04-04話:【少女小説】澪と青いバラの妖精デルフィニジン(七瀬みお先生からのリクエスト)

 みおがふと目を覚ますと、そこには一面のバラ畑が広がっていた。赤いバラ、黄色いバラ、ピンクのバラ、ベージュのバラ、色とりどりのバラが咲き乱れるバラ畑。そんなバラの花を敷き詰めたような、緑の茎とバラの花で彩られた絨毯じゅうたんのような風景の中にみおは立っていた。


「ここは?」


 そう一言いったものの、みおは自分がした質問の愚かさに思いが至る。こんな所で、こんな質問をしたところで、誰も答えてくれるわけがないのだから。


 春のような風の匂い、蒼天の空、輝く太陽。そして太陽の光をしっかり受け止めるバラの花。その色合いは、そのバラの色合いは、太陽の光を浴びたバラの色合いはいっそう・・・・輝きに満ち、まるで、淡いカクテル光に包まれたかのような幻想的な光を、いろとりどりのキャンディーを床にばらまいたような華やかな視界を、みおの眼前に雄大に広げていった。


 みおが、そんな淡い光の回廊を進んでいくと、急に澪の視界は開け、3人の女性の妖精の姿がみおの視界に入る。みおは、そんな美しい3人の女性の妖精を、遠い目で、尊いものを見る目で、しばらく眺めていたが、何か不思議な違和感に襲われる。


 そう、赤い羽根の妖精と黄色い羽根の妖精は、仲良く手を握ってダンスを踊りながら、その周りにたくさん・・・・のバラの花をとめどなく・・・・・、まるで、滝のように生み出し続けていたのに、そこから少し離れたいたところに青い羽根の妖精が、その二人の姿をうらめしそう・・・・・・に、じっと眺めていたからだ。


 そんな青い羽根の妖精に強く心をかれたみおは、気がつくと、その青い羽根の妖精に声をかけていた。


「こんにちは! 妖精さん!!」


 みおがそう話しかけると、青い羽根をした妖精はびっくりしたような表情をつくってみおの瞳をじっとのぞき込んだ。


「おどろいた、君には僕がみえるのかい?」


 その妖精の問いにみおは黙ってうなずいた。


「はじめまして、僕の名前はデルフィニジン。青いバラの妖精さ。よかったら、君の名前を教えてくれないか?」


「わたし? 私の名前はみお。よろしくね」


 みおは、そう言ってデルフィニジンに笑顔を返す。


みおか、いい名前だね」


 青い羽根の妖精デルフィニジンは、そう言って嬉しそうにみおに回りを飛び回ってみせる。


「ところで、デルフィニジンは、なんで他の妖精と一緒に遊ばないの?」


 みおは、自分がした質問に失礼・・という名のスパイスが混ざってしまっていることに気がついて、とっさに手のひらを口にあてる。


「いいよ、みお。気を使ってくれてありがとう。あそこにいる二人はね。黄色い羽根をもつ妖精が、黄色のバラの妖精ペラルゴニジン。赤の羽根を持つ妖精が、赤のバラの妖精シアニジン」


 そう言って、青のバラの妖精デルフィニジンは、さみしそうな笑顔をその顔に描き出す。


「僕もペラルゴニジンとシアニジンと一緒に遊びたいんだけどね。一緒に踊りたいんだけどね。たくさんのバラを、色とりどりのバラを、一緒に咲かせたいんだけどね。僕にはできないんだ」


 そして、青のバラの妖精デルフィニジンは、大きく、なにか、あきらめたくないのだけれども、あきらめざる得ない。そんな理不尽で、やるせないため息をついて、話を続けた。


みお。僕と彼女たちは住んでる世界が違うんだよ。だから一緒に遊ぶことができないんだ。僕の体をよくみてごらん。そして彼女たちの体もよくみてごらん。なにかが違うことに気がつかないかい?」


 そういわれたみおはデルフィニジンをじっと見つめ、そして、その後、少し離れて一緒に踊っているペラルゴニジンとシアニジンをじっと見つめた。


「もしかして、デルフィニジン。ちょっと透けてる?」


 みおがデルフィニジンにそう伝えると、デルフィニジンはさみしそう・・・・・・に小さく頷いた。


「そう、僕は、青いバラの妖精デルフィニジン。彼女たちと同じバラの妖精さ。でも、僕だけ住んでいる世界が違うんだ。少し難しい表現だけど、実数の世界で生きている彼女たちと違って、僕は、僕だけが虚数の世界で生きているんだ。だから彼女たちとは一緒にあそべない。仕方がないことなんだよ」


