アンブレイカブル エッセンス
025・893(おニャンコ・ヤクザ)
第一章 変異との邂逅
第1話 嚆矢濫觴
「お前の〈本質〉はなんなんだ?」
部屋も空も暗い。建物の上部に取り付けられた三角窓からは月光が差し込む。その中で二人の男性が相対する。
一人はロマンスグレー。もう一人は二十代前半の青年。ロマンスグレーが青年に問いていた。
「俺の〈本質〉は、速さだ。遠くても追いついて手が届くくらいに速い速さだ」
青年は何も言わずにロマンスグレーを見つめ、ただ頷く。
「よし、それが分かったら前へ進んでいけ。世界の崩壊を阻止しろ」
そして、青年は目を閉じて意識がなくなる。
***
「俺の〈本質〉は速さ……」
部屋も空も明るい。建物の上部に取り付けられた三角窓から日光が差し込む。その中で青年は目を覚ます。
ここは日本の首都、東京。今これを読んでいる人の知っている日本。いや、世界では無い。少し違う。
基本的な形は同じだ。違うのは人間が魔術を使う事ができると言う事だけだ。
だが、あまり気にしなくて良い。日常生活に少し魔術が加わっただけだ。
青年の名を
職業は警視庁魔術特化捜査課一係の刑事だ。
警視庁魔術特化捜査課。通称魔特。魔術事件を専門として取り扱っている。
ベッドからむくりと起き上がりキッチンで冷蔵庫から緑茶を取り出し、一杯飲む。
「また今日もこの夢か。もうこの夢を見始めてから半年か。あれから俺に〈本質〉が覚醒したんだよな。その性で魔術が使えなくなった。俺、魔術めっちゃ得意だったんだけどな」
〈本質〉は名の通りその人の本質を能力として具現化された異能だ。
〈本質〉は目覚めれば魔術は使えなくなる。だが、あまり〈本質〉に目覚める者はあまり多くない。だから、この世界では魔術が主流だ。
顔を洗い歯を磨いた鏑木に一つの電話が掛かった。
『事件が発生した。立て篭もり事件だ。犯人は魔術を使っている。現場は目黒区の方だが今から迎えるか?』
「はい。今から向かいます」
『じゃあ、今からそっちにマップを送る』
そして電話は切られる。切られた後にすぐさま携帯に一通のメールが届いた。
メールを開くと、どうやら目黒区にあるコンビニエンスストアにて事件は起こっているらしい。
着替えをして鏑木はバイクでコンビニエンスストアに向かう。
***
鏑木が現場に着くと現場はまだ膠着状態だ。
今日は一等暑い八月の中旬。鏑木がバイクから降りヘルメットを外すと額から汗が流れてくる。
「早く一億円を用意しろ! コイツがどうなってもいいのか!」
鏑木は身長が一八〇センチほどの男性に近づく。
「
「それが、犯人は少し魔術の心得があるらしく、速い射撃系の魔術を使ってくる。流石に俺でも人質撃たれちゃ間に合わねえ」
「そこで俺ですか」
鏑木が自分の役割を理解すると最上は頷く。
話していると突如顔に垂れている汗が中を舞い、丸い形を形成していく。そして、魔特達を狙撃していく。それに急いで全員避ける。
恐らくこれは犯人による魔術。差し詰め周囲の水分を利用して水の狙撃をしてくる魔術だろう。
「この射出スピード的に人質確保したら何もせず振り切った方が良さそうですね。周囲の建物の被害については勘弁してくださいね」
最上に事前に自分が出すであろう被害を忠告しておく。
「分かっているなら気をつけろよ」
「まあ善処しますよ」
鏑木は一瞬でその場から消える。消えた後、遅れて音と凄まじい風圧が生まれ、踏み込んだであろう地面の割れ、コンビニエンスストアの壁の破壊に気が付く。
「こりゃ、コンビニ貫通したな」
貫通して顕になったコンビニエンスストアの向こう側には人質を抱えている鏑木を発見した。
一直線に凄まじいスピードで突っ込む。鏑木が一番スピードを出す事ができる。だが欠点が少しある。止まる事は難しくとも辛うじてできるが、横に曲がったりは出来ない。
「やっぱり壊したか。被害ゼロで抑えたいんだけどなぁ。仕方ない。突入ッ!」
