もうひとつの物語

 ここはどこだ?真っ白な空間に不自然に設置された階段。そうか、俺はここに来たのか。


「久しぶりだな。フロイ」

「あなたに会うのは5年振りですね」

俺の目の前には白髪で白衣を着た老人が立っていた。その姿は「神の宣告」のイラストに酷似している。

 俺はからに転生してきた。この世界に来る前の俺は難病を患い、自力で手足を動かすこともままならず、半ば自棄になりながら病院で過ごしていた。未来を夢見ることもできず、広い世界を知らずに白に占拠された空間に幽閉され実験動物モルモットの様に白衣の連中に投薬と治療経過の観察をされながら一生を終えていく。それが生まれながらの俺の運命だと思っていた。

だがデュエルとの出会いがこの閉塞的な生活に光を与えてくれた。カードは持っていなかったがテレビで放送していたプロデュエリスト達のデュエルは俺の心を惹きつけた。吐き気や体のだるさに耐えながら投薬治療を続ける毎日を繰り返して病気を治す希望を持つことができた。もし退院したらカードを手に入れてデュエルをやりたかった。

 だが健闘虚しく俺の命は16歳で尽きてしまった。しかし神の悪戯か、そんな俺を救って新たな命と前世では叶わなかったデュエルをするチャンスが与えられた。

 転生先は貧しい家で生活には苦労した。スクールに通うのも帰ったら家業を手伝うことが条件だった。勉学と労働で毎日疲れ切っていたが、前の世界では満足に体を動かすことすらできなかった俺にとっては十分幸せな時間だった。

友達を作りたいという気持ちはない訳でもなかったが、前世ではほとんどの時間を病院で過ごしていた俺は人づきあいの仕方がわからなかった。人との距離の詰め方がわからない俺を見て次第にクラスメイトは離れていった。そして俺自身もクラスメイトから距離を置くようになっていった。

 スクール卒業後はプロになるためにひたすらデュエルをこなしていた。試験に合格するためにデュエルの知識も徹底的に頭に叩き込んだ。それでも簡単にはプロになれなかったが、プロを目指して2年が経ってようやく念願のプロデュエリストになれた。

 やがて俺はプロデュエリストの世界が単純な実力社会ではないことを知った。プロの世界で勝つためには人を裏切り、利用し、勝ち上がる為ならどんな手段でも使う連中が陰謀を画策している世界だと思い知った。俺はそんな奴らに付け込まれないよう他者との接点を絶つことを選んだ。仲間を求めず誰とも絆を深めない、それが自分の身とキャリアを守る最善の手段だと結論づけた。

 プロデュエリストになって2年が経つ頃、同じスクール出身のユーグが所属していたチームドランカードが解散してユーグもプロの世界から姿を消したニュースを聞いた。スクールに在籍していたころからユーグのことは一目置いていたし、プロとして順風満帆のように見えていたからこの一件には衝撃を受けた。リーダーでありながらチームを破滅させたヘヴィメタに怒りを覚え、才能に恵まれながらプロデュエリストの道を諦めてしまったユーグには失望した。それから誰も信じず一人で戦い続ける俺の信念は更に強固になっていった。



「君は5年前よりさらに強くなったようだな」

「そうですね。あのデュエルの後新人のプロデュエリストに負けたことで俺は信用を失いかけました。でもそれはプロになって初めて経験した挫折でした。俺は自分を見つめ直し腕を磨きました。今思えばあのデュエルは自分を初心に返すいいきっかけになっていたかもしれません」

「本当にそれだけかな?ユーグというライバルの出現は君の価値観に多大な影響を与えたのではないだろうか」

「どうしてそう思うんですか?」

「君のデュエルに向かう姿勢は以前よりもひたむきになったようなように見える。君はユーグに勝つために腕を磨いた。違うかな?」

「俺はプロデュエリストとして当然のことをやっているだけです。勝つためならどんな努力もいといません。

よっぽどユーグにご執心のようですね。あなたは5年前にもデュエルに敗北したばかりの俺に奴とデュエルをした感想を訪ねてきた」

「あの時は不躾だと思ったがどうしても聞いてみたくなったのだよ。『いいデュエルだった』の一言で終わってしまったがな」

「確かにユーグの存在は俺に影響を与えたと言えるかもしれませんが、所詮プロデュエリスト界の敵でしかない。奴と慣れ合いをする気はありません」

「そうか。儂は君たちの関係がうらやましいよ。互いに切磋琢磨し、より高みを目指していく。人はそれを『絆』と呼ぶのではないのか?」

「俺と奴の間にそんなものはありませんよ。話はもういいですか?」

「ああ、いつかまた聞かせてもらいたいものだな。君たちの話を」





「おう、目が覚めたか」

目の前でユーグが顔を覗かせていた。俺はスタジアムの控室で眠っていたようだ。

「フロイがここで眠ってるなんて珍しいなぁ。気持ちよさそうに寝てたから起こすのも悪いと思ってさ~」

「勝手に人の控室に入ってくるな。無礼にも程がある」

「いや、ノックはしたんだよ?一応」

「返事がなくても部屋に入ってきていいのか?対戦相手のデッキを盗み見していたと言われても弁明できないぞ」

「固いこと言うなよ~俺とお前の仲だろ?」

「お前と慣れ合いをする気はない。

今日のお前の試合はもう終わっているはずだ。さっさと帰ったらどうなんだ?」

「お前の試合見たいからサービス残業してるんだろ~」

「・・・デッキの見直しがしたい。静かにしててくれ」

「へーい」



あの神ははっきりとは言わないが、おそらくユーグもから転生してきている。根拠はないが俺はそう確信している。だがユーグが俺と同じ世界から転生していようが俺にとってはどうでもいい。俺にとって奴は倒すべきデュエリストの一人、それ以上でもそれ以下でもない。

 

 ユーグが勝負の時に着てくる黒いスーツ・・・少しだけ見覚えがある。

俺にはで特に注目していたデュエリストが一人いた。名前は思い出せないがその男は周囲の人間とは馴染まず対戦相手にも無礼な態度を取っていた。だが孤高を貫く彼のデュエルは俺の目には輝いて見えた。テレビで彼を見たのは幼少の頃だしほんの僅かな時間だったが、その男も何色にも染まらない黒いスーツをまとっていた記憶がうっすらと残っている。





 

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