愛は甘い蜜の如く

物部がたり

愛は甘い蜜の如く

 子供は産まれてこのかた、ほとんど何も食べてくれなかった。

 母乳も飲んでくれず、離乳食も吐き出してしまう。

 すりリンゴを口に近づけても、いやいやをして真一文字に結んだ口を開いてくれなかった。

 誰かに相談しようにも、周囲に相談できる人もおらず、れいはシングルマザーであったため頼れる夫もいなかった。

 れいの母も「あんたは赤ちゃんのとき、何も食べてくれず苦労したのよ」と、子育ての苦労話をよくしていたことを思い出す。

 

 当時は「恩着せがましい」と思っていたが、「親の心子知らず」で「子をもって知る親の恩」ということわざ通りの心境だった。

 そんなことを思い出すと、阿闍世あじゃせコンプレックスの如き嫌いようで飛び出して以来、一度も会っていなかった母のことを懐かしく、愛おしく思われた。

 母なら助けてくれるだろうが、未婚で子供を産んだと知られたくなかった。母も未婚でれいを産み、「あんたはこんな苦労したらあかんよ」と耳に胼胝ができるほど言われてきたのが足かせとなった。


 悪循環は続くもので、れいも母と同じことを繰り返している。

 そんなことを嘆いても仕方がない。れいはとにかく、赤ちゃんが食べてくれそうなものを色々試してみることにした。

 だが市販の離乳食はほとんど試したが駄目だった。手作りの離乳食も駄目だった。赤ちゃんは離乳食の入った皿を、いらないというようにひっくり返した。

「せっかく根気して作った料理を……あ、あなたは!」

 とうとう頭に血が上り、れいは怒鳴ってしまった。赤ちゃんは驚いて泣きわめき、それが一層れいの神経を刺激した。


「もう! うるさい……!」

 怒鳴れば怒鳴るほど、赤ちゃんは泣き叫ぶ一方だった。

 どうすればいいのか途方に暮れて、このままではノイローゼになりそうだった。愛する我が子を愛さないなど、駄目な母親だと自分を責めた。

 れいは我が子を愛していないのではなかった。様々なことが一度に起こり、精神に余裕がないだけだった。れいは嘘偽りなく何よりも、我が子を愛していたのだ。

 と、そのとき、赤ちゃんがテーブルの上に載ってあった、はちみつのボトルに興味を示した。


「どうしたの……。これが欲しいの?」

「あーあー」

 赤ちゃんの今まで示したことのない反応に、はちみつを離乳食に混ぜてあげてみることにした。すると、今まで食べてくれなかった離乳食を食べた。れいは泣きそうになった。

 もっと、もっとと欲しがるので、れいははちみつをスプーンでじかにあげた。赤ちゃんは母乳を飲むように、スプーンにしゃぶりついた。

「よかった、よかった……。美味しい? もっと食べる。ちょっと待ってね」

 れいは赤ちゃんを蜜のように愛していた――。

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