間だ。居間に、地下室への下り口もある。村の仲間を信用しないわけではないが、念の為エリアーナが渡してくれた分は隠しておこうと兄妹は考えた。



 

 村は騒ぎになっていた。嬉しい騒ぎだった。歓喜の声があちらこちらにあふれ、中には道の真ん中で踊り出す者もいた。


「太陽だ、太陽だ!」


「ああ、朝だわ。なんて素晴らしいの」


「おお、まさか生きてこの日を拝めようとは……!」


 そこに道をゆっくりと歩いてくる男がいた。槍を携え、革製の背負い袋を背負ったウィルトンだ。彼の姿を村人たちは見た。


「ウィルトン、お前がやってくれたのか!」


 村長がウィルトンに駆け寄って言った。


「俺一人の力じゃない」


「そうだろうな、誰が助けてくれたんだ、礼を言いたい」


 他の人々は遠巻きに二人を見ている。感嘆と称賛を、ありありとその表情と態度に見せながら。


「古王国の生き残りが。村外れの墓場にいたヴァンパイアと、暗黒城にいた美人の幽霊だ」


 村長の態度が急変した。驚きと疑念、あからさまな警戒心で固まっている。集まってきた村人も同じように。しんと静かになる。


「やれやれ、やっぱりこうなったか。少しは期待していた俺が甘かった」


 ウィルトンは心の底からのため息をついた。そうだ、ここにいる人は皆いい人で。村で皆で助け合って生きていた。


 以前、村の女たちがこんな話をしていた。


「ねえ、知ってる? ここから離れた遠い大きな街では、道で行き倒れている人がいても誰も助けないそうよ。皆冷たいの」


「まあ、酷い話ね」


 そう、酷い話だ。ウィルトンもそれには同意する。自分たちには別な種類の酷さがあるのだと、分かっていないのであれば、そこは同意しない。


「いきなりだが、俺はこの村を出ていく」


「ウィルトン、何を言い出すんだ」


 村長は、とんでもないと言わんばかりに声を張り上げた。


「もう決めたんだ。村には太陽の光が戻ってきた。俺がいなくなってもかまわないだろう?」


「オリリエはどうするんだ? 置いていくのか。もう父親も母親もいないのに」


「オリリエは俺がいなくてもやっていける」


「冷たい奴だな。妹が可愛くないのか」


「かわいいさ。だけどあいつは強い女だ。俺に頼らなくても生きていけるんだよ」


 さすがにヴァンパイアが相手では分が悪すぎただけで。ウィルトンは内心で付け加える。


「なぜだ、わけを聞いてもいいだろう?」


「この村には太陽が戻ってきた。もうデネブルはいない。俺は広い世界を見てみたいと前から思っていた。それだけだ」


 村長は、それきり何も言わない。周りで見ている村人たちも、遠巻きにしたまま黙っている。


「この村で生まれ育ち、皆に世話になったのは忘れないよ。ただ俺は、ここで一生を終えたくはない」


 幾分は申し訳なさそうな言い方になった。そんな言い方をするつもりはなかったのに。


「もう旅立ちの準備は出来ている。また戻ってくるかも知れない。だから永遠のさよならとは言わないよ。だからこう言う。また会おう、皆」


 ウィルトンはそのまま歩き出した。妹オリリエにも、「また会おう」と言って出てきたのだった。


 背負い袋ではなく、重ね着した上着の内側の隠し袋三つに宝石と金貨が入っている。デネブルの宝物庫から奪ってきた物だ。人間が嫌になって、デネブルはああなった。美人の幽霊は消えてしまった。


 アントニーはどうなるのだろう? いつかは人間に嫌気が差す日が来るのだろうか。


 そこでウィルトンは足を止めた。振り返り、一言。


「ここを出ていく前に、これだけは。俺を村の英雄と思うなら、この村で一番上等な赤ワインを一瓶用意してくれ。赤を頼んだぞ。白じゃ駄目だ」


 徐々に日は高くなり、明るさが増してゆく。まずは村外れの納骨堂まで行こう。本当の旅立ちは、日が暮れてからだ。


 

 一作目『暗黒城の城主』 終わり

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