第8話 形成一変 その①

「もしもし、綾小路です。皆さん大丈夫ですか」


 以前の風景が失われた博多駅にて他二各所の戦いが終わったとの知らせが届きグループ電話で状況の共有を行う。


『お兄ちゃん、こちら金沢。撃破は出来たんだけど撃破直後、えっと、モガっていう奴が現れて犯人を殺害したの』


『宇都宮です。こちら仙台。金沢同様、犯人撃破直後マイムって言われている人物が殺害。加えて御手洗さんがやられました。敵は圧倒的な強さでした』


 ここで各地に乱入者がいた事が判明した。


「博多では撃破する前にメビウスと呼ばれる人物が蜘蛛の〈本質〉の犯人を連れ去って行きました」


 モガにマイムにメビウス。ほぼ同タイミングで来たことを考えるに三人は同じ陣営であった事が察せられる。

 事件の解決の報告を目的とした電話はまた次の問題を発生させるものとなった。


***


 仙台にて。


「御手洗さん。ば傷口の消毒代わりにあなたの〈本質〉で除菌できるかしら」


 先程マイムによって飛ばされた際に腹部に負ってしまった傷を宇都宮が手当をしている。

 攻撃も易しい者では決してなく、傷口は小さくなかった。


「あぁ、何とかできる。……んあれ」


「どうしました」


「〈本質〉が……発動しない……」


 〈本質〉を保持する者は人が呼吸をするように、普通に聞き手でスプーンやフォークを使って食事をするように無意識で出来る行為と同じように〈本質〉を発動する。

だから今御手洗が感じている違和感は突然呼吸が出来なくなったり利き手を使って食事する事が出来なくなったりすることに等しい。

 もちろん〈本質〉を失う。または奪うなんていうことはこれまでの歴史の中で一度も無かった。

 ここで慌てふためいても問題は解決しない。

急いで今ある救護装備で手当てを行い、本部にこの問題を持ち帰ることにした。


***


 みんな忘れていないだろうか、この男を。川崎大師での戦いで腰の骨を折って入院したあの男、鏑木海斗を。

 博多、金沢、仙台でみんなが戦っている間ただただやる事がなくただただ、ベッドで寝ている事しかしていない。

 強いて言えばこの間、鏑木のベッドの隣の頭の黒髪と白髪の割合が四対六ぐらいのおじさんの辰と、辰の隣のベッドにいる髪の毛の割合が辰と同じくらいの頭のおばさんの綾と仲良くなった事くらいだ。


 時間帯としては太陽が落ちてしばらく経ち、時々風で病室のカーテンが靡き、隙間から月光が差し込む。


「海斗、退院は明日だっけか、明後日だっけか」


「明日です」


 辰が鏑木に退院の日にちを聞いてくる。そして、何かを思い出したかの様に鏑木に一つ質問をする。


「そう言えばさ。最初は思い詰めた顔していたからな。あの時は聞けなかったんだけどよ、何に悩んでいたんだ。俺らに言えたら言ってみろよ」


 辰が鏑木の悩みの吐口として構える。後ろで綾も頷く。


「もしかしたら知っているかもですけど、俺の親父って鏑木勝利なんですよ」


 二人が一瞬目を見開く。どうやら鏑木海斗の父、鏑木勝利の存在を知っていたようだ。


「かー坊の父ちゃん、やっぱりあの鏑木勝利だったんだね」


どうやら、綾からは鏑木はかー坊と呼ばれているらしい。


「はい。まあ有名な鏑木勝利の息子として魔特に入ってから期待だったり、比べられたりされました。でもそれは別に良いんですよ。親父のことは大好きで、尊敬していますから」「じゃあ海斗はどうして思い悩んでいる」


「理想と現実との差ですかね。目標がコミックとかアニメーションのキャラクターとかに憧れる訳ではない。現実に実際にいて、この目で見てきた人を目標にするからこそ、なんで自分には出来ないのだろうかって思うんですよ」


 鏑木は物心着いた時から見てきた父親の戦う姿を見てきた。どんなに強大な敵であろうとも必ず最後に勝って、そして見せてきた勇姿。小さかった海斗にとっては警察や消防士、テレビでやっている様なスーパーヒーローよりも父鏑木勝利の方がよっぽど英雄だったのだ。

 だが、海斗が今まで犯人と戦ってきて痛感する。父の様にはいかないと。


「なぁ海斗。その悩みは親父さんと同じ様に出来ないってネガティブに捉えているからなんじゃあねぇのか」


 辰の思いがけない言葉。鏑木はその意図を汲み取れない。


「たとえ憧れていたとしても、憧れているのは親父さんの様な英雄の姿だろ。まんま鏑木勝利にならなくたって良い。お前は鏑木海斗なんだからな。海斗は海斗だけの道で英雄になっていけば良い。その道を進んでいって最終的に目指した勝利のような英雄の姿になれたら良いんじゃあないのかな」


