魔法学校のオカルト部

多ダ夕タ/ただゆうた

0. プロローグ

 校門をくぐったら、そこは魔法の世界だ。

 科霊学園高等学校。魔法とは何なのか。それは学園に通う生徒にも原理はよくわかっていない。誰からも十分な説明を受けていないのだから。

 「学力が魔力になる」

 入学式で理事長が言っていた言葉だ。大人から聞いた話はそれくらい。あとは先輩から聞いた、半分噂みたいなものや、学園生活を送る中でなんとなくわかってくるようなことだ。

 この学園では魔法が使える。魔法といっても、ゲームに出てくるようなものではなく、勉強に関連したものだ。だから学力が高い人はその分、魔法の自由度が高い。学力が魔力になるというのは、そういうことだと思う。

 しかしながらこの学園で魔法を使う機会はほとんど存在しないのである。

 魔法が無くたって生活を送れるし、授業で必要になることも無い。唯一魔法に頼りたいことは、アクマ討伐くらいだ。

 アクマ。放課後の学園に現れる気持ち悪い生き物。黒いスライム状の体で、光を虹色に反射する。大きさは様々だが、平均するとサッカーボールくらいだ。そこに蛇みたいな手足が二本ずつ生えていて、深海魚のような眼とブラックホールみたいな口が一つずつ付いているのである。

 魔法を使ってこのアクマを倒すと、成績が加算されていくというシステムだ。しかし大抵の生徒には関係のないことだった。日々の授業を真面目に受けて、試験前に二週間ほど問題集に取りかかれば、アクマ討伐なんてしなくても十分な成績がつく。

 そしてアクマに噛まれると退学になることは、有名な噂だった。そんな危険を冒してまで、無意味にアクマを倒す生徒など、いるはずもない。

 しかしながら、アクマ討伐に救われながら退学ギリギリを生きている生徒も少なからず存在する。


 岩塚いわつかナガレはそのひとりだ。

 整った眉、吊り目がちな瞳、冴えない茶髪に着崩さないブレザー制服。今日も木製の柄を握り、一次関数の形をしたビームソードを振っている。

 先週行われた三年一学期中間試験学年順位、280人中280位。返される答案用紙には。流星の如く赤いチェックが埋め尽くし、ついた呼び名は レッドミーティア赤点常連生徒 。得意科目の数学ですら、100点中21点。40点以下は赤点である。

 たった今、試験後から数えて、19匹目のアクマを一刀両断したところだった。これで数学の成績は合格ラインに並んだことになる。これから国語、理科、社会、英語の成績も取り返していかねばならない。

 「どうして中学生の時に勉強しなかったんだろう。」

 裏口入学を許されたからだ。

 わかりきったことを自問自答する。

 ナガレの叔父は、この学園の理事長だった。盆と正月に会う程度の仲だ。それでも中学三年に上がる前の一月、無条件に入学させてあげるよ、と提案された。科霊学園はそこそこの名門だったので、断る理由なんて無い。それから、その時に受験勉強をやめてしまったのがよくなかった。

 そんな状態で授業についていける筈もなく、もう試験は諦めてアクマを倒しながら退学を回避すること、三年目。

 在学中に倒したアクマの数は、過去三十年のうちで一位だそうだ。


 中庭はナガレのお気に入りの狩場だった。通常授業に用いられる教室棟と、使われなくなった特別教室棟の間に当たる。

 特別教室棟は、かつて少人数教育が流行った時代に、教室を分けて授業をするために使われたそうだ。講義室の他に、図書室や音楽室などの特別教室で構成されていると聞く。少子化と、一般教室の多機能化が進んだ現代においては使い道のない教室たちだった。この学園に通って三年目になるナガレだが、特別教室棟には足を踏み入れたことがない。

 そんな環境なので、周りには雑草が生い茂り、どういう原理かアクマも湧きやすくなっているという状況だった。そこから湧く大量のアクマを倒しつつ、戦況が悪くなったら比較的安全な教室棟に逃げる。これがナガレの戦闘スタイルだ。


