世界に魔法をもたらしたとされる女神、マリア・トリジア。

 世界魔法教会が信仰する女神に関して、どの国も共通して伝わっている神話がある。それは世界中の魔法使いや魔女が、必読書だと言わんばかりに必ず読んでいて、絵物語も多く出回っている、みんなが知っている神話だった。



 世界がまだ一つの国家だった頃。

 遠き天界より、神の使いとして地上に降り立った女神は、素晴らしい奇跡をその身に宿していた。

 その願いは恵みの雨を降らせ、山を砕き人の街を作り、海を渡り遠くまで見通す力だと言われていた。


 女神は、人間が持つ知性や探究心に興味を惹かれ、この奇跡を分け与えることにした。

 そうすれば、もっとより良い発展が望めると思ったからだ。


 女神は8人の弟子をとり、一人ずつ、強大な奇跡を分け与えた。

 その弟子たちが各地を周り、女神の代行者として奇跡を起こして人々を助けた。

 そして弟子たちは女神の願いに従い、自分達の弟子にまた、奇跡を分け与えた。


 その奇跡こそが、魔法。

 この分け与えられた恩恵こそが、世界に魔法がもたらされた、素晴らしき理由である。




「……『ネームドウィザード』が与えられる名前は、その時に女神を師事した、8人の弟子の名前ではないか、と言われているんでしょう?」


 わたしが神話をそらんじると、彼女たちは目尻を下げた。そしてラトリアが口を開く。


「そうですわね。でもこの神話は、所詮神話でございます。現実は違いますの」

「違う?」

「ええ。マリア・トリジアは、確かに女神だったのかもしれませんが、弟子などとっていないのです。彼女は……、……わたくしたちは、自ら魔法を使うことが出来ませんの」


 衝撃的な言葉に、わたしは一瞬、息が止まった。意味を理解するのに数秒を要し、視線を彷徨わせる。


「え……でも、じゃあ……」

「8人の弟子ではなく、8人の子供たちなのですわ」


 話を引き継いだマウエラが、そっと息を吐き出した。


 彼女曰く、マリア・トリジアは、自身の中に秘められた力を感じてはいたものの、それを表に出す手段がなかったのだと言う。その力は彼女を時に苦しめ、時に苛み、強大な力が器に収まり切れていなかったのだと語った。

 そんな苦痛の中、彼女はやっと、自分の力を逃す方法に行き当たった。


みごもったのでございます」


 初めての妊娠でマリア・トリジアは、我が子に力が流れていくのを感じたのだという。


「素晴らしい瞬間でした。我が子との胎動を感じながら、自分の力がゆっくりと浸透していくのです。わたくしたちは、やっと、苦痛から解放されると同時に、愛する我が子とも会える。本当に素晴らしい出来事だったのです」


 身籠もることで、自分の力の暴走が鎮まる確信を得た彼女は、5人の夫との間に、8人の子をもうけた。

 類まれなる奇跡を得た子供たちは、それを行使する為の術を、生活の中で自然と身につけたらしい。


 “導き”のオヴィゴース。


 “祈り”のプロセウケ。


 “美しき”バネモルフィ。


 “優しき”カロシナトス。


 “強き者”ディナゴアート。


 “剣”のクシオス。


 “盾”のアスピダ。


 “戒め”のエッドウィリィ。


 マリア・トリジアは、8人の子供たちにそう名づけ、慈しみ大切に育てた。やがて子供たちは各地に渡り、偉業を成し遂げて有名になっていく。

 その奇跡に対して次第に魔法という名前がつき、8人の子供たちの子孫を伝って、広がっていった。


「……パームキンが言っていたけれど……人間には必ず魔力が宿ると言っていたわ。つまり、遠く元を辿れば、今いる全ての人間が、マリア・トリジアの血を引いているってこと?」

「そうでございますわね。ただ、大多数が使い方を知らないのでございます」


 おっとりと笑うマウエラに、ラトリアも首を傾ける。


 神話という絵物語だと素直に受け入れられるのに、突拍子もない現実だと突きつけられると、受け入れ難いのは何故だろう。少し話の一部が生々しいからかもしれない。わたしは眩暈を覚えつつ、目を瞬かせる。

 女神マリア・トリジアの神話の事は一応理解したが、それのどこにパームキンが結びつくのだろう。

 わたしの疑問に気がついたのか、ラトリアが小さく頷いた。


「わたくしたちは、先にお伝えした通り、自らの力を使うことが出来ません。それは使い方を学べなかったから、ではございませんの」

「今のメイデンスという魔女が呪いそのものなら、マリア・トリジアは魔法そのものだったのですわ」


 魔法そのものであるマリア・トリジアは、自らの力を行使する事ができない。その為、子供たちに分け与えることで、安寧を手に入れた。そして5人の夫と8人の子供たちと共に、幸せな暮らしを謳歌していた。

 そんな中、彼女は運命的な出会いをしたのだという。


「……それが、パームキン様にございます」


 パームキンは、マリア・トリジアが地上に降り立って唯一、彼女の使なのだと、二人は声を揃えた。

 わたしは混乱し、待って、と二人を制する。


「ええと、でも、8人の子供たちだって、受け継いだ魔法が使えるのでしょう?」

「そうですわね。でもそれはあくまで、夫との交わりにより薄まった力なのですわ。いくら強く素晴らしい魔法が使えても、原初には及ばない。……パームキン様が使用するのは、マリア・トリジアという魔法そのもの。世界で唯一、わたくしたちから直接魔法を使用できる、魔法使いなのですわ」


 マウエラとラトリアは、……いえ、マリア・トリジアは、綺麗な相貌を緩ませ、口角を上げた。それは恋や愛というより、相手を心から敬い、慈しむ眼差しだった。


 魔法について初歩的な学しかないわたしでも、彼女が言っていることが、如何に特別な事か理解している。というより、あり得ないという感覚に近しい。

 彼女たちの言い分が本当のことなら、パームキンはあまりにも異質だ。だって彼は、世間一般の魔法使いが行う、自分自身の魔力を魔法に変換し、行使する方法を行っていないという事になる。

 そしてその扱う魔法は、神の力そのものなのだ。


 わたしは想いを馳せるマリア・トリジアを見つめ、少し俯いてしまう。パームキンという存在が、彼女の中でどれほど特別だろうか。それが分かる表情に、胸が締め付けられた。

 だけど、その感情は次の瞬間に、驚愕へと様変わりしていった。


「パームキン様は古き時代、まだ世界が、一つの統一国家であった国の王。そして、わたくしの長女、“オヴィゴース”のでございます」

「古き時代、畏敬の念を込め、民はあの方をこう呼びました」


「ヴァンプロポス・ナイ・キリオス」



 ──“神なる者”。


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