悪逆は嗤い、理想は地に落ちる

「洞窟階層、ですか」

「あぁ。この下階層の廃都市は、足元が不安定な洞窟の中を攻略しなきゃいけねぇ」


 ユツキが下階層に辿り着き、三日が経過した。


 最下階層の廃都市をクリアして、階層上昇を成し遂げた青年がいるという噂は、直ぐに知れ渡った。連日連夜、廃都市の話を聞かせてくれ、と集まってくる人は絶えなかった。


 《廃都市》攻略というものが、どれだけの注目を集めているのかは一目瞭然だった。例え、普段は無いものとして見てみぬフリをしていようと。


(意識しないってことは、一度は意識した上で無視しているってことだったか。そりゃ、成功者が出ればこんな騒ぎになる。もう少し周囲への影響を考えた方が良かったかも)


 とはいえ、悪い気はしなかった。


 食事を取ろうとすれば、払う代わりに話を聞かせて欲しい、と。


 攻略で減った食糧の調達に向かえば、お代を取らない代わりに話を聞きたい、と。


 居住権を持ったとはいえ、長居せずに《廃都市》に向かうユツキは宿泊場所を取る必要がある。泊まる先で、タダで貸し出す代わりに話をさせて欲しい、と。


 行く先行く先でお祭り騒ぎ。一時的なものとはいえ、有名になったことは確か。

 これまで経験したことが無い扱いに、ユツキの心は激しく踊った。


 食事を取る場所では、大人数を相手に話をする。気分は吟遊詩人のようで。


 買い物の際は店の前で立ち話。周りに集まる人だかりを見れば、気分は有名人。


 宿泊施設では、共同スペースで店主を交えた話を。気分は、物語の語り部のようで。


 そうして、満足した人々を尻目に話しかけてきたのが、下階層に存在する《廃都市ブラック・ゾーン洞窟階層ナンバーツー》の内容を知っていると名乗り出てきた男だった。




「にわかには信じ難いですね。廃都市の内部について把握しているのは門番か、攻略者のみ。門番は情報を絶対に漏らさない誓約を交わしているから、対象からは外れる。挑戦者は、挑めばクリアする以外に生き残る術は無い。……貴方は、数少ない攻略者なんですか?」

「いや、どっちでも無い。俺は挑戦者と門番の話を気付かれずに聞くことが出来るのさ」


 本来、《廃都市》の情報は、攻略に必要な許可証を見せてから、門番より開示が成されることが基本。その時点で、やり直しは効かない。


 許可証という名であっても、実情は地獄への片道切符の為、と引き返すことはできない。


 即ち「ここはどういう廃都市なんですか?」と可愛く聞きに行っても、格好よく聞きに行っても、跳ね返されるのがオチであるわけだ。


 だからこそ、厳重に情報規制をされている《廃都市》関係者との話を盗み聞きできるということを信じるのは、あまりにも難しい。ユツキが警戒を強くするのも仕方が無かった。


 疑心に満ちた目を向けるユツキ。しかし男は悪びれもせずに、それどころか寧ろ待っていたとばかりに両手を広げてみせた。


「いやいや、怪しく感じるのは想定内。なんなら、俺がアンタの立場だったら無視しているレベルだ」


 だがな、と男はにやりと笑って見せる。


「これなら、どうだ?」


 その言葉と共に、男の姿がかき消える。思わず立ち上がったユツキの肩が、後ろからポン、と叩かれる。振り返った先には、先程までは真正面にいたはずの男の姿があった。


「……なるほど。そういうルーツなら、納得はつきますし、僅かばかりの信用も出来る」

「ここまでやって僅かか! こりゃ参った!」


 がはは、と豪快に笑う男。それとは対照的に、ユツキは困惑の表情を浮かべている。


「しかし、何故〝暗抜〟のリスクを増やしてまでこんなことを? 貴方には廃都市の話が聞きたいということで、既にこの料理のお代を支払ってもらっているのに」


 ユツキが困惑顔で向けた視線の先には、テーブル一杯に並んだ料理。その種類は、ざっと見ただけでも十品以上は並んでいる。


 それだけでも他人より高くついているはず。加えて男には何の得にもならない、寧ろ使い方次第ではもっと良いものと交渉できるレベルの情報を、渋ることなく開示している。


 ユツキが困惑するのも無理はなく、ルーツを開示してもなお男への警戒度が下がらないのは、仕方の無いことであった。


「それは頼みたいことがアンタにあるからさ。別に断ったからって金返せ、なんていうつもりもない。よく考えて返答してもらいたいだけだ。……まぁ、即決されないようにこうしているのは否めねぇがな」


 ほんのりとジト目になっているユツキ。その様子に、男は苦笑しながらも言葉を続ける。


「俺と、あと二人。合計三人を、アンタの《廃都市》攻略に同行させてもらいたい。俺たちは、なんとしても上に行かなきゃなんねぇんだ。それこそ、どんな手を使ってでも、だ」


 その目は、先程までの物事を軽んじているようなものでは無かった。それはまるで、学校入学試験の朝に鏡で見た、自分自身のようで。


 ———本気の目を、していた。


 その目に、ユツキは思わず目を見開いたのだった。


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