 「ねぇ、あなたが岩塚いわつかくんよね。」

 上から声がした。聞きなれない女性の声。

 黒髪の女子生徒が、教室棟と特別教室棟を繋ぐ渡り廊下からこちらを見下ろしていた。指定のブレザー制服の上に、校章入りの見慣れないコートが揺れている。

 女子生徒はポケットからいくつかの白色のピンポン球を取り出し、渡り廊下から中庭に向かって落とした。自由落下に従って中庭のアスファルトで跳ねると思いきや、そんなことは起こらず、ピンポン球たちは空中で散って静止する。女子生徒はそのピンポン球に足や手をかけて、サーカスのような身軽な動きで中庭へ降りてきた。

 「私は」

 「クルミ、か。」

 「私ってば、随分と有名なのね。」

 自己紹介を遮ったことに腹も立てず、女子生徒はゆっくりと着地した。

 「そう、車道くるまみちミミ。クルミって呼ばれてる。」

 長い黒髪に、お菓子のラッピングみたいなリボンアクセサリー。有名人だった。編入生なのだ。三年になってから編入して、その日から魔法を使いこなしていた。大抵の生徒は護身術程度の魔法でやっとのところが、クルミは違った。重力操作を得意とし、自身も他人も宙に浮かせてみせたのだ。この噂は瞬く間に学園中に広がった。


 「今、魔法を使える生徒を探しているのよ。なかなか見つからなくて。クラスメイトが、レッドミーティア赤点常連生徒ならよく魔法を使っているはずだ、って言っていたの。」

 なるほど。間違ってはいない。魔法の使用頻度において、ナガレを越える者はいないだろう。アクマ討伐の手伝いくらいなら、力になれるはずだ。

 「ねぇ、一緒に部活を作らない?」

 クルミの提案は、予想外のものだった。

 高校で部活をやろう、なんて提案は普通の学校ならば難しいことではない。

 しかしこの科霊学園ではそうもいかないのだ。

 放課後、学園の敷地内にはアクマが大量発生する。真偽は謎だが、このアクマに噛まれると退学になるらしい。

 そんな環境なので、ほとんどの生徒は授業が終わればすぐに帰ってしまい、部活動に精を出す生徒なんていないのである。よってこの学園には部活動も委員会も存在しない。放課後の校庭や体育館はアクマ討伐の戦場になっているし、かつては部室として使っていたと聞く特別教室等の教室たちもアクマの温床になっている。

 「なんで部活?」

 「私のやりたいことを、やるためよ。」

 クルミは楽しそうに答える。なんとも身の無い話である。

 「顧問にアテはあるし、校則も確認したのよ。あとは部員を五人集めるだけ。私と君がいるから、あと三人ね。」

 「加えるのが早ぇよ。」

 行動力から本気で部活を立ち上げようとしていることはわかった。

 「内申点も上がるそうよ。」

 「やります。」

 科霊学園は進学校。そろそろ進路も不安な時期なのだ。試験のみならギリギリに追い込めばどうとでもなるが、高校から送られる内申点はどうしようもない。成績最下位ランカーは大変だ。


 「部活って言っても何やるんだよ?スポーツとか?」

 放課後の校庭や体育館でスポーツをしようものなら、アクマに邪魔をされて試合どころではないだろう。そもそも魔法を使える環境でフェアプレイが成り立たないことは、体育の授業でも垣間見える。

 「もう決めてあるわ。」

 クルミは自信満々に笑みを浮かべて宣言した。

 「オカルト部よ。」

 オカルト。

 「ここで起こる超常現象は十中八九魔法だろ。」

 「難しい言葉を知っているのね。」

 からかってから、真面目な顔をした。

 「それを解き明かすのよ。魔法もアクマもわからないことだらけじゃない。この学園には、あと一年もいられないのよ。卒業する前に、ここで起こる不可解な現象を調べたいと思わない?」

 それに、とクルミは付け加える。

 「あの廃墟みたいな特別教室棟、探索してみたくない?」

 秘密基地をつくる小学生のような笑みを、クルミは浮かべる。

 「それが目的か。」

 「まあ、それが大きいわね。」

 悔しいが、ワクワクしているナガレがいた。まだナガレも少年らしい。

 「飽きるまでは付き合ってやるよ。」

 ひとりでアクマを倒し続ける放課後に、ナガレは退屈していたのだ。クルミが楽しそうなら、横で見ているだけでも退屈しのぎにはなるかもしれない。

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