空の方向

@famous_james

第1話 事件

 3時間目の終了を知らせるチャイムが鳴った。先生が手を止め、「これで授業を終わります。学級委員挨拶ー」と声をかける。

 「きりーつ、れーい。ありがとうございましたー」

 児童が一斉に立ち上がり、教室が一段と騒がしくなる。

 小学校3年生の空は、徐に漢字練習帳を取り出した。

 今日書く漢字は、「烏鵲」。うじゃくと読む、カササギの別名だ。カササギとは、鳥綱スズメ目カラス科に分類される鳥で、空の住む佐賀県や福岡県に生息している。

 烏鵲、烏鵲、烏鵲。漢字練習帳に次々と烏鵲を書いていく。

 すると、頭上で声がした。

 「何書いてんだよこいつ、気持ちわりーい」

 「え?」

 「気持ち悪いって言ってんだよ、馬鹿かよ、そんなこともわかんないのか?」

 カッと頭に血が上る。気持ち悪いだって?ムカつく。ムカつく。ムカつく。

 気が付くと空は、暴言を吐いてきたクラスメイト、出を無茶苦茶に殴っていた。

 頭を、腹を、殴って、金的を蹴る。

 出が苦しそうに顔を歪めて、咳きこんでしまう。

 そんなことは目に入らなかった。

 只管、殴って、蹴る。

 空は他の少年よりも身長が10センチほど高い。出をぼこぼこにできるのも、無理はなかった。

 気が付くと出は、吐いてしまっていた。

 おえええええ、と吐く音が教室中に響く。

 「せんせい!せんせい呼びにいこう!!」

 他の児童が騒いでいる。

 空は、呆然と、その場に立ち尽くしていた。

 自分のやったことが理解できない。

 何をしてしまったのだろう。

 何で出は吐いてしまったのだろう。

 ぐるぐると、いろんなことを頭で考える。

 そう考えていると、先生がやってきた。

 「藤原!何をやっているんだ!」

 空の担任の森田先生と、養護教諭の岩垣先生がやってきた。

 岩垣先生は出の手当をしている。

 「藤原、職員室に来い!」

 森田先生に手を引かれて、職員室に向かう。

 連れていかれたのは、職員室ではなく、職員室の隣の相談室だった。

 相談室には、校長先生と教頭先生もいた。

 「先生方、どうもすみません」

 「それで藤原、どうして高森に暴力を振るったんだ」

 「漢字を書いていたら、出くんに馬鹿にされて。それで、ムカついて、抑えが効かなくなって・・・」

 「そんなことで殴ったのか。ダメだろう。何でそんなことをしたんだ!」

 同じ質問を繰り返している。ダメなのはこの担任の方じゃないのか。

 呆れてしまって、もう口を利きたくなくなってしまった。

 「どうしますか、先生。今、小林先生に二人の保護者に連絡してもらっているのですが・・・」

 いつの間にそんなことをしたのだろう。まだ事実確認もしていないのに。本当にダメだ、この先生。

 「高森くんは吐いてしまったのでしょう。そこまでの暴力をするのなら、もう児相行きでいいんじゃないでしょうか」

 校長が答える。

 児相⁉ 児相になんか行きたくない。空は新聞を読んでいるから、そこがどんなところか知っている。

 顔からサーッと血の気が引くのが、空にはわかった気がした。

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