鏑木の人質奪取を確認すると最上含めた四人いた魔特が一斉に突っ込む。
慌てて犯人はこちらに意識を向けて戦いの意識を向ける。
「ウォーターショット!」
向かってくる魔特全員に満遍なく水の弾丸を放つ。
「ここは俺の番だな。ファイアウォール」
巨漢が皆の前に出て炎の壁を生み出し、水の弾丸を蒸発させていく。
「
素早く細い女性が姿勢を低くして前に出る。
そして、犯人の足を引っ掛け落とし。
姿勢を崩して倒れ落ちる犯人の頭を踵で蹴り上げる。
女性はすぐに大きくジャンプし、持ち上がった犯人を上から蹴り下げる。
犯人はピクリとも動かずに失神する。
「良くやったわ、
前に出て失神した犯人に手錠をかけながら兎宮の犯人撃退に賞賛を送る長い髪を下ろした女性。
「そりゃ、藤巻さんのサポートと
コンビニエンスストアの向こう側から鏑木が出てくる。
「もう終わっちゃいました?」
壊れた壁から、人質を隠れさせて鏑木が来た。
「お前が向こう側に飛ばしすぎたんだろ」
最上は戦いに参加する事ができなかった事に不満である鏑木を宥める。その様はまるで弟を宥める兄のようだ。
その後は人質をパトカーに乗せて念のために近くの病院へと連れていく。
コンビニエンスストアの周りには鏑木の一直線に走る時に出来た踏み込んだ後、ウォーターショットと明らかに近くにいてはダメだという絵面になったお陰か、スマホのカメラを向けるなどをする野次馬はいなさそうだった。
「今日はこれで終わりみたいね。海斗、残念だったわね。見せ場なくって」
「うるさい。見せ場なら人質を救出するっていう立派で大きな功績を挙げただろ」
一係のルーキーの鏑木と兎宮が自分の今回の事件の見せ場についてやいのやいのと言い合っていると最上のギリギリ使えるガラケーがスーツの胸ポケットで震える。
最上は電話に出ると、掛けてきた相手は魔特の二係からだった。通話時間は短く二分ほどだった。だが、その短い電話の中で最上の顔は先ほどの事件解決の安堵の顔から一変重くなる。
「今、川崎大師からの二係の電話が来た。二係が、五人中三人が意識不明。事件解決次第こちらに至急向かってほしいとの事」
他四人が一斉にざわつく。
二係ほぼ壊滅。恐らく相手との戦闘によるものだろう。一人なのか二人なのか。それとも大人数なのか。わからないことではあるが、これはRPGで主人公の仲間が戦闘不能になるなんていうちゃちなものじゃない。
一係、二係と係で分かれているがどの係もそこら辺の有象無象のモブには絶対負けない。たとえ相手が〈本質〉持ちであろうと。
そんな力量のあるチームが半壊だ。
「最上さん。二係の奴らがやられるって、相手は相当の手練れだぞ恐らくちゃんと戦闘経験のある〈本質〉持ちのやつがいると見た」
「藤巻さんの言う通りだと思うわ。晴翔と鏑木の二人を主軸に最初からフルスロットルで行くことが良いと思う」
藤巻さんの見立てにそれを参考とした宇都宮の戦略の提案。この二人の意見をもとに最上は頭の中で戦術を構築する。
向こうの状況的には事は一刻を要する。
「現場に着いたらまず藤巻さんは意識を失った二係の人を相手から守って下さい。明穂は氷系魔術で後方からの牽制。俺と鏑木と兎宮は一斉に近距離から戦う。このような感じでいいか?」
最上の足跡の戦術の提案に一堂は了承する。
最上は自分の部下達の戦闘においての旨味を最大限生かすことのできる男だ。
常日頃から彼らとのコミュニケーションを怠らず、理解しているからこそのなせる技であり、一係が魔特の中でも取り分け強いとされている。
「急いで行くぞ。みんな車に乗れ。鏑木はそのバイクの方が早い。先行って少しでも犯人の足止めをしろ。二係でも倒される程の相手だ。気をつけろ」
最上の指示に鏑木は頷き、すぐにバイクでその場を後にした。そして、他三人は最上と一緒にパトカーに乗り込む。
そして魔特一係は現場に向かうのであった。
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