タイムスリップ鼈甲飴
ぼくの住んでいる木間暮町の駄菓子屋には、人気の商品がある。
それは、お店のお婆ちゃん手作りの鼈甲飴だ。
見た目は黄色く透き通った普通の飴なんだけど、甘いだけでなくどこか不思議な味がして町中で評判になっているんだ。
ぼくは学校帰りにお店に寄っては、友達と一緒に舐めながら、中央広場に置かれた街頭テレビを観るのが好きなんだ。
数十年振りに帰ってくると、町の風景は一変していた。だが、駄菓子屋とお婆ちゃんだけは変わっていなかった。
休日になると子供と鼈甲飴を買いに行き、店の前に置かれたベンチに座って舐めるのが、僕の習慣になっていた。
口中に不思議な味が広がる度に、初めて舐めた頃の記憶が甦り、目の前に子供の頃の風景が現れる。まるでタイムスリップでもしたかのように。
食べ物で昔の思い出が甦ると聞いた事はあったけど、ここまで鮮明なのは他にないだろう。
そんなとある日曜日の午後、背広姿の男性がお店を訪ねてきた。
後でお婆ちゃんに聞くと、それは大手食品企業の社員との事だった。
休日、孫とショッピングモールに出掛けた。
そこは、昔あった駄菓子屋の跡地でもあった。
一階のお菓子売り場には"お婆ちゃんの飴”という商品が並んでおり、パッケージには見覚えのある顔の絵が描かれていた。
ロングセラーとの事だが、私はまだ一度も舐めた事はない。
だが、孫にせがまれたので一袋買い、フードコートで舐めてみる事にした。
一粒取り出して見ると、確かにあの鼈甲飴と同じに思えたが、どこか違和感を覚えた。
口に放れば、懐かしい光景が目の前に広がったが、それにも違和感を覚えた。
木々の色も夕焼けの色も友達の顔色も、どれもが不自然な程に鮮やかだったのだ。
だがそれも、袋に表示された原材料名を読み納得した。
「何か見えた?」
孫が私の顔を覗き込んで訊いた。
「ああ、見えたよ。どれも綺麗な色をしていた。だが、人工着色料を使っていたからかな、ちょっと不具合もあったみたいだ。白黒だったはずの街頭テレビも、カラーテレビに変わっていたからね」
(了)
初稿∶小説家になろう(『true colors』改題)∶2022/2/8
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