「虚数の世界と実数の世界?」


 みおは、目を丸くして驚いてみせたものの、その意味を、デルフィニジンが何をいいたいのかを正確に理解することができず、少し首をかしげてみせた。


「うーん、そうだね。みおは掛け算はできかい?」


「それくらいなら、できるわよ」


 みおは、デルフィニジンのその問いに、ぷっと頬をふくらませて、抗議の顔を向けた。しかし、デルフィニジンは、そんなみおにはおかまいなく話をつづけた。


「じゃあ、みおに質問するけど、同じ数を掛け算して『-1』になる整数ってあると思う?」


「そんなのあるわけないじゃない」


 みおはデルフィニジンに即答する。


「そう、そんな整数あるわけがないんだよ、みお。実数ではありえないんだ。同じ数をかけてマイナスになる数字なんてありえないんだ。それが現実世界、実数の世界なんだ」


「そして僕が生きている世界は、同じ数を掛け合わせるとマイナスになる世界。つまり虚数の世界。だから実数の世界で生きる彼女たちに僕は会うことができない、つまり、一緒に遊ぶことができないのさ」


 デルフィニジンはそう言って、さみしそうに笑った。


「デルフィニジン、元気を出して。私の夢も『小説家』になることなんだけど、きっとそれも、デルフィニジンと同じ、虚数の世界のものなの」


「でもね、時間というものは希望を含んでいる。今は虚数かもしれないけど、時間が経てば実数になるかもしれない。そう、時間は、そんな可能性を含んでる。だから、デルフィニジンだって諦めなければ、実数の世界に行くことができるかもしれない」


 みおがそういって、デルフィニジンの頭に人差し指をあてる。すると虚数の世界の住人であるデルフィニジンに、実数の世界の住人の|澪の人差し指に、決して交わる事のないみおの人差し指に、うっすらとデルフィニジンの感覚が残った。


「そうだね、みお。確かにそうかもしれない。今はそうかもしれない。たしかに君たち人間は、そんなを、虚数の世界のものを、実数の世界に、現実世界に移動させる魔法を持っていたね。僕はそれを忘れていたよ」


「え、魔法? 私たち人間は、魔法なんて誰も使えないわよ?」


 デルフィニジンの言葉に、みおは不思議な笑顔で答えた。


「なに言ってるんだい、みお。今、君が自分で言ったじゃないか。人間がもっている魔法。『努力』という名の魔法のことを」


 デルフィニジンは、そう言ってみおに満面の笑顔を見せるのであった。



「澪先生、そろそろ新人小説賞の授賞式ですので、会場にお越しください」


 みおはその声で我に返った。どうやら少し眠ってしまったらしい。みおは、なぜが濡れている目をこすりながら慌てて立ち上がると、目の前の机に花束がおいてあることに気がついた。大きな青いバラの花束と一枚のレターが机の上においてあることに気がついた。


 澪は、その花束を見て、青いバラの花言葉を思い出していた。そう「奇跡」、「夢が叶う」という花言葉を。そしてみおが手に取ったレターには、短く、こう言葉が添えられていた。


 おめでとうみお

みおが見せてくれた魔法。僕はとっても嬉しかったよ。ありがとう。


                    青いバラの妖精デルフィニジン


補足:

 青いバラは、1991年まで不可能と言われるものでした。なぜなら天然のバラは、黄色の色素ペラルゴニジンと赤色の色素シアニジンしか持っておらず、青色の色素デルフィニジンを持ったバラは存在しなかったのです。だから青いバラの花言葉は「不可能」、「存在しないもの」だったのです。


 しかし、1991年、サントリーのエンジニアの努力によって、パンジーから青色の色素デルフィニジンを取り出し、それをバラに取り入れることに成功します。これにより、不可能と言われた青いバラが誕生し、商用化されたというわけです。


 そして、2002年、一般的になった青いバラの花言葉が「奇跡」、「夢が叶う」に変更されます。そう、サントリーのエンジニアの執念が「不可能」と言われた花言葉さえ変えてしまったのです。

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