 鏑木は父の存在に固執しすぎていた。父の様でなければならない。そうでないと父のようにはなれない。そう自然と頭の中で思い込んでいた。


「なるほど。辰さん、聞いていただきありがとうございます」


 悩みを聞いてくれた綾と辰に礼をして、その夜は明けたのだった。


***


 夜が明け、鏑木は退院の支度を始める。

 今は二〇二二年十月三〇日。夏の暑さは完全に無くなり秋らしい寒さが出てくる。世の中は次の日がハロウィンということで、スクランブル交差点の警備が大変だだの仮装どうするだのでマスメディアも大衆も騒いでいた頃だ。


「今までありがとうございました。綾さん、辰さん。なんか、心が軽くなった気分です」


 入院したての頃の頭を悩ませている様子から、何か晴々とした顔に好転していた。


「そいつぁ良かった。達者でな」


「かー坊、体調には気をつけるんだぞ」


 辰と綾の別れの挨拶を受け大きく頷き、後は主治医の矢吹悟を待つばかりだ。

 今の時間は九時五十六分。矢吹が来る予定は十時だ。もうそろそろ来る頃であろう。そう思っていた。

 病室の外からドタドタと誰かが走って来る、荒々しい足音が聞こえる。この足音の主は矢吹であった。

 病室で整えられていた前髪を崩しながら病室に入って来る。


「鏑木海斗ッ、今すぐにここを離れろ。君を襲いに来ている人がいる。すまないが、訳は後で説明する」


 矢吹が入室してくると、その後からにも室外に荒々しい足音が聞こえる。今度は一人ではない。四、五人。いや、それ以上である。

 入室してきた矢吹は辰、綾もベッドから起き上がらせて、鏑木含め四人での病院からの脱出を試みる。


「どうして俺らも脱出しなきゃならねぇんだ」


「今ここを向かって来ている人達は鏑木くんを狙っています。しかも強制的に、実力行使で。だから、同じ病室にいる綾さん、辰さんも危険が及ぶかもしれない。だから一緒に逃げなきゃならない」


 実行に移す前に複数の足音がこの病室に辿り着く。そして、入室して来た人物の顔を見た瞬間、鏑木は驚きを隠せないでいた。


「鏑木海斗。お前の身柄を確保する。手荒にはなるが許してくれよ」


 戦闘体制に入りつつ病室に入室して来た人物は七人だった。女性が三人、男性が四人という割合だ。

 問題はそこではない。鏑木が驚いた点はそこではないのだ。

 問題はその七人の中の四人が自分のよくよく知っている人物であった。

 最上晴翔、藤巻光輝、宇都宮明穂、兎宮遥。つい一週間ちょっと前まで鏑木と共に同じ魔特一係として戦ってきた仲間であった。

 その他の知らない三人は右腕に何やら鏑木にとって見慣れないブレスレットをしている。


「海斗、お前がまさか……」


 最上が何やら悔しそうな顔をしながら呟く。


「ちょっと、最上さん、これって……」


 そして、後ろに構えていた公安の綾小路龍我、みお、一之瀬が前方に出てくる。


「詳しくは署で聞く。職務復帰は多分難しいと思うがな」


 一之瀬はもうこの時点で鏑木が一連の犯人であると決め打ちしているかの様な口ぶりであった。


「最上さん、素直に同行してくれそうになさそうなので、少し武力行使しても良いですか」


 龍我が最上に戦闘許可をとる。そして、最上は黙って頷く。

 公安の三人はそれぞれの腕に取り付けられているブレスレットに触れる。


『チェンジ・アームドエモーショナル』


『チェンジ・アームドスナイプ』


『チェンジ・アームドオーケストラ』


 三人の全身は装甲に包まれる。

 このアームドシステムを鏑木はまだ見たこともないがただただこの状況はまずい状況である事は十分察することができた。

 察した瞬間、鏑木は窓に向かって走り出す。


「窓割ってすいません」


 鏑木は〈本質〉の加速を発動させて自身の勢いを増して病室の窓ガラスを蹴りで割る。

 鏑木の入院していた病室は五階であった。

 〈本質〉の力を最大限発揮して足の風圧で落下の衝撃を殺して行く。

 上を見てみると上から龍我、みお、一之瀬が降って来たのが確認できた。三人は装甲のお陰で落下の衝撃を受けずに済むのか、衝撃を殺さずに落下していき、先に落ちた鏑木よりも早く地面に到達する。

 鏑木も着陸して、公安の三人と相対する。

 戦いは避けられなかった。

 鏑木は意を決し、三人に立ち向かう。


「そっちがその気なら、こっちだってタダでやられる訳にはいかないんでね」

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